第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百八十五
「あまり、引っぱらないでくれますか……っ!?」
「ああ。すみません!!社長命令なので、ちょっとだけ乱暴になってしまいましたね!!」
「急ぎの用なのですか!?」
「さあ。良く分かりません!!女のか男なのかさえも、何が何やら分からないので!!」
「は、はあ!?どこまでも、訳が分からないわ……っ」
「現場に、到着でーす!!」
勢いよく開かれたドアの向こうに、ビビアナ・ジーがいたよ。メダルドは、緊張していたな。笑顔が引きつる瞬間を、オレは魔眼で見ているぜ。
面白がってはいない。
まあ、でも。
あの肝の据わりまくったメダルド・ジーが緊張しているなんてな。女神イースとだって、眉毛一つ動かさずに契約を結びそうな男なのだが。
「サー・ストラウス!!いったい、何の真似かしら!?」
ああ。飛び火しちまったか。
「意地悪そうな顔をして、ニヤニヤしているのだから。貴方が何かしたんでしょ?」
「そんな顔なんて、しちゃいないハズなんだが?」
「鏡を見てから、言えばいいわ」
オレはそんなに意地悪な男だったのかね。そういう自覚はなかったが……。
「で。何なの?それなりに私は忙しい立場なのよ。叔父さまに代わって、ジーの一族の社員たちを守るの。それだけじゃないわ。『ルファード』と『オルテガ』の商人たちのあいだに、絆を作っている。分かる?商人たちって、全員がめついから、こういう作業をするの大変なのよ」
どうしてオレが叱られているのか。
世の中は、やはり不思議に満ちている。
「ちょっと、聞いているの?」
「聞いているよ。だが、オレじゃないんだ。本当に、君を呼んだのは、オレではない」
「……ん。じゃあ。ミア?それとも、フリジア?」
「私でもないよー」
「うむ。私でもない」
「じゃあ。誰なのよ」
「……それは―――」
「―――あそこにいる方ですね!!」
容赦のない真っ直ぐさで伸びた指。それにビシッと指し示されていたのは、女メダルドであった。メダルドは自分なりのタイミングで、ハナシを始めようとしていたのだろうが、そのプランは一瞬で崩されちまっていたよ。
「えーと。どなたかしら?」
「……そ、そうだな。落ちついて、聞いてくれると助かる」
「ん。何よ。偉そうな口の利き方をして。他人でしょ?」
「……い、いや。それが、そうでもないんだ、ビビ」
「なれなれしいわね。誰よ、あんた?」
気位が高い女ではあるから、ビビアナは怒っていた。ハッキリとしゃべらない謎の若い女を、尊重してやれるほど暇じゃなかったんだろう。オレは、アイスケーキの欠片でも、食っておくことにしたよ。
ミアも、もぐもぐしていたからね。何とも幸せそうな顔だった。
「……その……すまない。なれなれしかったな」
不思議なもので、ヒトというものは心が打たれ弱くなっているときがある。竜太刀を振り回し、自分を殺しに来たはずの赤毛の北方野蛮人に対して、銀貨一枚で雇おうとした者のくせに。
あれほど度胸がある男にしても、今の状況は勇気を失うらしい。手助けしてやるべき?いいや、それほどのものじゃないだろう。これは、大した出来事じゃない。メダルド・ジーが死んだ。そのインパクトと比べれば、まったくもってね。
「ハッキリ話しなさいな。私は忙しいんだから。どこの大人物?サー・ストラウスに命令できて、この私を商談から引っこ抜いて呼び出すような若い女は」
「……オレだ」
女の声だ。コートニー・フレールの声。でもね。その抑揚は確かに、あの耳に残るメダルド・ジーのそれだった。
オレが気づけるのだから。
ビビアナは、もちろん反応していたよ。
「…………おじ、さま……?」
ミアは嬉しそうだった。ケーキをまた一切れ頬張っていたな。フリジアも似たようなものだ。腕組したまま、笑顔だった。ケーキを食べようとはしていなかった。どういうわけだか、事情を察知していないはずのパロムは威張っていたな。これが自分の功績であると、信じているのかも。まあ、間違いでもない。
「え……でも、え?なんで……そんな……え?」
「……話せば長い。かいつまんで言えば、女神イースの力だ。オレを、死の淵から助けて蘇らせてくれたんだ」
「女になっているけど!?」
「……女神イースの『素材』にされていた『カール・メアー』の巫女戦士のひとりだ。コートニー。その名の乙女の体を、オレは借りたらしい。あるいは、奪ったか……与えられたか……」
「どれでも、いいわ」
「……そう、だろうか」
「ええ。どれでもいい。何が、どうなっているのかなんて。どうでもいいわ。ちいさなコトだもの。ほんとうに、些細な……大切なコトに比べたら、本当に……」
時間がね。
ふくらむときがある。
流れる早さが変わってしまい、ゆっくりに。
今もそういうときだった。賢いビビアナ・ジーは、あのちいさなアタマのなかで、とんでもなく多くの記憶や思考をしていると思う。大切なものもあれば、大切じゃないものもある。比べながら、見つけていく。
彼女にとって、最も大切なことを。
「生きているんでしょ?……おじさま、なんでしょ?おじさまは、生きている」
「……ああ。そうだ。魂か、心なのか。とにかく。そういう精神的なものは……オレそのもの。メダルド・ジーだ。ビビ。オレは死なずに、すんだらしい。生きているぞ。オレは、生きて……お前のところに戻ってこれたんだ」




