第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百八十
女メダルドが羽ペンを走らせる音には、心地良さがあったよ。迷いが消えた者の仕事は、いつだって明瞭な動きを帯びるものだから……。
好奇心はくすぐられる。
邪魔しないタイミングを探しながらも、その願いが叶ったかまでは自信はない。だが、問いかけていた。つい数時間前まで、魔眼を使い探偵じみた行為をしていたからか、あるいはただの職業的な好奇心といだけなのか。気になっているからね。
「お前の筆跡通りなのか」
「……ああ。そうだな。ほとんど完璧に、違和感なく……体を使えている」
「なるほど」
「……技巧は、体に宿るだけとは限らんようだ」
「その『逆』は、どうだ?」
「……面白いことを言い出す。気づいたら、教えてやろう」
「そうしてくれ。『ゼルアガ』の権能については、知っておきたい」
神々について、少しは神経質にもなる。得体の知れない存在だが、ちょっとでも多くを知っておきたい。そうすれば、対策が取れるかもしれないからだ。
それに。
興味深い事実じゃないか?
肉体が別人のモノになっても、字の書き方は魂に従うらしいぞ。
自分らしさというモノの正体のひとつは、肉体よりも魂が支配的らしいってことだ。
……考えたこともなかったが、『オレの考えを相手に押しつける方法』の研究に、役立つかもしれん。
ちょっとした、武術の研究テーマなんだよ。敵を『誘う』……という技巧の、ずっと先だか奥にある概念。『オレの考え通りに、敵を動かせれば勝ちやすい』からね。そいつは、とてもスマートなんだよ。疲れなくて済む、という意味でだ。
疲れること自体は、嫌いじゃないんだが。
敵がずいぶんと多すぎる。帝国軍だとか、それに与する者ども。そいつらを、楽に手っ取り早く始末していければ、より多くを倒せるじゃないか。
……ガルフから、聞かされていたんだよ。『王者の剣』だな。そう呼ばれる戦い方があるのだよ。相手に自分の思い通りの行動を強いる。
かつて、笑われたものだ。「お前には向かない」。そうだったらしいぞ。駆け引きなら、得意だぞと言い返した。それでも、我らがガルフ・コルテスは首を横に振りやがる。「相手に合わせる必要があるが、それは『今のお前』には無理だろう。怒りが濃すぎるからだ」。
ああ。
人生というのは、どこで何がつながるか分からないな。オレは、かつてよりは『怒り』に囚われていないらしい。今のオレを見たら、ガルフは同じ評価をしないだろう。魔眼があるし、武術の達人。かつてよりは、多少は経験値というものを積み重ねているんだ。
技巧の表面的な駆け引きではない。
もっと、あやふやなくせに、もっと、支配的な感覚。
……「芸術に近いものだ。舞踊は、共感を重視する。見せて、狙いの通りの感情や行動を強いるのが芸術ってものだ。お前には、まだ分からん」。まだ、だった。かつての会話だからね。今は、違うんじゃないか。
ちょっとは、学んだよ。
芸術ってものもね。レイチェルからも、マエス・ダーンからも。職人たちだって、誰もが芸術家みたいなものだろう。武術の達人たちだって、似たようなものだ。
色々と。
雑種のように、多くを得てきた。ガルフ・コルテスの域に達しているとまでは、言わんがね。オレの髪には、まだ一本だって白髪がない。若輩者で、無知な山猿のたぐいである。
ちょっとだけ。
また分かった気がしているんだよ。
女神イースの権能を、オレが完全にマネできるとは言わない。しかし、魂や精神を、別の肉体に伝える能力があると知れただけでも、いいアイデアになる。
オレはね、クソ強いわけだよ。
どう考えても、そいつは揺らがん。
だから、対戦相手は委縮する。戦えば死ぬからな。だから、構えだけでも誘えた。技巧の相性による駆け引きだとか、間合いの取り合いによる結果だとか、そういう具体的な手法だけでも。
だが。
もっと上手く戦えれば、それ以上もやれそうだ。
心を操る。オレの考えを植え付けて、オレの思い通りのまま動かし、そいつを斬れば楽に戦える。手抜きしているみたいで、昔のオレは拒んだはずだが、今は違う。こいつは、成長の一種だよな、ガルフ・コルテスよ。
たぶん。
この方向性を研究すれば。
ちょっと前のオレより、何倍か強くなれるんじゃないか?
肉体だけでなく、精神的なもの……心理的なもの……ああ、つまり。心だ。そういう力を、操る方法を学べれば。まずは、相手の心じゃなく……自分のだな。
怒り。
そいつをいくらか、操れるようになれば……。
向いてない。
それは知っているが、いい手本がいる。目の前に、本人はいないが。耐えがたい怒りを御した者がね。もちろん、レナス・アップルだ。そして、レナスに指導をした者たち。『カール・メアー』の武術。彼女たちを基本的には毛嫌いしていたし、軍用の武術ではなく、護身的なものだから実用性に疑問もありはするが……。
心の鍛練の方法だとか、そういうたぐいはオレに『王者の剣』を学ばせてくれるのではないだろうかね。今なら、彼女たちにリスペクトがあるから、本能的な拒絶も起きん。
聞いてみよう。子供のような、素朴さで。オレは賢者よりは、ガキどもに近いアホだからね。
「フリジア、『カール・メアー』の武術のコツは?」
「祈ることだ」
「祈るとは、何だ?」
「自分と他者と世界をつなぐ、『秩序』を信じることである」
「なるほど」
「フリジア、なんか賢そう。意味、分かんなかった」
「フフフ。私の言葉ではない。くだんの、リュドミナ・フェーレン詠唱長の言葉である。意味など、私には分からん!だが、耳にタコが出来る程度には、教えられているぞ」
信仰については、ちょっと疎くてね。
彼女がどういう意図で弟子たちに伝えたのかは、分からん。
だが、武術のコツとして教えたのなら、ピンとくる。
「自分を大きくすることだ」
「『自分を大きくすることね』…………と、詠唱長は、言っていた……何で、お前が知っている?」
「猟兵団長だからだろうな。彼女は、他に何か言ったか?」
「『形を意識しなさい』とも」
「そうか。ちょっと、賢くなれたよ。『形』か。なるほど、面白そうだ」
「何か、分からんが。賢くなれたら、良かったぞ。お前は、見るからにアホ面だからな」
「ククク!君も、そう変わらん」
「う、うるさい。自覚はあるのだから。自覚がないアホよりは、マシなのだっ!」




