第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百七十九
ああ。ときどき、オレたちは自分たちと異なる価値観に属する者たちに対して、その真意を読み損ねるものだ。哲学という生き様が、メダルドと『カール・メアー』の巫女戦士たちのあいだでは、大きく異なっていたという事実を思い知らされる。
メダルドは驚いていた。
巫女戦士たちにとっての正しさは、『カール・メアー』らしく苛烈なものだったから。オレたちガルーナの戦士の哲学にも、少し似ている。女神イースの成した選択のために死ぬのは、彼女たちにとって何よりの誉れなのだ。
商人には理解しがたいかもしれん。
それを責めたくもないがね。ただ、商人の哲学と、戦士の哲学は違うというだけのこと。巫女戦士も、オレたちとは異なるが……商人のそれよりは、やはり近しいものだろう。
「……彼女は、コートニー・フレールは、この状況に満足していると?」
「そうだ。たとえ、お前のような中年男の『器』にされても、女神イースの思し召しならば、巫女戦士は幸せだと感じられる」
「……理解しがたい」
「うむ。そうだろう。でも、『カール・メアー』とは、そういう集団なんだ。おぞましく思ってくれるな。私たちにとって、それほどまでに、女神イースとは大切なのだ。毎日、毎朝、起きたら祈る。寝る前にも、もちろんだ。女神イースの慈悲が成された世界が、一日でも早く訪れるようにと」
「……それは、信仰心としては、尊いものなのだろうが」
「お前の親心とも似ている。ビビのためなら、何だってするだろう?自分の命だって、捧げたって、まったくもって惜しくない。その対象が、女神イースというだけ。私や……コートニーもそうだと思うが……親無しにとって、女神イースは『母』なのだ。大切な家族である」
「…………オレに……耐えろと?」
「ああ。ガマンしてくれ。お前の自己満足で、コートニーの人生を評価する必要はない。私が教えてやった通りだ。彼女は迷わんよ。もちろん、お前がその体を粗末に扱わなければな」
「……借り物だ。そのような扱いは、絶対にしない。いつか……戻せばいい」
「うん。それも、あるのかも。お前が、『使命』を果たしたあかつきには……コートニーは元のすがたで生きられる……かもしれない。明確な予想は、できないが……その解釈をしていると、おそらく多くの者が救われるぞ」
……ときどきね。
オレはフリジア・ノーベルという乙女を、見直したくなる。メダルドさえも、説得しちまいそうな勢いの考えを、すらすらと述べるのだから。自分の得意分野というか、『カール・メアー』の哲学だから、とも言えるが。
「フリジア、すごいね!」
「そ、そうか?」
「賢いように見えた!」
「そうか!嬉しいぞ!……うん。うむ?賢いように、見えた……」
喜べたほどには、褒められていない気がするらしい。口もとに手を当てながら、基本的には、それほど賢くないアタマのせいで、うなりながら考えている。
「見えた……なら、喜ぶべきか!」
「パーティーだ!」
「そーだな!」
「ハイタッチ!」
「おう!……あ、ぐううっ。骨に、ひびいた……っ」
「ドジ」
「知ってるぞ」
「あははは!」
「はははは!」
乙女たちがはしゃいでいると、心が救われるよ。戦いばかりの乱世には、こういった救いが必要不可欠だからね。
死まで経験し、女の体を借りる状況に陥ったメダルドの心さえも、少しは楽にするだろう。
「悩む必要はなかったらしいぜ。見届ける。それだけで、お前の願いもやがては叶うようだ」
「……長い時間が、かかるかもしれないぞ。それだけの時間を、オレは乙女から奪う。貴重な時間だ。若い時間ってのは、多くを感じ取れる……年を取ると、鈍感になってしまうんだ。彼女は……いや……考えるだけ、ムダか」
商人の哲学に、戦士の魂や巫女戦士の狂気じみた献身に共感を抱く余地はないのかもしれないが、誰よりも合理的に考えるという行いは得意分野だった。
「……一日でも早く、『狭間』や亜人種が、迫害されない世界にすればいいだけだ」
「そいつが、最適解ってものだろう。容易いとまでは言わないが、悩むほどのことでもなかったな」
「やるだけ。全力で、やるだけだよ。メダルドのおっちゃん」
「……ああ」
女メダルドは間借りした乙女の背骨を反らした。細い首がしなり、すすけた天井を見上げている。あまり掃除が行き届いている物件ではなかったよ。『ストラウス商会』は、ディアロスの勇士たちが仕切っているからね。彼らはガルーナ人よりも緯度の高い極北の戦士だ。大きな暖炉がある屋敷を、とにかく信じるのさ。
気持ちは分かる。
とてつもない寒い冬の記憶は、脳裏にこびりついているものだから。あの凍てつく北の嵐は、夏でも忘れられはしない。
そんなことを思った。メダルドは、おそらく別の考えを見上げている。
おそらく、とても知的で合理的なまとめをしているのさ。
「……ツイスト大学のステイシー学長に対して、手紙を書こう。それをしながらでも、多くを考えられるだろうから……」
「ああ。書いてくれ。『フクロウ』で送ってやろう」
「……すべきことを、する。やり尽くす。それが……この子に人生を返してやるための最善策だ……」
いいヤツだよ。
それを成し遂げたら、メダルドは死ぬという意味だと思うのだがね。オレも、ミアも、そして、フリジアも止めはしない。メダルドは、他人の娘のためにも命を懸けられる男なのだから。両親を亡くした乙女には、特にやさしいと知っている。
ああ、止めんよ。
誰しもが大切だと信じたもののために、行動する。すすけた天井も、竜太刀の復讐者も。やさしい父親も、憎しみと怒りに勝てた、偉大な尼僧もね。
オレが思うに。アホで賢いフリジアは知っている。やさしい乙女がもう一人いるよ。両親を流行り病で亡くした巫女戦士も、同じだ。親子の再会を願っていると。
どいつもこいつも。好き勝手やっているというわけさ。これで、いい。かまわんよ。
命の使い方までは、それぞれの哲学に委ねていいじゃないか。




