第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百七十八
奇跡。
素晴らしい響きだな。メダルドは、ずいぶんと価値ある選択を与えられたらしい。
オレは、レナス・アップルとリュドミナ・フェーレンについて、あまりにも知らないからな。フリジアが涙ながらに語ってくれたことで、多くを理解したよ。鋼を通じても、相手を理解可能なものではあるが……彼女たちの人生について、聞かされるのもありがたい。
託された意味を知れる。
その重みもね。
女神イースもそうだが、どいつもこいつも敵ではありながら、やさしい者たちだったと思い知れるよ。本当に、心の底から、争いの少ない平和な世界を求めていた。
レナス・アップルのような目に遭わされたとき、自分がそうまでやさしい人間性を保てていたか……それを想像するのも恐ろしい。『人買い』に去勢されるなど、男として生まれた者にとっては、あまりにも痛ましいからな。
同情する。
そして、尊敬もだ。世の中を恨みもしただろうが、レナス・アップルという人物は怒りがくれる復讐心よりも、痛みが教えてくれた価値を重視してくれた。
彼女は両親を愛していたし、愛されていたから。それが奪われた痛みを、誰よりも理解している。だからこそ、メダルドを蘇らせる選択をしたのだ。『人買い』に報復をすることで、少しは得られる正当な喜びよりも、ビビアナを父親に再開させるためのやさしさを選んだ。慈悲の女神の眷属としても、彼女の人生が勝ち得た価値観にとっても、それこそが正しい道だったのだろう。
……何を隠そう、このオレも復讐を選んだ種類の男だからな。もしも、レナス・アップルの立場となっていれば、他人の親子愛よりも、自身の復讐に夢中になった可能性が高い。オレだけではなく、多くの者がそうではないだろうか。
復讐だって、正しいさ。
それが正しくなければ、世の中の正しさの半分は消えるだろうからね。
だが、それよりも尊い選択だってある。
知っているよ。
ちょっと悔しくもあるが、復讐ってのは万能じゃないんだ。セシルとお袋の仇を取ったからといって、心がすべて晴れるわけでもない。
復讐の道を選んだことを、オレは後悔しないがね。
……不自然な力で、死者の運命をねじ曲げるのは良くないとも信じているよ。悪神どもに、セシルを復活させてやろうかとうそぶかれても、オレは拒絶してきた。悪神など信じるに値しないからでもある。
だが。
メダルドについては、受け入れているよ。オレは、少し、多くと知り過ぎて、純度が失われつつあるらしい。この点については、ジャンの感覚の方が、正しいかもしれない。女メダルドに悪神の気配を嗅ぎ取り、警戒心を抱く……。
実に正しい。
……怖い想像をしよう。セシルが実際に蘇ったら、どうするのか。抱きしめるだろうな。正しいと信じるかもしれない。今ある信念や、過去の選択を反故にしても。
今のところは、女メダルドは、今まで通りのメダルド・ジーの気配だ。邪悪さを見せれば、ちゃんと竜太刀で斬る……その覚悟はしているさ。『ゼルアガ/侵略神』にまつわる力の結果を受け入れるのだからね。
多くを考えさせてくれるハナシだった。フリジアとメダルドが語ってくれた、レナス・アップルの人生と、その選択についての物語は。
幸の薄い人生だったかもしれないし、多くの喜びを『人買い』の悪意によって奪われたのは確かだが、レナス・アップルの選択は、常人には選べないほどのやさしさがあった。
……メダルドを『脅した』のは、一種の強がりなのか、それとも素直になれない天邪鬼な照れ隠しかもしれない。『未来』を見守るのが、罰だと?……レナス・アップルが、本気でそんな価値観を持っていたとは思わんよ。ただ素直になり切れなかっただけじゃないかね。ムダな選択だと、信じているのであれば、別の道を願うさ。生粋の復讐者でしかないオレが、そう考えるのだから、外れではない。ヒトは、やはり自分を信じている生き物だと思うぜ。
レナス・アップルの人生を、どう評価するのは人それぞれだろう。復讐した方が正しいと信じる者もいるだろうし、それもまた確かに正しい道ではあった。『正義』はいくつもある。だから、それの正しさを評価するための哲学も、やたらとたくさんあるものだ。
だが。
いずれにせよ、猟兵として評価すべきは、いつだって意志と実力が示した強さだよ。
オレたちは、とてもシンプルな北方野蛮人なのだからね。
女神をこの世に降臨させるほどの力を出したのならば、見事と讃えるほかにない。
「……コートニー・フレールの体は、元に戻れるだろうか?」
「私に聞いても、答えなど得られんぞ。私は、この計画について、まったく関わらせてもらえていなかったのだからな!」
「……戻してやりたい」
「ふむ。言いたいコトは分かるのだが。『カール・メアー』の巫女戦士は、いつだって殉教者となる覚悟を済ませているのだ」
「……殉教者など、若い娘がすべきではない」
「決めつけるなよ。私たちの覚悟が、若いからといって軽々しく評価されてはたまらん」
「……そういうつもりじゃない」
「やさしい男だからな。『人買い』のくせに。いや、元・『人買い』だな」
「……ああ。二度と、やらんよ」
「うん。それでいい。それだけが、最善の道なのだ」
「……コートニーは」
「残酷と思ってくれるなよ。『カール・メアー』の巫女戦士ならば、喜んで女神イースの力に応える。私が女神イースに、命を求められたなら……基本的には、迷わん」
「……何が言いたい?」
「気にしなくていい。コートニー・フレールは、巫女戦士としての使命を果たしている。命を使い、体を捧げながら……私は、『カール・メアー』の巫女戦士の資格を、失っているのかもしれないが、彼女たちの信念は誰よりも分かる。客観視できるようになったから、今まで以上にな。その結果を、メダルド・ジーに教えてやろう。『カール・メアー』の巫女戦士は、女神イースの思し召しのために、その身命を捧げることは喜びだ。お前がすべき、コートニーに報いる最大の方法は、善行を成しながら、正しく生きることのみである。大陸が変わっていく様子を見守りながらな。それだけが、真実である。我々の覚悟を、甘く見ないでくれ、メダルド・ジー。お前のやさしさは、受け取る意味がないのだ」




