第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百八十一
自覚があるだけでは、救いは少ないらしいがね。他ならぬ、フリジア・ノーベルの言葉では。揚げ足は取らないよ。フリジアは、すばらしいアイデアをオレにくれたのだから。
まあ、彼女本人の言葉ではないが、よく覚えてくれていた。
……『自分を大きくする』、『形を意識する』。前者は自分と敵との一体感であり、後者はそれを運用するための方法だな。つまりは、戦いを構成するための。
武術というものはコミュニケーションだ。もちろん、戦いというものもね。自分だけではやれない。信仰だとか宗教というものは、ルールを信者に押しつけるものだ……少し、語弊があるかもしれいないが、アホなアタマで理解するには、そう考えておくのがちょうどいい。
「何か思いついたんだね?」
「ああ。武術のコツを」
「か、『カール・メアー』武術を、盗むのか?」
「そうだよ。使えそうな部分だけ、オレの技巧に取り込めそうだからな」
「む、むう。まあ、戦士として強くなるのは、構わないが……今度、私にも教えろ」
「フリジア、たぶんね、私たちには早いよ」
猟兵らしい勘の良さだ。ミアにも、もちろんフリジアにも『王者の剣』は早い。とくに、フリジアはあくまで『カール・メアー』の流派を極めるべきだよ。それが骨の髄まで染みついてしまっているからだ。
雑種になるという行いは、いくらか矛盾してしまう。ガルーナの竜騎士であり、猟兵団長だ。呪術師でもある。そして、あちこち旅して色々な戦士と殺し合ってきたから。そういう経緯があるからこそ、オレは雑種的な技巧に向いているのさ。
矛盾についても、いくらか寛容になれたというか、耐性がついたのかもしれない。姉貴がブチギレする理由も、ちょっと分かる。ガルーナの王道や、ストラウス家が継いできた技巧から、逸脱しつつあるのは否定しない。
それが、姉貴には腹立たしくもあるのだ。
……四男坊だったもんでね。長子だった姉貴とは、違うんだよ。ストラウス家らしさに対して、教わった時間が短い。ファリス王国に嫁いだとき、姉貴はガルーナの武術やストラウス家の技巧を懐かしんだ。とても大切にしていたのだろう。戦ったから分かる。姉弟で殺し合うのは、最も濃密なコミュニケーションのひとつなのだから。
正直な評価をしよう。
姉貴の方が、『正統』の流れにあるんだぜ。オレは、雑種だ。兄貴たちが家を継いで、オレは戦場で死ぬのが役目だったからな。ガルーナが健在だったら、オレはストラウス家を背負うことにはならなかった。
継承者ではない。上に三人も兄貴たちがいるのだ。四男坊。雑な教育になっても、しょうがないね。むしろ、正しい判断とも言える。ストラウス家の技巧や知識を、オレを婿にすることで奪おうとするガルーナ貴族もいただろうから。婚約者が決められていなかったのは、つまりは危機管理。オレをストラウス家の『敵』に利用されないため。
悪くはない。
……もちろん。
アーレス直伝の技巧や知識の数々は、血と肉と魂に叩き込まれている。姉貴よりは、ずっと、ガルーナ史上最強の竜からぶん殴られているんだよ。兄貴たちからもな。弱いというのは、ありがたいときもある。敗北は学びを促進するし、勝利への欲求はモチベーションになったからだ。
姉貴よ。兄貴どもよ。アーレスは死んでからも、竜太刀となってオレと一緒にいる。本気のアーレスを、若い頃は使いこなせなかった。わざわざ第四属性の魔石を融かして、弱体化させないと御せなかったんだ。
何故か?
オレが未熟だった……というだけでもなくてね。ストラウス家の戦い方だけじゃ、足りなかったのだろう。おそらく、竜騎士姫の技巧と知識から、失伝してしまった何かがある。それを得るための放浪でもあった。
雑種になることで、偶発的に補えたのだと思う。突撃、死あるのみ、のストラウス家の哲学だけでは足りない何かを。猟兵として、多くの者たちに関われたから得られた。
何か?
竜騎士姫ってのはね、王さまの娘。『歌喰い』の権能のせいで、彼女の歴史も物語も奪われてしまっているが……彼女が生きた時代は、内戦もあった時期だ。彼女は、状況次第であるが、『女王』になる必要もあった。政治的野心の有無は知らないが、あり得たからには、『そういう教育』を受けている。
王さまになるための教育ってものだ。そんなものは、オレも、もちろん姉貴も兄貴どもも受けちゃいない。翼将の子供たちが王になるための教育なんて受けていたら、内乱必至だ。
……だがね、思い返せば、竜太刀を真に扱えるようになったとき、技巧や経験値や魔術やら呪術も鍛えられちゃいたが、ひとつだけ、心理的な覚悟もあったんだよ。
ガルーナ王になる。
そう決めていた。ガルーナを奪い返す。帝国を滅ぼすだけではない。復讐だけではなく、建設的な覚悟をしていたのだ。それがあったから、使いこなせるようになったのかもしれないと思うのだよ。
……竜騎士姫を妄信するつもりはないが、それでも、アーレスが最も惚れ込んだ竜騎士なのは間違いない。史上最強の竜が、誰よりも認めていた。記憶を悪神に奪われてもなお、忘れていないほど。
つまり。
信じるに値する。
そんな竜騎士姫について、勝手な想像をするのだが。
彼女は、怒りだけで戦ってはなかったのだろうよ。会ったこともないご先祖様だが、オレたちの知っている現代のストラウス家よりは明確に、女王に近かったのだから。
オレにとって、理想的な女王陛下はひとりだけ。クラリス陛下さ。彼女は外様の極致である、オレたちにも国運を賭けた。ルードが滅びそうだからだし、シャーロンを通じてオレたちを知っていたからでもあるだろうが……柔軟だ。
女王が国を生き延びらせるためには、ああいう覚悟が可能になる。本来の価値観の外にある力でも、受け入れる。それだけ必死で、なおかつ懐深くなるものだ。
言葉の使い方に、語弊があるのを承知だから、心のなかだけで使うけれど。
アレってね。
たぶん、『究極の雑種』なんだよ。
覚悟と権威で、混沌とした内外の力を束ねて『秩序』を形作る。乱暴な竜騎士さえも、説得し、剣を捧げたくさせた力。ああいう女王の力を、竜騎士姫も持っていたんじゃないか。
ああ。
当たっているらしいぜ。何せ、背中の竜太刀に熱を感じられるから。




