第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百七十六
良さそうな男だ。少なくとも、肉に対しての専門的な知識がある……北方野蛮人の味覚や、肉に対しての文化なんぞ知らないはずなのに。
肉屋のブッチは、得意気に笑って太い歯の並びを見せつけると、ガンダラを求めて走って行ったよ。リヒトホーフェンのせいで、長く好きな商いをやれなかったのだろう。そいつが、才能と経験値を活かせる仕事に戻れるのであれば、幸せなことだな。
仕事というものは、楽しめなくてはつまらん。
戦士という仕事も、心から楽しめているからこそ上達も早いものだ。
『す、すごく……知的な方でしたね。す、スマートだとか、が、学問うんぬんというわけじゃなくて。な、何というか、職業的な知識が、ほ、豊富そうで』
「ああいう男こそ、真のプロフェッショナルだろう」
『で、ですよね。ちょっと、あこがれます』
「お前も、戦術の理解が上達しているぞ」
『そ、そう、ですか!?』
「うんうん。ジャンは前より、ずっと戦場が見えるようになってるよ」
『が、がんばりますっ』
嬉しそうに涙ぐむジャン。ジャンの場合は、このマジメさが成長のコツだろう……。
「は、はあ!はあ!お、追いついたと思ったのに。ブッチめ。また、私を置いて行ってしまったのか……」
「トーリー・タイズンだったな」
汗まみれになりながら、トーリー・タイズンがやって来たよ。ブッチを追いかけていたのか……つまり、こいつも女メダルドのことを知っていたらしい。
「は、はい。どうも、ストラウス卿!見事な戦いでございました!帝国が崇拝する女神を倒すなんて……私には、想像もつかないほどの強さのようですね」
「耳が早いな」
「戦闘の現場にいなくとも、心はいつでもストラウス卿たち『自由同盟』と共に在るのですよ。このトーリー・タイズンは!」
「……商人らしい態度をする」
「き、君だって、私の立場ならそうするだろう?」
「……まあ、そうだな」
「メダルドの状況も、知っているとは、さすがの『情報通』ぶりだぞ」
皮肉を言ったつもりでもなかったのだがね、『オルテガ』商人の男はばつが悪そうに目尻を泳がせていた。
「ご報告するつもりだったのですが。そ、その、メダルドの状況が、あまりにも特殊だったので。今後は、ストラウス卿に情報を隠すような真似はいたしませんよ」
「そう卑屈にならんでもいい。十分に、信用している」
「ありがとうございます!『オルテガ』商人のなかで、最も貴方を支持する商人、それが、このトーリー・タイズンです!」
自分の名前を売り込むのに必死だな。メダルドがオレたち猟兵よりも先に頼った男か……まあ、オレたちはビビアナに近すぎるから、頼れなかったのだろうがね。そんなことよりも、だ。
「メダルド、彼はどれぐらい有能なんだ?」
「……純粋な商人の能力としては、若干オマケして、上の中」
トーリー・タイズンの笑顔が引きつった。上の上を期待していたのだろうが、メダルドの評価はおそらく正しい。
「……だが、それよりも性格を評価したい。経験は幅広く、誠実だ。何よりも、亜人種に対しての偏見もない。そういった点は、『自由同盟』とのやり取りを効率的にするだろう。『オルテガ』商人たちのなかには、リヒトホーフェン色に染まっていた者も少なくないが、そういった者たちともタイズンはコミュニケーションが取れる」
「橋渡し役として、すぐれていると」
「……ああ。タイズンは、頼りになるぞ」
「そうか。トーリー・タイズン、仕事をくれてやる」
「はい!!何なりとお申し付けを!!」
「ブッチを追いかけろ。トーリー・タイズン、お前には兵站構築の責任の一翼を担ってもらうぞ」
「は、はい!!」
「それと、『西』についての情報も、部下にまとめさせておけ」
「『西』ですか……『リオーネの民』たちの土地」
「詳しいのか?」
「誠実に、私の能力を開示します。『リオーネの民』についての知識は、それほどではありません。ですが、出身者に心当たりもあります。『西』から流れて来た職人で、サボテン絹の職人ですよ」
ミアの猫耳が動く。お兄ちゃんは、しっかりと覚えているぞ。サボテン絹のクッションを欲しいと言っていたもんな。ちゃんと、手に入れるつもりだ。お兄ちゃんにはね、義務があるのだよ。妹を喜ばせるために、全身全霊を尽くすのは最低限の義務である。
「あれは『西』から来た者が得意とするのです」
「『西』は、サボテンが多いんだね」
「ええ。どうやらそのようで。荒れ野も多いようですが、サボテンはそういった土地でも生える。食べたり、酒の原材料にしたり……繊維も採る」
「サボテンさん、出来る子だね!」
「『西』には、多いか」
「はい。サボテンの扱いは、我々よりも身近なようです。まあ、知っているのは、私はその程度なのですが……『西』から来た彼を、最優先で、探してみましょうか?戦闘がありましたので、無事なのかは分からないのですが……」
「明日の朝までに、情報をまとめておいてくれると助かる。あの土地についての情報も、欲しいんだ。だが、君に期待するのは、ブッチと共に兵站を支えてくれることの方だよ。優先するのは、そちらだ」
「了解しました!では……ブッチと合流いたします!」
実にいい顔をしていたよ。商人らしく、儲かるにおいを喜んでいる。良いことだ。戦士も商人も、楽しく己の仕事に夢中となるべきだよ。そっちの方が、そうじゃないよりは、ずっと強いに決まっているからな。




