第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百八十七
―――アダルベルトから預けられていた書物は、なかなかの量だった。
いいや、書物以外の資料もかなりのものである。
『トゥ・リオーネ』についての研究は、『プレイレス』でも無視されることはない。
『西』の人々が崇拝する諸神教について、それなりの興味は示されてきた……。
―――だが、リサ・ステイシーは理解している。
神々というものは、執着心が強いらしい。
信者が少ない土地に対して、それほどの影響を与えることはなかった。
『ゼルアガ』とは異なり、一般的な諸神教の崇拝者は温厚らしい……。
―――あるいは、ちょっと残念なことに実在しないだけかもしれないが。
呪術で特殊な存在を作り上げたり、『ゼルアガ』が介入したり。
そういった状況以外で、神々の『具体的な痕跡』はあまり知られていない。
リサ・ステイシーが知る限りにおいては、そもそもひとつだってないのだ……。
―――証言はあるものの、それは学問的な裏付けのともなうものだとは言えない。
『悪神しか実在しない』なんていう結果は、あまり楽しいものではなかったが。
残酷な世界の現状を見渡していると、そんな考えだって否定しにくいものがある。
何だって考えてしまうのが学者たちの習性であり、社会の要請よりも真実を好んだ……。
「こういう性格を、学者たちはしているから。ときどき、虐殺されてしまうのよね」
『ああ。そうなんだね。みんなが願っているコトよりも、あなたは不幸な真実を好むんだ。それは、ときどき、いじめられてもしょうがない』
―――『トリックスター』は、好奇心旺盛だ。
自分の役割を見つけたがっているかのようで、なかなかに不穏である。
リサ・ステイシーはすぐとなりに、とてつもなく神秘的な存在がいることに気づかない。
研究者であれば、こんな存在がすぐそばにいると知れば喜んだはずなのに……。
―――あるいは、恐れて飛びのいてしまったかも。
勘のいいリサ・ステイシーなら、アリーチェの本質にも気づいただろうから。
破壊と創造、混沌じみた可能性の宝庫だよ。
我々の望ましい『未来』を、『今』は求めていてくれるけれど……。
―――子供は、とても心変わりがしやすい生き物だ。
命があるのかないのか、分からない存在となってしまった今でも変わらないだろう。
むしろ、肉体がないだけに『自由』かもしれないよね。
アリーチェは自分に捧げられる祈りのために、何をしでかすか分からない……。
―――ソルジェや『狭間』や、多くの悲しい子供たちのために。
何かをしたいのだ、誰かの『願い』を叶えてあげたい気持ちになっている。
ありがたくもあり、とても怖い行動だよ。
どれだけの力を秘めているのか、分からないのだから……。
「これが、『トゥ・リオーネ』……あちらさんたちの、諸神の文献……」
『不思議な絵が書いてあるね。挿絵がいっぱいだけど、ちょっと読みにくいかも』
―――『西』の諸神教は、その他の土地と同じだ。
人々が神々に頼る方向性に、それほどの違いはない。
農耕の神々があって、大雨や嵐などの気候の神々がある。
そして病の神々と、『破壊』と『愛』の神々だ……。
『きれいな神さま。リエルに似てるね。こっちは、ソルジェに似てる。竜にも、似ているかも』
「『命』と『死』の神々が、存在感が大きく感じてしまうのは。『西』がそういう文化だからかしら。それとも、私が神経質になっているからかな……」
―――『破壊』と『愛』は、およそ一組になりやすい。
戦争と繁殖、死と命という概念は相反しつつもとなり合わせになりやすいから。
リサの過酷な労働環境のせいで奪われた、くまのある目が瞬きしつつ。
動き出した知的好奇心のせいで、文献の記述を追いかけ始めた……。
『すごいね。すごい。そんな早く読めるんだ?私には、ぜんぜん出来ないから。あなたの『心』を盗み見しちゃおう』
―――ちいさな手が、リサ・ステイシーの背中に触れた。
リサは気づかない、久しぶりに開かれた蔵に夏の風でも流れ込んだだけだろう。
予測は間違っていたけれど、致命的ではない。
アリーチェはリサに対して、完璧ではないけれど好ましい感情を抱いていたから……。
―――ただ、覗き見したかっただけだろう。
深く深く、リサの考えを把握していった。
幼い子供の思考力しかないから、大半の知識については理解できないけれど。
リサが強い好奇心を使い、アタマのなかに浮かばせた言葉には食いつける……。
『……真なる戦士を、『破壊』は愛した。それは心に弱さを持たない戦士たち。百ある指を使って、それらを探す。見つけ出せたのは、二人だけ』
「百人に二人、ね……『西』の戦の神々、あるいは破壊の神々は、戦士のなかから『特別な存在』を導き出すのが好きなのか……儀式のために……うん。特別な戦士、ね」
『ソルジェなら、ピッタリ!神さまだって殺しちゃうのよ!きっと、その神さまたちもソルジェのことを気に入ってくれる!』
―――喜ぶアリーチェのとなりで、リサはその『割合』に対して興味をくすぐられる。
彼女は研究者であり、大学のスタッフでもあった。
この筋肉質で暴力的な変異を遂げている最中の、ツイスト大学で何が起きているのか。
仕事に忙殺されながら、いくつかの調査を行っている……。
「……戦争参加への拒否者は、ほとんどいない。表面上は、ね」
『……みんな、愛する人たちのために敵を殺してあげたいんだよ』
「……でも。本当は、どうだろうか」
『……戦争に対して、怯える子たちがいるってこと?』
「歴史上のあらゆる戦で……少なくとも、それなりの資料が残っている『プレイレス』の戦史だけでも……戦士や兵士たちの『殺意』は、必ずしも高くない」
『あんなに、殺し合っているのに?』
「ヒトは『標的』としては、大きいから。的に対して矢を当てられる者や、狩りを一度でも成功できた者になら、殺すのは難しくないはず……そういうのは」
『そんなの、訓練すればカンタンだよ。私でもやれるもの』
「そう。カンタンな行為。でも。でもね。四万本の矢を用意した、都市国家間同士の戦いのなか……双方が矢を打ち尽くし合いながらも……四時間かけて、百人しか死ななかった戦もある。戦争での、戦死者の数って、正確な数が残されることは稀だけど……たまには、双方の記録が一致するときだってある」
『……どういう、こと?』
「ヒトってね。意外と戦争で、相手を殺せないものなのよ。普通は、そうならない……」
『そう、なの?』
「ツイスト大学の学生たちにも、一定の数……周りからの圧力も跳ねのけて、軍隊への参加を拒否した子たちがいる」
『……そういう連中、嫌い。臆病者だ』
「やさしいの。みんな、他人を殺すことへの嫌悪感は持っているのね。もちろん、戦いを心の底から喜べる人たちもいて……それは、俗に……『英雄』と呼ばれる……」
『あなたは、何を気にしているの?』
「『戦争に対して、心の底からのめり込める戦士の割合』って……どれぐらいかなって、考えていた。計算できれば、何か、私が期待しているものが分かりそうだと……2パーセントぐらいかも……って、試算していた。『西』の『破壊』の神々が求めるのと、同じかも」




