第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百九十二
―――リサ・ステイシーは、新しい訓練法を学生たちに広めていく。
心理学的な手法について、学生たちもそれなりの理解があったからね。
でも、そもそも発想自体が無かったんだ。
『殺したがらない本能』だとか、『それらをオフにする方法』だとか……。
―――リサは天才だったし、幸運でもあったんだよ。
アダルベルト・ジーの遺産と遭遇しなければ、彼女だって思いつけはしなかった。
芸術に対しての学術的な知識も、この発明を下支えしている。
他者の心を研究する学問というのは、心の病気を取り扱う者と演劇者だけだ……。
―――相手に『なりきる』という力は、相手の心を分析し尽くして同調することだ。
戦術家以上に心理的な洞察を行う職業のひとつが、演劇の役者たちだった。
リサは演劇についての理解も深いものがあるし、二年も研究したことがある。
すべては偶然というにはおこがましいほど、理想的な歯車の合致だったのさ……。
―――『トリックスター』殿が関わっていたからとは、言いがたい。
というか、彼女も巻き込まれた側なのかもしれない。
発明というものは、とくに時代の流れを変えかねない発明というものは。
まるで必然めいていて、時代が求める需要こそが作り上げているものだから……。
―――つまり、戦場に行くと決まった若くて未熟な学生たちそのものが。
求めていたんだ、『自分たちが一人前の兵士』になるための方法を。
短期間で、それを成し遂げなくてはならない。
彼らは『本物の戦士』になるための時間が足りず、敵は強大なのだから……。
―――『本物の戦士』ではなく、『ちゃんと敵を殺せる兵士』になりたがっていた。
それは言葉にしようがしまいが、関係はない要求でね。
とてつもない圧力として、学生たちの周りにいる教職者たちにぶつけられていた。
リサは、その圧力を受け取っていた者のひとりだよ……。
「帝国軍の鎧を、そして、兜も……連中の武器もよ。それを、練習用の標的に着せるの。カカシじゃダメ。役に立たない。それに……ヒトの顔を描く必要もないわ。相手を、帝国人を、ヒトだと思う必要は、ないのだから。それは、『殺したがらない本能』を、くすぐってしまうものになる。それは、悪い条件付けになるの」
―――インテリだらけの大学半島、そこの学生たちの兵士だ。
彼ら彼女らの理解力というものは、一般的な水準をはるかに上回る。
リサの思惑を、普通の土地の兵士候補たちは理解できなかっただろうね。
でも、この学術的な土地では大きく事情が異なっていた……。
―――リサのあたえた方法は、『とても科学的』だったんだ。
この土地の学生たちは、それを理解して信じるという行いに慣れ親しんでいた。
これは戦士を作る方法ではなく、兵士を作るだけの方法だ。
立派な騎士が生まれるための道ではないけど、合理的で有効な特訓方法だった……。
「攻撃するときは、帝国兵の『形』だけを見るの。顔は不要。あいつらは私たちを不幸にするための敵。生き物じゃない。生き物だとすれば、最悪の狂った害獣に過ぎない」
―――優秀な学生たちを、リサは呼び寄せもした。
自分の理論を理解して、なおさら具体的なアイデアに落とし込むために。
専門性が必要だったんだ、『文化的・倫理的・社会的に敵を嫌う方法』とやらを。
若い学生が『理解しなくても使いこなす』ための、具体的な方法を作るためには……。
―――演劇の力も、必要だった。
『これまでの自分ではない自分に、変えてしまう技巧』。
それがリサの発明には、必要とされてもいたんだ。
大学半島の『初めての軍隊』作りは、リサとこの十五人の学生が完成させた……。
―――訓練法を編み出すまで、たったの三十四分だったことは。
彼ら彼女らが望めば、歴史に残っていたかもしれない。
でも、そうはならないだろう。
その優秀な学生たちの何人もが、嫌悪感で吐き気を催していたから……。
―――『ヒトが戦争をする理由』は、とても明瞭で分かりやすいものだ。
ソルジェだって、知っている。
『政治力』か『金のため』であり、それ以外の理由で起きた戦争はこの世にない。
でも、『ヒトがヒトを殺すための理由』を追求すると気分が悪かった……。
―――学生たちは、理解してしまったんだ。
種族愛の化身である『正義』の名のもとに、ヒトはヒトを殺すことを。
復讐の罰の化身である『正当性』の名のもとに、ヒトはヒトを殺すことを。
正しさの残酷さや、おぞましいまでの正義の実在を戦士は我が身で悟っていく……。
―――ボクたちは、経験という『ゆっくりさ』で理解していたんだけど。
学生たちはほとんど一瞬で、『普段は正しいはずのもの』の正体を知った。
暴力性の原因が、おぞましい敵意や怒りだけなら良かったのに。
実際のところは、それほどヒトは単純じゃなかったんだ……。
―――憎しみや怒りなんてものは、いくつかの正しさから生えた仮面だった。
吐き気がするのは、人類の抱えた醜さへの嫌悪が原因だ。
それでも、賢い若者たちは納得するしかない。
敵を殺すことでしか、生き残る仲間を増やす方法ないのだからね……。
―――辛い時間だった、『王無き土地』の善きところであり不便なところでもある。
『王さまの命令のせい』にできれば、気楽なものだったのに。
この土地では、戦場に行く若者たちは自分の意志で決めなくてはならない。
『殺したがらない本能』と、彼らは個々人で正面からぶち当たるはめになる……。
「分かりやすさが必要です。敵を、罵ること。敵の顔を、見ないこと。敵の価値観を、すべて否定すること……そして……モデルが必要」
「サー・ストラウスを、参考にしなさい」
『賛成!ソルジェは、最高の戦士だもの!』
「苛烈な戦士。圧倒的な殺戮者。そして、私たちの英雄。勝利をくれて、ときどき死もくれる。この戦禍で、最も名を上げた人物。もっと、たくさんの勝利と、死を彼は勝ち取っていくでしょうから。残酷さのモデルにするには、とてもいい対象だわ。彼は、くじけそうにもないもの」
―――そうでもない、愛情深さもソルジェにはある。
まあ、他人と言えるべき距離感だから。
リサにはそこまで分からないし、真実を気にしている余裕は彼女にはない。
ソルジェの『形』だけでいいのだ、迷いなく敵を残酷に八つ裂きにしているような……。
「モデルがいるといい。鬼神のような強さを、古来、軍隊が掲げていた理由よ。考えなくても、『殺したがらない本能』が考え出して邪魔をしてくるときでも、それを気にせず殺意を行動に移すためには……『ただの形だけの動きがいる』。サー・ストラウスの無敵な暴力性を、ただ真似るだけでいい。それが、私のメソッドの完成には不可欠。みんな、彼の形だけ真似るの。中身までは、ムリだから。最高の戦士にはなれなくても、それを形だけ真似した、迷わずに戦う兵士ぐらいにはなれる。そして、それは十分に強い」




