第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百九十六
―――戦争について語る、本物の傭兵。
第九師団の四傑と自称する男は、リサからすれば想像以上に恐ろしい男だった。
戦争というのは、一種の取引の現場でもある。
野心や願いを叶えるために、適した空間でもあった……。
「旧友を、売るみたいな語り口よね」
「ヒトの心はオレにもあるよ。人道的なモノと、そうでもないモノがね。メイウェイは旧友どころか、戦友だな。一緒に、戦場なんていう混沌とした場所でお互いに背中を預け合ったんだ。助けた日もあれば、助けられた日もある」
「そんな人物を、危険な状況に追い込めるものなの?」
「状況次第ではな。オレは、偉大な英雄というわけじゃない。等身大の一傭兵に過ぎないものだ。歴史に名を残す日は来ないだろうし、名誉欲もない」
―――過小評価ではあるよね、レイ・ロッドマンはとっくの昔に大人物だった。
複数の侵略師団を渡り歩いて、士官にまで出世している。
彼が指揮を任されていた部隊の総数を見れば、階級以上の実力だ。
我々よりもベテランで、抜け目のない傭兵である彼はかなり『稼いでいる』……。
―――戦場でのダーティーなビジネスに詳しいのは、当事者でもあったからだ。
かなりの物品をちょろまかしてもいるし、略奪行為も『人並み』にこなす。
かなりの怖さがある傭兵だが、彼は自分を過小評価したいらしい。
目立たないように振る舞うことも、戦場でのサバイバルの手法でもあるのだから……。
「英雄には、ならない。なれないしね。そういう器じゃない。だが、メイウェイは違うよ。上手く『転職』できている」
「もしかして、旧友に嫉妬しているの?」
「いいや。もう他人の活躍にそういった感情を抱ける年齢じゃないんだ。妻子のために一財産を作って、ついでに……」
「帝国を滅ぼす。亜人種や……『狭間』を殺そうとするから。ケットシーとのあいだに生まれたあなたの子は、『垂れ耳』」
「悪いことではない。ストラウス卿や、オレや君は同じ目標を持っている。メイウェイもだろうよ。傭兵じゃなく、あくまで軍人の道を選んだ男。出世欲は、オレよりある」
「彼は、新しく自分の支配する土地を求めているの?」
「乱世で、軍人なんてやっていれば、そう考えるもんさ。イルカルラの貴族になるチャンスもあるだろう。メイウェイは、秩序を好む。女王に刃向かう真似はしない。爵位と領土を授けられるに値する活躍を目指すだろう。かつてのように。あいつは、アインウルフ将軍にもついて行かず、オレにもついてこなかった。貴族になりたいのさ」
「貴方たち、仲良しではなかったみたい」
「男なだけさ。分かる?」
「分からないわね。そういう言い方を、貴方の奥さんは喜ぶかしら?」
「ハハハハ!……喜ばないね。でも、男同士の友情の複雑さなんて、若い女性は嫌いだろ?貧乏人の家に生まれた男たちが、軍人から貴族を目指し、傭兵から小金持ちを目指した。お互い共通点があったのに。いつか、道を分かたれるものだ」
「貴方は、あくまでもお金が目当てだったけど。メイウェイは、出世が目当て」
「単純に考えると、そうなる。でも、人生も世の中も、そんなに単純だった試しなんてないだろうよ。数学よりも、男心は複雑なんだ」
「そうかしら。高度な数学って、ヒトの判断力や意志よりも……いえ。そうね。人生って、きっと、難しいんだわ」
「そうそう。オレもね、メイウェイも。一種の劣等感がある。アインウルフ将軍や、ストラウス卿とは、根本的に違うんだ」
「……貴族じゃない。領地を持っていない庶民の出」
「生まれさ。人種も、そうだがね。生まれってものも大きいんだ。オレやメイウェイは、敵兵に『誰』を想像しちまうのか……学者さん、数学を使って紐解いてくれ」
「意地悪なんだから。すねているのね」
「まあね。だって、あまり話したくないテーマだ。自分たちの弱さを語るんだぞ?男は、そういうの嫌うもんだ。君が、ケットシーの若い女性じゃなければ、話さなかった」
「奥さんにも、言えないんだ。私は、その代わりに愚痴を聞く役回り」
