第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百六十九
ユアンダートがそれらを与えてくれないと不安視したとき、遠方の帝国軍人どもは選択するのだ。
「帝国軍の一部の将校どもが、僻地で『自らの土地』を作り始める。いわゆる、荘園だ。貴族や領主であるかのように、自らの私腹を肥やすためだけの土地を開く。それを運営するためには、働き手がいるものだ。帝国兵だけでは足りない。奴隷や、現地の者たちも取り込みにかかるだろう」
「攻め滅ぼされた国の人々が、一部の帝国軍人の……配下になると?」
「それだけでは、こことも変わらない。『西』は、ここよりもはるかにユアンダートの権力が及ばない。支配者は、ひとりではないと言った方が早いか」
「無数の将校が、『それぞれの荘園』を作ろうとする……」
思慮深い沈黙は、考察力を感じさせてくれて好ましい。
察してくれたらしいよ。オレが、どういった理屈で帝国軍を攻めにかかるのかをね。
「将校同士で、『派閥』を作っている……『それぞれの荘園』同士で、彼らは利益を巡って争っていると……」
「その通りだ。歴史を信じろ。戦場において、いかなる時代、あらゆる土地で、その兆候は現れた。オレもこの目で見てきたよ。すべての戦場で大なり小なりを見かけたものだが、規律の低下した軍隊は、必ず自分たちの内部に『私腹を肥やすための堕落した領地』を作る。それが二つ以上あれば、必ずや食いつぶすように対立するのだ」
権力か金のために戦は行われている。それらが『上』からもらえなければ、自ら奪うか作りにかかるだけのこと。単純にして明解だな。歴史上、それがなかった戦は存在しない。
「オレたちは、その『派閥』同士を衝突させるように動く。帝国軍を混乱に陥れ、動きを弱体化させるのだ。最良のシナリオは、混乱のあまりに、ユアンダートの命令も聞かず、西部戦線に残り続けるように仕向ける……そうなってくれれば、ずいぶんと楽になるぞ」
「『オルテガ』も……『ルファード』も、それに……『プレイレス』も」
「『自由同盟』に所属する、志をひとつにする者たちの全員が勝利の日に近づくのだ。やらない理由が、どこにあるというのか。我々は、帝国軍を『分断』し……皇帝ユアンダートを討ち滅ぼす機会を作る」
勝利せねばならん。そのためには、すべての力をつなげていくのみ。まだ見ぬ『西』の土地にいるであろう、戦士たちとも手を取り合わねばならない。
まあ。
そいつらは、今この瞬間においては自分の『敵』とさえも手を組んでいるかもしれないがね。敗戦して野に下り、ゲリラになった。しかしね、帝国軍は『派閥』に分かれている。このゲリラになった戦士たちも、もちろん一枚岩じゃない。
無数の都市国家、小王国、小集団が帝国軍に蹴散らされている。彼らは無数の王国の敗残兵であり、彼ら自身も少なからず敵対の歴史を持っているぞ。
だからね。『派閥』は、この戦士たちを利用するための言葉を選ぶ。「我々に協力し、他の荘園を襲撃すれば、復興のための機会を与えてやろう」。古今東西、歴史のあらゆる瞬間に姿を現した動きだ。
「追い詰められて、機会に飢えた者たちは、そうなる。オレも、そうだった気がするよ。帝国に与したことはないが、小さなレジスタンスやゲリラ組織の多くは、誰かの私腹を肥やすためだけに操られ、儚く散って行ったものだ。あまりにも若いと、愚かなものでね。情熱が先走り、視界が濁ってしまっていた」
ここより『西』の土地で、同じ苦境にあえぐアホな若者たちがいるだろう。昔のオレより、なおさら悪い。彼らにはガルフとの出会いがないのだから。気づくキッカケを得られもしないまま、盲目的な情熱のために、祖国再興の手段を探しながら敵に突撃していくだけ。
立場の弱さは、何とも救いのない地獄に人々をつないじまうものだよ。
「孤立しながら、仇敵である帝国の軍人などに好きなように利用される。そういった戦士たちを、オレがつなげてやるのだ」
「か、可能なのですか!?」
「よくやっている手段だよ。敵地に潜入し、有力な協力者と接触する。この土地では、メダルド・ジーや亜人種の盗賊たち、『オルテガ』の商人である君たちもそうだ。結び付けて、力を組み上げればいい。帝国軍に勝る力は、生き残ってくれている」
いつものことを、すればいいだけ。
西部戦線の帝国軍には、東に戻れという命令は伝わっているはずだからな。連中は、『プレイレス』と『ルファード』、『オルテガ』を奪い返そうとする。ユアンダートは、それを望むだろうが……下手に動けば、生き残りのゲリラたちが報復を開始する。
ジレンマがあるのさ。
ユアンダートの命令に長期間は背けない。背けば、やがては処罰されるだろうからな。それでも、動けば自分たちの作った荘園を失うかもしれないのだ。消極的な戦意のもとでは、足並みの不一致は免れない。
中途半端な哲学で動いたとき、軍隊というものは残酷なほどに弱くなる。実体験でも、歴史の本でも例外なくそうだったぞ。ガルフも、そう言った。アーレスなど、断言したものだ。
ああ。
そうだ。オレの師匠である者たちの言葉ならば、信じられる。ヒトで最も戦に詳しい男と、三世紀も戦場で暴れて来た古竜の経験が、間違っていた日は一度としてない。
「山岳部に潜むゲリラたちと、ゼファーの翼を頼り接触して回る」
「彼らを扇動し、暴れてもらえるだけでも……十分な時間稼ぎになりそうですね」
「それ以上を、目指しているぞ」
「そ、それ以上、ですか……っ」
「竜の強さよりも、強い絆の力もある。それは確かではあるが……オレとゼファーが出会ってから、オレたちと関わった帝国の軍隊が無事で済んだ試しは一度もない。諸君が期待してくれた通りに、ガルーナの竜と竜騎士は強いのだよ」
破滅させてやろうじゃないか。
戦況そのものが、こちらに有利な政治的・軍事的な力学となっている。利用して、滅ぼしてやろう。長くはかからん。致命的な傷を、この獲物に刻み付けてやればいい。




