第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百八十九
「……軍隊参加に拒否した学生たち……あれって、よく考えれば……正常じゃあるわよね。死にたくないって思うのは当然だし、それ以上に……殺したくない」
『あんなに楽しそうに殺し合っているのに?みんな笑顔で殺し合っているよ?』
「『西』の人々は、争いが絶えない土地で長年暮らしてきた。都市国家よりも小規模で、ちいさなグループに分かれて、絶え間なく争ってきた。戦いについて、洗練されていてもおかしくはない」
『そいつら、戦いにくわしいんだ。ソルジェたちみたいだね』
「そんな人々の経験則が、信仰心と混じって……教義になったのかもしれないわ。2パーセント。百本の指のうちの二つ……偶然、だと……良いのかな。悪いのかな」
『どっちだろうね。でも。『戦場に偶然はない』っていうのが、ファリス騎士に伝わる言葉だよ。良いか悪いかは、ともかく。これは偶然じゃないのかも』
―――猟兵も、というかガルフ・コルテスも同じ考えをしている。
戦場はシンプルで、単調な場所。
悪意というものは合理的で、あらゆる事象をデザインしてしまう。
「戦闘行為に偶然などないからこそ、読み解けるんだよ」……。
「……私は、疑問に思っていたの。みんな、熱病だとか、流行り病みたいに……一気に軍隊万歳ってなっていたけれど。私たちって、それが本性なのかって」
『敵は殺しにくるよ?あなたたちの欲しい『未来』を、ぐちゃぐちゃに破壊しようとしにやってくる。殺して、奪って、焼き払っちゃう。子供たちも、女の人も奴隷にされたり、いじめられたり、とくに意味なく殺されたりするよ』
「死は、とても怖いものだわ。恐ろしい。死にたくないし。殺したくない……戦うのも、正しい。それを否定するつもりは、まったくないのだけれど。それとこれとは別なの……」
『なにが、別なの?戦士を冒涜するのなら―――』
―――『トリックスター』は、とても怖い。
子供と同じく、何をしでかすか分かったものじゃないのに。
『ゼルアガ』の力を持っていて、ボクたちのすぐそばにいる。
アリーチェの機嫌を損ねたら、リサは生き残れないかもしれないんだ……。
「……誰かを、殺したくないって、思うのも本能だわ。それは、やさしさでもなくて、臆病さでもない。きわめて、普通の……本能。だって、そうじゃないの。ストラウス卿の……竜の、歌声。あれは……威嚇だわ」
『いかくって、どういう意味?』
「脅すコト。戦場で、起き得る現象は……戦闘、逃走、降伏……そして、威嚇。威嚇が成り立つ理由って、お互い死にたくないってコトであると同時に……殺したくないって、表明しているから」
『そうかな?ソルジェもゼファーも、たくさん殺しまくるよ。歌声といっしょにね!私も……』
「例外は、あるもの。2パーセント」
『ソルジェや、ゼファー……ふたつ……』
「ヒトは、戦闘での殺し合いよりも……虐殺を好む。一方的に、殺せるときだけ、がんばっている。戦闘よりも、勝敗が決まったあと……逃げる敵を追いかけて、一方的に殺す。死傷者が増えるのは、その状況。命がけの戦いよりも、一方的な虐殺が好き。そういうときに、残虐行為が横行しているような……」
『そうかな?……でも、そうかも。危なくないから』
「危険がないから、『好き放題する』」
『……弱い子たちを、悪い大人たちが、いじめていた』
―――孤児の記憶に触れるのは、教育的なのかそうではないのか。
悲しみは慈悲についての学びを得ると同時に、あらゆる知的行為と同様に。
副作用みたいに異質な視線を、押しつけることもある。
やさしさだけでないものを、アリーチェは学んでいた……。
「危険が嫌いなの。それでいて、安全は自分に、底なしの残酷さを与えてもいる……危険だから、戦わない。殺し合わない。安全だから、残酷になれる……ヒトって、そうなのかもしれない」
『……うーん。そう、なのかもしれない!』
―――きっと、分かっちゃいないのさ。
それでも、知ったかぶりだってする。
子供はそうやって、だんだんと大きくなっていくものだ。
周りの大人たちから、何かを吸収してしまいながらね……。