「まあね。ときどき、コンプレックスというものは吐き出すべきだ」
「『誰』なの?ヒントがあれば、当てられると思う。論理的に考えるのは、得意だから」
「ヒント。そうだね。もう、すでに、言っちまっている」
「それなら……『貧乏人の家に生まれた男たち』。貴方と、メイウェイ」
「大当たり。当てられると、思っていたから。オレはあまり負けていない」
「貴族じゃない。騎士でもない。サー・ストラウスは……王さまになろうとしている。貴族じゃなくて、王国の頂点に……」
「メイウェイですら、そういう感情を持ち得ない。太守は惜しいところまで行ったがね。帝国から与えられた役目に、満足しちまっただけ。オレたちは、けっきょくのところ理解しているんだ。戦場で相対する敵兵に、『自分自身』を見ている。貧乏人の家の子として生まれた、ただの男を」
「王を目指せなければ、乱世の軍人としてどこか失格なの?」
「本当の意味での、英雄にはなれんだろう。支配者ってのは、少なからず、生まれもっての資質もあるだろうが……『教育』だ」
「帝王学だとか、そういうの?」
「いいや。『他人の命を弄ぶ経験』を、ガキの頃からしているかどうかさ。『王無き土地』に生きる君でも、身分の高い連中が、どれだけ横暴なのかはおとぎ話だとか、学術的な論文なんかで知っているんじゃないか?」
「まあ、一通り。『王無き土地』の正当性を示すためにも、王政や貴族の統治に対して、反論する必要があるの。私たちは、それを研究するのも役目」
「さすがだね。ビックリするぐらい、横暴なんだ。王さまや貴族ってのは、庶民を家畜程度にしか考えちゃいない。少なくともね、手下の命を好き放題にしてはいる。戦争で、徴兵して農家のせがれどもを雑兵にしちまえ!……オレやメイウェイは、そこまで横暴にはなれん」
「マルケス・アインウルフや、サー・ストラウスにはできるの?」
「どっちも、ガチの良血だから。ガキのころから手下がいた。戦場で、騎士として振る舞える才覚がある。これは、育ちが大きい。オレたちは、作戦に頼る……でも、アインウルフ将軍やストラウス卿は、自分の信じる正義に、雑兵全員を従わせられるんだ」
「なんだか、ネガティブなモノの見方に思えるけど」
「オレとメイウェイは、王者の器はないってだけ。乱世で、軍才もある。武術の腕もあって、生き残れるどころか敵を追い回せる実力もあるんだ。国盗りを夢見たりする資格はあるはずだが、やれねえ。メイウェイは、あくまで組織の中枢にいたいし、オレは、金と家族だけ」
「別に、それでいいんじゃないかしら」
「ああ。でも。この生まれってのは、どこまでも大きい。嫉妬とか、単純なものじゃない。戦闘でのアタマの使い方に、すさまじく反映されるんだ。アインウルフ将軍も、おそらくストラウス卿もだろう。敵兵を見て、ワクワクしながら殺している。彼らは相手を『戦士』としてみなす。オレやメイウェイのように、『もう一人の自分』とは思わない。『だから、ためらわずにガンガン殺せる』んだよ」
「……ああ。なる、ほどね……」
―――リサは、自らの理論を補強するアイデアを手にしていた。
『殺したがらない本能』を持つのは、『庶民』なのだと。
貴族や騎士において、そういった感覚は希薄であるのかもしれない。
なぜなら、彼らは幼い頃から他者の人生を破壊するような命令にだってなれている……。
「状況じゃなく、自ら決断できる。死ぬほど危険な道に、自分のプライドや理想のために、兵士を巻き込めるんだ。オレや、メイウェイには、やれない。オレは……状況を利用しているだけ。アインウルフ将軍は、自ら……オレたち、かつての部下たちがどれだけ政治的なリスクを背負うかも知っているのに、帝国を裏切れたんだぜ」
「アインウルフの選択を、恨んでいる?」
「ぜんぜん。恨んではいない。今の状況にも、満足はしている。どうせ、令嬢中佐殿に謀殺されるのが落ちだった。だが、アインウルフ将軍と距離は感じた。やはり彼は気高い貴族であるし、騎士なんだ」
「騎士だから、仲間さえも……死地に向かわせられる。敵に、共感せずに殺せるというわけか。社会的な地位には、魔法があるのね」




