第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百七十三
外に出ると、ゼファーが困った顔をしていたな。その首のつけ根にはミアが乗っていたし、ミアはロープで見知らぬ女を捕まえている。ぐるぐる巻きにされた女性……若い女だ。誰だか知らんが、尼僧のたぐいらしい服装と、眉間に深いしわを寄せた困り顔。
ふむ。
察しがいい方だという自覚はあるのだがね。どうにも、状況が分からない。ミアは泣きながらも、オレを見つめていた。
「お兄ちゃんも、説得して!!」
「お、おう!」
説得……ね。どうやら、ミアはこの若い女を捕まえて、ゼファーで連行してきたらしいが。事情を聴くのは、この女にすべきだろうか……。
「メダルドのおっちゃんなの、その女!!」
「……そんな説明では、通じないだろう」
「いや。通じたよ。なるほど。メダルド、メダルドなのか。お前、女にさせられたのか」
理解した。状況の一部ぐらいはね。
女になってしまったらしいメダルドは、その大きな目をぱちくりさせていやがったよ。
「……どうして、オレがメダルド・ジーだと信じられるんだ?」
「ミアが言っているからだな」
「……それだけで、か」
「オレには大きな価値のある言葉だろう。妹の言葉も、猟兵の言葉も。団長でありお兄ちゃんであるオレが、疑うはずもない」
「……シスコンが過ぎるぞ」
「ククク!……話し方も、魔力の質も、メダルド・ジーそのものじゃないか。疑う余地などない。もちろん、女の体にされているのは、どういうことなのかは知らんがね。笑ってやった方がいいか?」
「……驚くべきだぞ」
「いやいや。慣れている。多少の不思議な出来事についてはな。ついさっきまで、女神と殺し合っていたんだぞ」
「……それは、そうだろうが。知人が、男から若い娘に変わったら、驚くべきだ」
「かもしれん。常識とやらに、ときどき縁遠さを感じるよ」
「メダルドのおっちゃん、死のうとしているの!!しかってやって!!」
大泣きするミアから、そう言われた。
「死ぬってのは、物騒じゃないか。せっかく、生きて戻れたのに」
「……色々と、諭されたばかりだ。今は、死ぬ気はない」
「そいつは正しい判断だぞ。ビビアナのためにも、ミアのためにも。そもそも、オレにとってもだ。お前を失ったと思っていたんだぜ」
「……心配をかけたようだ」
「ああ。女になったところで、さほど問題はない。死ぬことに比べれば、何だって些細なことだよ。メダルド。戻ってくれて嬉しいぜ」
「……状況を受け入れるのが、早過ぎるだろう」
「これでも、忙しい身だからな」
「……何か、問題が?」
「アダルベルト・ジーについて、調べる必要があったところでね」
「……叔父がどうしたという?」
「正確には、『西』について知りたい。『トゥ・リオーネ』の研究をしていたんだろ?」
「……叔父はな。少し、というか。かなりの自由人だった。あの土地の異教について、妙な好奇心を抱いていたらしい」
「『西』に向かう」
「……なるほど。西からの敵を、防ぐために」
「察しが良くて助かるよ」
「お兄ちゃん、メダルドのおっちゃんを、ビビに会わせて!!」
ゼファーの背から飛び降りて、涙目に震える瞳でお兄ちゃんを見上げてくる。黒髪をやさしくなでてやるのさ。猫耳が、ピコピコ可愛らしく動いていたよ。
「ああ。任せておけ、ミア」
「うん……っ」
『ほ、本当に……メダルド・ジーさん、な、なんですね?そ、その。においが、『ゼルアガ』っぽいけれど……っ』
「……女神イースの権能というか、諸々の事情で蘇ったからだろう。この体そのものは……『カール・メアー』の娘のはずなんだが」
『い、いいえ。ヒトのにおいなんて、ほ、ほとんどしません』
ジャンがドン引きしているな。ヒトではない、か。
「……ヒトでは、ない?……この体の、彼女は……」
「一度、死んだんだろう。お前もなら、その体の持ち主だった者も」
考えてみれば、とても、生きて戻れるような状況ではなかった。完全に焼き尽くされていたからな。粉みじん。あるいは、それよりも、もっと小さな状態にまで燃え果てちまっていた。
オレもメダルドの死を疑わなかったのだが、どうやら、女神イースが力を尽くしてくれたらしい。やさしいヤツだったからな。負けて、死んでしまった子供たちのために、何かをしようとした。
ミア曰く、『ママに会わせてあげて』。
メダルドを助けられるほどの余力があったというのなら、あのデカブツを作っていた子供たちを『家族』と会わせてやれたんだろう。慈悲深い女神ではあった。そのついでに、メダルドも助けた……。
「……死んだ。そう、だな。死んだのは、オレだけではないか」
「死んだあと、蘇ったの。女神イースは、やさしいんだから!おっちゃんは、蘇ったの!ビビに会うために!!」
『あ、あの。メダルド・ジーさんなら、いいんです。た、たとえ。ちょっと、においがおかしくても。き、きっと、メダルド・ジーさんなんでしょうから』
ジャンはやたらと気にしている。魔眼では、メダルドの魔力に見えるのだが。『狼男』の嗅覚からすれば、別の気配を見つけられるらしい。さすがに、においまではオレには分からん。ゼファーは、女メダルドを『にんげんぞくのにおい』だと考えているのだが……。
……『ゼルアガ』関連については、ジャンの感覚に我々は勝てん。『ゼルアガ』成分が、過分に女メダルドを構成しているのかもしれんな。
「メダルドのおっちゃんだよね?」
「……ああ。そのはずだ。そのはずだが。オレ自身も、分からん。女神イースが、オレを生かした。いや、より正確には……レナス・アップルだ。『人買い』に、家族を殺され。自分も残酷な目に遭った者……オレに、見届けさせたがっている」
「何をだ?」
「……過酷な道を歩むであろう、未来について」
「見届ければいい。不安がる必要はない」
「……そうか?」
「千年の苦難も、千一年目から変わる」
「……だとしても。オレは、罪深い者だ。誰も彼もが、無条件に許しはしない」
「罪深いと知っているのなら、生きて償いでもしてくれ。生産的な道だろう。ビビアナのためにもなる。新しい形を目指す、世界のためにもだ。戦士が要る。オレたちのために、お前の大切な者のために。生きるがいい、メダルド・ジー」




