第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百七十一
若いルチアたちに、そう言ってもらえるのはありがたかったよ。
まだまだ長い戦いになる。ベテランたちは、傷ついて疲れ果てつつあるんだ。帝国も、こちらもな。だから、若い力は本当に必要になっていく。
当然ながら、ベテランたちにも働いてもらうがね。
「『西』に多いのは、松材ですな」
「松脂の輸入もしておりましたが……」
「入り組んだ山脈もあり、河川もそれなり多く」
議員たちの大半は商人でもあって、地図の隅に諸々の土地事情を書き込んでくれた。頼られることを、喜ぶ年代の人々でもある。年寄りたちだし、しばらく政治や商売の最前線にいたわけではないものの、教えてくれようと必死になってくれている。
貴重な言葉だ。
オレも26才だから、若い者に教えるという行為をそれなりにしているわけだが……。
細菌になって、ちょっとした違いに気がついたよ。
『教える』という行いと、『情報提供』というものは、本質的に違っている。似ているけれど、違うんだ。議員たちは体験談も通じて、オレにとって未知の土地について教えようとしている。ありがたいことだ。
たんなる情報以上の価値があるものが、知識でね。本を読んでも得られるが、ヒトから直接、肌を通して感じ取れるものも重要なのだよ。
「あちらとの商いでは、ずい分と痛い目に遭わされたこともありました。『プレイレス』の文化とは、そもそも異なるのです。契約を守ろうとはしません。気分屋なところもあり、時間に対してもルーズでして。小規模の王国しか作れなかった理由は、彼らは小規模の集団を作りがちな気質も大きい」
「親族同士の絆は、かなり強さがあるのですが……それが過大なのかもしれません」
「なるほどな」
自分の一族だけで支配しようとする。そうなれば、他の一族との衝突は増えるものだ。山岳という要塞化し、小規模戦力で立てこもるにはちょうどいい土地が多いのも、彼らの性質を強めてしまうのかもしれない。
「『プレイレス』からは小麦を輸入していました。『オルテガ』や『ルファード』を経由しての小麦も、多く運ばれる……農作に適した土地は、少ないようですな」
食料確保が困難だという点も、彼らが大きな国を作れなかった背景のひとつとなりそうだよ。そうなれば、気になるのが……。
「小麦を買うための方法は?」
「……金と、銀」
「欲望をくすぐる言葉だな」
「『西』では、それら貴金属が多く採れるようです。それを巡って、『プレイレス』の諸都市の軍隊が攻め込む時代もありました」
「亜人種の奴隷は、北に……イルカルラ砂漠へと逃げたようですが、都市国家から追放された政治家や軍人たちは、他都市への亡命が許されないときは……中海を放浪するか、『西』に流れ着いた者たちも多い」
「『西』の諸国家の重鎮となった『プレイレス』人もいました。大陸の北西部からも、古い亜人種たちの王族が下ってきたとも……」
「追いやられたとき、逃げ込むには適していた土地。自然の砦だな」
「ええ。そのような印象を受けます」
「た、多様な者たちが流れ込んだあげくに、それそれ好き放題に……」
「統率が取れにくそうだ」
「そうです。それでも、『プレイレス』の都市国家たちに征服を免れたのは、山麓が守りやすい点に加え……こ、こういうと、露骨ではあるのですが」
「何だ?」
「わいろですね。都市国家の重要人物たちに、金銀を掴ませた。都市国家では、王の支配する土地に比べて、わいろは大きな罪となりやすい」
「王に対してならば、『貢物』で済むが」
「重罪となる。『西』の人々の印象は、不正を好み、わいろで遠方の強者を懐柔する者たち。近隣の弱小国家同士では、大変に不仲といったところです。口汚く言ってしまえば、連中は山賊やマフィアの群れに過ぎません」
「ククク!なるほど。理解が進みやすいたとえだ」
目が語っている。表情の硬さも、告げている。
オレに対して議員たちは『教えてくれていた』。『西』の人々は、けっして一筋縄で仲間に抱き込めるような連中ではないと。
議員たちはこれまでに痛い目に遭わされているらしい。『プレイレス』の人々も。金や銀で買収されて、致命的な軍事侵攻を回避してきたか。交渉上手とも言えるし、狡猾とも言える。敵を研究し、理解する能力はあるという点では、ありがたくもあるがね。
「オレが接触すれば、彼らはその意図を読み解ける」
「……はい。そして、連中は……計算を始めるでしょう。ストラウス卿を、帝国軍に売るか。それとも、自分たちの利益のために利用しようとするのか……」
「なるほど。いい性格をしているじゃないか」
「帝国軍が勝利した理由は、容赦なく攻め立てたからでしょう」
「わいろが利かなかったと」
「当初は。今は、おそらくストラウス卿の読み通りに……帝国の腐敗した軍人に、『西』の連中は従来の接触を試すでしょう」
「マフィアのような者たちか。そういった集団は、倫理観を信仰心に頼る場合も多い」
テッサ・ランドールの父親も、実に信心深い者だった。荒くれた集団であればこそ、何かしらの倫理観が必要にもなる。人そのものを信じられないのであれば、神々に頼った。
「『トゥ・リオーネ』……それが、『西』の諸神教に『プレイレス』がつけた呼び方です」
「そういう名の神がいた?」
「連中は、自身の神々に対しての生贄を好みました。自分たちを捧げるようです。『新たな芽』となり、神の子となると……そういった一種の生まれ変わりを是とする、もろもろの神々を信仰している点でだけ、『西』は一致が見られたましたので」




