第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百七十五
精神的な疲れだろう。メダルドがずい分と弱気な男になっている。いや、女か。まあ、どっちでもいい。既婚者ならばともかく、奥方には先立たれているのだから。どっちにしろ、メダルドであるのは変わらん。
『き、きっと。あなたや、あなたの一族は……わ、悪いコトもしたでしょうけれど。良いコトもしたはずですから……だ、だって。お金持ちですから。お、お金持ちになるためには、誰かを幸せにしたはずです。そういう方でないと、お、多くは、稼げないと……思うんです』
「そうそう。メダルドのおっちゃん、ジャンの言う通りだから。元気出してね」
『か、確証は、ないんですけど。ただの、し、私見というか、主観……う、うう。はあ、うう。ち、違っていたら、すみません……っ』
「ハハハハ!!」
『だ、団長っ!?』
「いや、すまん。面白かったから、ついな」
「……いい性格をしてやがるぜ」
「素直なんだよ、ガルーナ人ってのは。とくにストラウス家はアホだから」
「アホだもんね!」
「おう、アホだ!!」
「……誇るんじゃねえよ。お前たちは、ジーの一族よりも、よっぽど多くを背負うんだ。常に賢さを目指せ。一ミリでも賢くなっておけ」
「そうありたいが、アホは生まれもっても特性でもある」
「賢いヒトに頼らなくちゃね。つまり、メダルドのおっちゃんとか」
「……協力は、惜しまん」
『そ、そんなセリフを、自信満々で言えるのは……や、やっぱり賢いからなんですよ』
「……まあ、そうだな」
『う、うらやましいです。教育を、ちゃんと受けている方って、世の中の役に立てるし、だ、誰かの手助けもやれるんです。どうすべきか、ど、どうすれば助けられるかって、あなたは分かる……うらやましい』
うなだれるジャンがいた。どうにも、劣等感が叫んでいるようだぞ。教育を授けられなかった男として、ジャンは自分を卑下するところがあった。オレよりも根がマジメなのだろう。あるいは、痛みのせいで気弱になるのか。
いいヤツなんだよ。
痛みがあれば、それを怒りに変えるのが大半の男だろうに。ジャンは、そうではない。ガルフならば、この傾向を『弱さ』とする。それを含めても、ジャンは猟兵という『最強』の強さを持っている事実は揺らぎもしない。いいヤツでいいのさ。ジャンらしくあれば。
「……ジャン・レッドウッド。君は、オレよりも多くの者を助ける。少なくとも、オレよりは罪はない」
『……そうだと、良かった。つ、罪に関しては、あなたより……ずっと……あなたは、家族想いだ。ぼ、ボクは…………』
「……何か、禁句に触れたか」
「罪深いという自覚があるなら、よりよく働くだけだぜ。ジャン、うなだれるな」
『は、はい!!』
「おっちゃんだけが、苦しんでるヤツじゃないんだよね。世界でいちばん苦しいって思っている子は、あっちにもこっちにもいる」
「……自虐が過ぎると?」
「そうかも。気にし過ぎ。完璧な人物はいないって、おじいちゃんも言っていた」
「……完璧を目指さないと、お前たちやオレの望む未来はない」
「そうかな?」
「……それは、そうだろう」
「完璧って、強い?最強なの?」
「……どういう意味だ」
「完璧よりも強いモノがあるとすれば、猟兵の道はそれなの」
「その通りだ」
「……意味、通じてんのか?」
「露骨に言ってやろう。悪人でも構わん。力が要る。とくに、お前のような善良な悪人ならな」
ジャンにも、言っているつもりだぜ。直接、悪人だと言う気もなければ、その資格はオレにもないだろう。こっちはね、『家族』を食い殺してはいないが、『家族』と祖国を滅ぼした責任を背負っているんだぞ。
悪人の度合いで言えば、最初から世界でいちばんと主張していい者の一員だろうが。
「悪人でも、いいヤツはやれる」
「……そうかもな」
目が語る。女メダルドの目は、セクシーさがあったが、知的で冷静で相手の心を読み解く力量を持っているからね。オレの考えぐらい、読めたんだろうさ。
「メダルド・ジーを励ます会は、そろそろ終わりだぜ。生産的な行動をしよう」
『で、ですよね。その……に、『西』について……』
「うんうん。そっちについて考えようね」
「『西』に向かうのであれば、悪くない寄り道ではある。『ツイスト大学』に寄るのも、良さそうだ。そこで、情報をもらう。ステイシー学長や、アダルベルトの遺した資料から」
「……行けばいい」
「紹介文を書け。ステイシー学長が戸惑わないように。彼女は、生真面目だ。他人から預けられた遺産を、誰にでも見せるとは限らん」
「……お前には、見せるさ」
「誤解は少ない方がいい」
「……分かった―――」
「―――おおおおおおおおおおおおいいいいいッッッ!!!」
やかましい声が、暑苦しい空を殴りつけていたよ。見知らぬ巨人族の男が、炎天下で全力疾走してやがる。
「メダル……じゃなくて、ええと、とにかく、お前……」
「誰だ?」
「……肉屋のブッチだ」
「そ、そう。オレは肉屋のブッチだよ、赤毛の人間族…………え、が、眼帯……っ。あんた、そ、ソルジェ・ストラウス!!」
「そうだよ、肉屋のブッチ。よろしく」
「あ、ああ!!よろしく!!オレ、オレは、有能な肉屋!!『オルテガ』で最も優れた目利きだ!!あんたに、売り込みたい!!オレに食糧供給の一端を任せてくれ!!最も安全な肉を、しっかりと仕入れてみせる!!軍には、必要だろう!?」
「商人か……」
「……採用してやれ。失業中の男ではあるが、リヒトホーフェンのせいだ」
「亜人種ゆえに、不当な廃業を強いられたわけか」
「そう!まさに!!そう!!!」
「腕は……」
「……ブッチが自分で言った通りだ。ソルジェ・ストラウスが率いる軍ならば、亜人種の農民たちも協力的になってくれるだろう。ブッチが仲介に入るなら、より良い結果になるのは確かだ」
「いいの?その人にお仕事をあげると、ジーの一族の稼ぎ、減っちゃうかもだよ?」
「……恩を売れるだろう」
「なるほど!やっぱり、賢い!」
「本人を目の前にして言うのは、ちょっとマイナスだと思うぜ」
「……商人が、美徳だけで動くとすれば、いささか問題だ」
「まあ、そうだな!……で。サー・ストラウス。ど、どうだろう?オレは、肉屋に過ぎん。だが、目利きだ。ドワーフが鋼と語り合うように、オレは肉の繊維と語り合える。授けられた学はねえ。だが、経験がある。独学で、図書館にも通った。オレほど、肉を知っている者はいない。今日のあんたが、暴れん坊の牛の、後ろ脚のつけ根の肉が食べたがってやがるのを、見抜けるほどには目利きだぞ」
まったくもって。
世の中には見知らぬ達人の多いこと。脂身少な目で性格の悪い雄牛の肉に噛みつきたい顔だと、看破しやがるとは。
「とくに、左脚のだろ?蹴りつけ癖のある牛が好み」
「正解だ。雇おう。議会にガンダラという巨人族がいるから、商談をまとめてこい」
「よっしゃ!!ありがとよ、あんたのために働くぜ、サー・ストラウス!!」




