第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百七十二
どこの土地にも神々がいるらしい。『ギルガレア』の言葉を忘れてはいない。神々とオレの相性は良くないらしいからな。
警戒しなくてはならん。『ギルガレア』の忠告が耳から消えぬ間に、女神イースと一戦やる羽目になったばかりだ。これから先も、神々と戦わないとは考えにくいのだよ。猟兵の勘でもあるし、おそらく『歌喰い』を仕留めた竜騎士姫の末裔としての宿命でもあるのかもしれない。
いずれにしても、知識は必要だ。すべての神々が『ゼルアガ』とも限らないだろうが、オレと連中はよく遭遇するからね。知っていなければ、接触すらもやれん相手だ。
「『トゥ・リオーネ』について、詳しい者はいるか?」
好ましくない種類の沈黙が生まれていたよ。教えたがっていた議員たちの表情は、またたく間に困り顔へと変わってしまう。
「名前について、だけです」
「なるほど。諸君ら以外に、詳しい者は?」
「……『ルファード』の方が、『西』の情報については詳しいでしょう。ここよりも、わずかですが『西』に近い……それに」
「それに?」
「アダルベルト・ジーは、『トゥ・リオーネ』について詳しかった」
「アダルベルト?……ジーの一族の男か?」
「ええ。メダルド・ジーの、叔父にあたる人物。学問に対して、異常な興味を持っていた人物でした。『大学半島』にも足しげく通っていたと」
ジーの一族らしいというか、知的な人物か。メダルド以上に賢かったのかもしれん。
「……でした、と。過去形で呼んでいる理由は?」
「その。つまり、故人です。『西』に旅行していて、熱病にやられたとか……伝え聞いているのは、それだけです。ジーの一族の方に、直接、聞いてみてはどうでしょうか?」
ああ。それはそうなのだが……。
悲しいことに、オレたちはメダルドを失っている。
「生き残っているのは、ビビアナだけだぞ。ビビアナは、大叔父と面識があるのか?まだ、若い乙女だが」
「……おそらくは、ないでしょう」
「そうか」
困ったことだな。メダルド、やはり死ぬのは早かったらしいぞ。お前ならば、ジーの一族の歴史や知識を、ビビアナ以上に網羅していたはずだ。下手すれば、お前も『西』や『トゥ・リオーネ』について詳しいかもしれなかったのに。
残念だ。
「団長、ビビアナ嬢から情報を得てはどうでしょうかな?」
「知っているだろうか?」
「彼女本人が知らなくても、アダルベルト・ジーが研究者ならば、資料を遺している可能性がある」
「ありえるな」
「彼の地の文化を、知っておいた方がよろしいはずですから。信仰心を把握しておけば、人心の掌握もやりやすくなるものです。むしろ、知っておかなければ……」
「刃向かわれる、か」
「ゲリラ戦を好む、マフィアのような方々ならば、なおのこと。帝国軍に蹴散らされたばかりなら、愛国心も高まっているでしょう。保守的な存在と、我々は対話しなければならない」
「ビビアナに、頼るとしよう」
議員たちは不満を口にしなかった。『ルファード』に対しての警戒心も、亜人種や『狭間』に対しての嫌悪感も、少しは減ったのかもしれん。演説の効果が、あったのだろうか。だとすれば、ありがたい。
眼帯に指を置いた。
……ゼファー、ビビアナを探せるか?
―――さがせるよ。でも、いまは……みあのところに、むかっているの。
ミアのところに?
―――みあがね、よんでいるの。なきながら、ぼくをよんだ。
泣いている?……何が、あったんだ?
―――わからない。でも、『どーじぇ』もすぐにきてほしい。みあ、おこっているのかも。
……怒っている?冷静沈着なミアにしては、珍しいな。すぐに、向かうとしよう。
―――うん!
「……ガンダラ、オレはしばらく会議を抜けるぞ」
「ええ。『自由同盟』との兵站連携の手法については、議員たちとのあいだで話し合っておきますから、ご安心を」
そういう仕事は、正直なところガンダラの方がオレの百倍向いている。オレは合戦向きだが、ガンダラは行軍についての理解が誰よりも豊かだ。子供の頃から、戦争用の奴隷として誰よりも長く大陸各地の戦場を連れ回された男でもある。好ましくない、悪夢のような経験であっても、大きな力にもなった。
いつものように、役割分担をする。
情報収集のために、脚を使うのはオレのようなアタマの悪い男にはうってつけだし、ミアが泣いているのならばお兄ちゃんとして駆けつけねばならん。ミアを泣かすような者に対しては、竜太刀の錆にしてやらねば。
まあ。
斬るべき相手であれば、ミア自身が仕留めているだろうがね。
会議室の外に出ると、『狼』の姿のジャンがいたよ。
「どうして、『狼』の姿なんだ?」
『い、色々と、思うところがありましてっ。そ、それで、あの……会議は、終わったんでしょうか?』
「中断している。ミアと、ビビアナに会いに行く必要があってな」
『わ、わかりました。では、ぼ、ボクも、護衛として団長に同行しますっ。ミアが、そ、その。不思議なことを、言っていましたし……』
「不思議なこと?」
『は、はい。そ、それが―――』
ジャンの言葉をさえぎるように、地面が大きく揺れていたよ。ゼファーが、屋敷の目の前に着陸したからだった。
『な、何でしょうか!?』
「分からん。だが、ミアもいる。事情を聴きに行くとしよう」




