第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百一
「『ぺイルカ』を襲うための敵が、組織されつつある。それは、防がなければならん」
「そうだ。あんたの支配していたはずだった、『イルカルラ』も攻め落とされるかもしれない。帝国軍は、どこにでもいるし、あんたら『蛮族連合』は戦線を伸ばし過ぎている。薄くなるのさ。伸びるほど。充実させられるほどの戦力も資金も、あんたらにはない」
「実に良い教育を受けているじゃないか。私が君の年齢の頃には、それほど視野が広くはなかった。目の前にある戦場だけで、手一杯だったものだ」
「……ふん。それで、どうするつもりだよ?手を打つんだろう?」
「二つある。まずは、カール・エッド少佐に伝えること」
「その次は、あんたの女王か」
「そうなるね。『イルカルラ』は彼女の国だ」
「どっちからも、あんたは距離を置かれているな」
「ああ。結果的に、私は裁量を得るだろう。『西』に対して、向かうか否か」
「命令されるの、間違いだろ」
「いいや。あのふたりは、私の上官ではあるがね。私を少しは信じてくれているし、恐れてもいてくれる」
「自信過剰じゃないか?あんたの周りに、護衛の兵士も置いてくれない」
「必要がないからさ。速い馬を持ち、強い剣の腕前がある。暗殺者のひとりやふたりに、狩られるような間抜けではない」
「そうかよ。オレの仲間が、全員生きていたら……全員で、狩りに来た。どんなに速い馬でも、しょせん空を飛んで逃げられるわけでもないだろう。あんなものは、ソルジェ・ストラウスの竜ぐらいのものだから」
「竜ほど速くはないだろうがね、最速の馬がいれば、どうとでも切り抜けられる」
「分かった。騎馬隊大好き野郎と、終わりのない議論はしない。作戦を。どうせ、命令されようが、あんたの裁量だろうが、結果はひとつ」
「それを君は期待して、私に雇われたのだからな」
「期待に反するような真似は、しないだろう」
「失望されることに、慣れたくはないからね。私にも、プライドがある」
「エゴもな。証明したいんだろ」
「ああ。もちろん。乱世に生まれた男の大半は、そうなる。軍に入った者の多くはね。私が成し遂げたいのは、ひとつ。仲間を守れる偉大な男として、名声を得たい。それは、戦場でしか得られないものだ」
「戦場では、仲間が殺されていくからな」
「その通りだ。私は、もとより……『自由同盟』の政治的理念を嫌ってはいないものの、それを選んで今の状況に至ったわけではない。彼らの主義主張は、個人的には好ましいとは思うがね」
「で。どうするんだ?」
「『西』に向かうよ。君の仲間を殺し、『ぺイルカ』を襲うための策略を立てているという帝国軍人を、始末するために。どうだ、気に入ってくれる答えだろう?」
「まあな。期待していた通りだ。あんたも、バカなヤツらしい」
「『ぺイルカ』が陥落すれば、私の仲間も死ぬのだ。命を張る覚悟など、秒でやれるよ。君と同じく」
「オレは、そんなにいいヤツじゃない」
「復讐に命を懸けられる男は、おそらく善良な男ではあるのだ。悲しみも背負う羽目になるがね」
「守れなければ、無意味だ」
「死者の魂に、捧げられはする」
「……ああ。それは、そうだな」
「問題は、兵力についてだ」
「ドゥーニア姫は、あんたに兵を貸さないと?」
「当然だ。君になら、理由は分かるはず」
「丸ごと、帝国軍に寝返られたらたまらんからだな」
「その通り。私たちはアインウルフ将軍に仕えた、古参兵だ。アインウルフ将軍に、逆らおうとは思わない。だが、無条件で、そう信用されるとは限らん」
「古参兵だけに、あちこちに昔の戦友もいるだろう。どいつもこいつも、帝国軍だった」
「戦友からの呼び声は、力強さがあるよ」
「裏切り者に、なれるほどに?」
「時には、そうだ。ヒトという生き物は、正しい道だけを通るとは限らん。間違った道でさえも、他人のためにならば選べてしまう」
「戦友のために、か」
「『西』に、かつての戦友がいたとすれば、私と……いや、アインウルフ将軍の部下でさえも、裏切るかもしれない。望ましい状況ではないが、同じ料理を食べ、同じ戦場で共に過ごした。死地を生き抜くことで交流を深めた友情というものは、呪いめいて強いものだよ」
「人生を、台無しにするほどに」
「友情のために死ぬのは、さほど悪いことでもないからね」
「……第六師団の、アインウルフの『おさがり』は、あんたに貸し与えられないと」
「挑発的な言葉のつもりだとすれば、君は私たちの忠誠心を軽んじている」
「そんなに好きかよ、アインウルフが」
「まあね。裏切りたくない」
「マイク・クーガーも、忠誠心はある男のはずだったぞ」
「ああなりは、しないよ。反面教師にさせてもらう」
「……『おさがり』が使えないなら、戦力が足りん」
「いいや。声はかけているよ。それを、知っているから。君もここに来た。私は、政治的に身動きが取れなかったからね。でも、そういう不自由さは嫌いなんだ。だから、集めていた。身分も問わない。もちろん人種も性別も。年齢もね。傭兵を、組織していた。自由に使いやすい、ちょっとした私兵を」
「ちょっとでは、足りない―――」
「増やせばいいよ。ドゥーニア姫も、カール・エッド少佐も、『ぺイルカ』に敵が迫っているなら私を使いたがってくれる。それと同時に、私へ『首輪』をつけたがるはずだ。場合によれば、私を暗殺できるほどの実力を持った者といっしょなら、安心できるからね」
「自分を、人質にするようにして、戦力を増やす……?」
「そうだよ。乱世では、珍しい手法じゃない。ドゥーニア姫に忠誠心のある戦士と、カール・エッド少佐が信頼できる腕利き……それらを得られる」
「あんたを、暗殺できる実力者ってのは、どうする?」
「いるだろう。君も知っている男の、部下たちさ」
「『パンジャール猟兵団』の、猟兵。ああ、それなら。たしかに。いくらあんたでも生き延びられないだろうな」




