第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百
―――叩き上げの士官は、けっきょくのところ支配者には向かないだろうけれど。
若い兵士たちの上官として、適している美徳を多く持っていたのかもしれない。
メイウェイはその典型的な人物であり、アーベルにはいい手本にも見えた。
騎士に憧れてはいた少年であるが、彼もまた騎士には向いていないからね……。
―――それでも戦闘能力は十分であり、経験値もなかなかのものだ。
豪胆にバハルたちに従い、騎士道と泥臭い傭兵のどちらも学んでいる。
自己判断をやれたのさ、ある意味では自分が騎士に向いていないとあきらめた。
人生において、前向きなあきらめは人を成長させもするものだよ……。
―――アーベルは理解しつつある、自分が目指すべきは兵士だったとね。
それが最終的なゴールとして正しいかは、彼の資質と運命が決めることになるだろう。
どうあれ、今この瞬間はメイウェイに共感を覚えていた。
バハルの騎士道を継げない、ならば上等な力を得るための新しいモデルにすればいい……。
「『西』に向かったとき、帝国軍から攻撃された。オレがいたのが、理由だ」
「第九師団の生き残りに、襲われたというのか?」
「違う。あいつらは、まだ、オレたちを襲いはしなかった。助けてはくれなかったが、ただ見捨てただけだ。あいつらは、疲弊もしていたから、しょうがない」
「グラム・シェアは、良き兵を育てた。マイク・クーガーの方かもしれないが」
「ライザ・ソナーズさまだって、素晴らしいお方だぞ」
「亜人種を奴隷にして、あちこちに売り払っていたのに?」
「視野がせまいぜ。『ハーフ・エルフ』のアリーチェを、認めた。公的には、やれなかったとしても。どれだけの、覚悟が要ることだったのか……あれだけの覚悟は、きっと、あんたにもやれないだろうよ」
「痛い点を、突いてくれるね」
「強さや、力には、種類があるんだ。オレと、あんたみたいなヤツは、貴族にはなれない。本当の意味での、騎士道もな……雑兵でありたいと、願っている」
「私は、そこまで野心が枯れ果てたわけじゃない」
「なら、良かったよ。『西』に行きたくなる情報を、告げる価値があるってもんだ」
「君たちが襲撃された以上の、理由があると」
「オレだって、ガキじゃない。こんな時代で生き抜いていると、早めにガキを卒業しちまう」
「不幸にしてね。多感な時代を、乱世が消費した」
「『ハーフ・エルフ』に、そもそも幸せな時代なんてねえよ」
「それを創ろうと、『自由同盟』は戦おうとしている」
「勝てるとでも?……いや、勝てるのかもな。第九師団も、けっきょくつぶしやがった」
「それで。私を刺激するための情報は?」
「腕利きの帝国兵を、『西』に派遣されていた帝国軍の士官どもが、スカウトしまくっているぞ。そいつらは、『ぺイルカ』だろうが『トルス』だろうが、第九師団が支配してた都市国家を知り尽くしているんだ。そこまで言えば、分かるだろ」
「『ぺイルカ』を襲うための戦力を、編成しつつあるわけだ」
「その通り。興味が湧くんじゃないか?……オレはともかく。あんたや、あんたが今、お仕えしている上官殿だとか、『蛮族連合』にとって、無視すべき話題じゃないぞ。都市国家の連中は、かつての戦でもそうだったように。攻められると、自分の都市だけを守ろうとしてしまう。まともな兵力の運用なんて、やれやしないさ」
「それは『プレイレス』の市民たちを侮っているよ。彼らは学んだ。帝国軍に勝つためには、強調するしかないと」
「それでも、あんたは、こんな荒野にいやがるんだ。オレたちにも、手配書が来ているぞ。あんたを殺せば、ソルジェ・ストラウスの三分の一の金貨に化ける」
「三分の一か、軽んじられているね」
「油断し過ぎだし、さほど守れていない。オレに見つけられたのが、その証拠だ。ここの兵士どもは、たるんでいる。『ハーフ・エルフ』が、帝国軍の暗殺者になる可能性がゼロだとでも言うのかよ?オレたちは、ほとんどの場合で食うに困った貧乏人だぞ」
「金のためなら、何だってするか」
「そうだ。見てきたはずだろうに。たるんでいるのかな……アリーチェの、夢のせいで」
「悪くない夢だったがね。君が気に入っていないはずもない」
「決めつけるなよ、雇い主」
「評価をしてやるのも、雇い主の仕事だと思っているのでね」
「余計なお世話だ。あんたは……こうやって、オレを探っているんだろう」
「もちろん、それもある。私はね、部下と話し合いをするのが好きだ。多くを知れば、それだけ、頼り方も分かるからね」
「命令の仕方だろうが。そういう、甘さが……あんたの限界だ」
「ほら、話し合いの効果が出ただろう。私について、またひとつ学んだ。私は、兵士に対して同情的になる。貧しい者にもね。元々が、そういった出身だからだ。人間族に生まれただけで、毎晩のパンに困らないというわけではない。故郷は、領主の圧政により枯れた農地が広がっていた」
「小作農のせがれが、帝国市民権を求めて軍隊に。アインウルフに会えたのは、ついていたな。グラム・シェアの下に流れ着いていたら、きっと、あの『ぺイルカ』でソルジェ・ストラウスに斬られている」
「マイク・クーガーとは、似通っていたからね。またひとつ、君のことが分かったよ。バハル殿は、君に軍事的なセンスを見抜き、公的にはないにしろ……部隊を継承させたかったんだ。跡取りだな」
「軽々しく、そんな言葉で表現するなよ。オレは……バハルさまたちの養子に過ぎない。死んじまったアリーチェの、代わりだ」
「そうかな。教育を授けるという行いは、なかなかに高度な行いでね。伝統的な武術をしっかりと教え込まれている。武術には特有の哲学が組み込まれるものだが、君は自分に合った形へと変化できるほどに理解している。君は、かなり愛されていた。それゆえに、見事な忠誠心を獲得している。苛立つのは、自分にまだ自信を持てていないからだ」
「うるさい。わかったような口を……ッ」
「分かるさ。誰もが若い時分を過ごす。君は、証明したかったんだ。義理の両親たちに、期待してもらうのではなく、本当の意味で自分の力を認めてもらいたかった。証明する必要がある。だが、現実はそうならなかった。君は仲間を失った。それは継承した君の部隊。夢を見たはずだ。プライドとエゴを満たす、英雄譚を。私もそうだった。それなりに上手く行ったが、挫折をしている最中だ。共鳴すべき点はある。君よりも痛ましい点もな。どれだけの仲間を死なせたのか。長く生きた分だけ、背負わされる失望も重たくなるのだよ」
「……共鳴なんて、してやるものか。ただ、兵士らしく、脅威に備えろよ。今よりも、失望されたくないだろう。もっと仲間を死なせるハメになるのは、嫌だろうからな」