―――汗をかいたおでこに、ハンカチを押し当てる。
汗を吸ったハンカチに、リサは噛みついた。
開かれた窓のひとつから見える光景のなかに、軍事訓練にいそしむ若者たちがいる。
何人かはリサが直接的に教えてきた、顔も性格も知っているはずの青年たち……。
「……あの子たちも、『そう』なるのかも」
『どっち?戦うべきときに、殺し合いを避けるの?それとも、安全になったら、残酷になるの?……ここが、安全だから……強気になって、鋼を振り回しているだけなの?あいつら、戦場に行くと』
「どっちも、ありえる」
『……むう。むずかしい』
「何であれ。あの子たちは、戦争に行く。殺し合いを、するために。でも、殺し合いが……やれないかも……殺したくなくて、怖がったりもするかもだし、危険だから威嚇に頼ったり……死なないで欲しいし……私は、殺して欲しくもない。でも、勝って欲しいとか……安全が、欲しい。自由も……でも……まだ、あの子たち十代なのよ?」
『……十才になる前に、殺された子供たちもいるよ。敵を殺さないと、そいつらが殺しに来るかもしれない』
「……私、勝手ね……戦場に出る予定はないから。こんな、学者ぶって分析の真似事。はあ、死神みたいだわ……危険だと殺さないとか、安全だと殺すとか……こんな考え、すべきじゃないのに。乱世って、嫌だ……もっと、文学だとか絵画とか芸術を、研究したいのに……人々が、楽しさのなかで創り上げたものは……きっと、価値があるのに」
『お姉さん、難しいコトを考えすぎていると思う』
「……でも。間違ってもいないわ。2パーセント……それが精確かはともかく。少しはいる。危険であっても残酷さを行使できる『英雄』が……あるいは、殺戮者が……どちらも、失礼な言い方をすれば、同じ」
『まあ、どっちも殺すもんね』
「そして、そういうヒト以外……おそらく、あの子たちの大半は……98パーセントかも。戦場で敵を殺したくなくて、積極的に敵を殺そうとしない。そして、もしも……戦闘が終わったら、勝敗が決まり、敵が弱まり背を向けて逃げ出したり、無抵抗になったりしたとき。今、訓練でしているように、勇敢になれるかも……残酷な虐殺のときだけ、笑顔で」
―――リサ・ステイシーは、善良だった。
そして、賢さを使う行為が好きだった。
学者としては、とても正しかったかもしれない。
でも、運は悪かったんだ……。
『みんなが、ソルジェたちみたいに『ちゃんと殺せる立派な戦士』になればいいんだよ』
―――その言葉は、権能を帯びていたのかもしれない。
リサの心に、アイデアが浮かんでいたからね。
彼女は、とても優秀な学者だから。
教え子たちも大切で、『自由』も『未来』も亜人種たちの権利も大切だったから……。
「そう、よね。そうだわ。戦って……勝ってもらわなくちゃ。正しい未来を、勝ち取ればいい。勝てば、生きて戻ってくれるし、親御さんのもとに、あの子たちを返してあげられる。敵を殺せば、いい。安全になって……平和になって、敵に残酷になるのは、不道徳的だったとしても……『そんな些細なことよりは、私たちやあの子たち全員の命が大切だもの』」
『うんうん。そうだと思う。そうなるように、お姉さんは賢さを使ったらいいと思うの』
―――リサ・ステイシーは、とても賢かった。
ロロカほどではないかもしれないけれど、天才扱いしていいバツグンの知識の持ち主だ。
そして、視力だっていいからね。
アダルベルト・ジーが集めていた書物に、興味深いものがあるのを知っていた……。
―――『家畜に対しての行動の学習についての覚え書き』、二世紀前の学者の記した本。
それをアダルベルトは、ここに保管していた。
極めて珍しい本というわけではないが、そこそこの希少本である。
動物に『一定の行動』を与える、『呪術以外の方法』を研究した学者は少ない……。
―――そんなもの、何の役にも立たないと。
いつもならば見過ごされてしまい、趣味的な範囲で完結してしまうから。
でも、『人買い』ジーの一族であるアダルベルトは気づいていた。
この『本』の、『活用法』をね……。
「……『人買い』、ジーの一族。悪名高い連中も、気づいたんだ。この本、『心の矯正』に使えるわ」




