第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百六十八
「し、しかし。ストラウス卿が、我々の『要』となっているのは事実です。貴方が不在であれば、結束は揺らぎかねません」
「安心しろ。本格的な戦闘が起きる状況の前には、必ずや戻るよ。竜には、それが可能だ。最も速く、この大陸の空を飛び越えられるのだから」
「伝令についても、問題はありませんな。我々、『パンジャール猟兵団』は、フクロウを使う。竜の速さには勝てなくとも、百里を三時間以内に飛びますからな」
「……っ!!ならば……」
「敵の動きを見つけてから動いても、オレとゼファーは戻れるということだ。安心しろ。帝国との戦が、大好きなこのオレが……その戦いを見過ごすと思うのか」
どんな顔をしてしまっていたのだろうかね。議員たちの表情が、凍てついてしまう様子が見えてしまっていたよ。
脅したつもりはない。
しょうがないだろう。攻撃性というものは、どうにもこうにも完全に隠し切るのは難しいものだ。ストラウス家が犯した間違いのせいで、ガルーナを守れなかったのではないかという予想を認めたばかりなんだぞ。気が立っているに、決まっているじゃないか。
間違ったならば。
正しい答えで、償うべき。
そいつが戦士としての使命なのだよ。
帝国を滅ぼして、ガルーナを取り戻す。バルモアにも屈辱を晴らさねばな。鋼と血で作った勝利こそ、みそぎに相応しい。
「安心しろ。すべて、上手く行く。お互いを信じろ。信じれば信じるほど、我々は過去千年間、誰も成し遂げられなかった偉大な勝利の日に近づくのだからな」
納得してくれたらしい。
議員たちは、うなずいてくれた。
脅しでもなく、軍隊を前にした大声での演説ですらない。こういう『説得』めいた行いは苦手なのだが……彼らも分かってくれたようだ。
誰もが『プレイレス』の伝統を受け継いでいる議員たちだし、そもそも賢いんだろう。理解力があってくれると、助かるよ。正しく状況を見定めてくれる。我々の強さが何か、それはひとつだ。多くの種族が参加している。
それに尽きるよ……。
「オレは『西』に向かう。政治的、軍事的な破壊工作が必要だからだ。理由も、君らならば分かるだろう」
「帝国軍が西部戦線から、『オルテガ』に向かって来るリスクがあるから……ですね」
「そうだ。帝国軍は、何処にでもいる。しかし、連中はあまりに西に向かい過ぎた」
「あの地も、すでに帝国の手に落ちている……」
「完全にではない。小規模のゲリラ組織がいる。帝国に統合されるのを、良しとしなかった者たちが」
「話には、聞いてはおります。だが、どれほどの規模なのかまで、私たちは知らない」
「規模の予想はつく」
「お、おお。さすがは、ストラウス卿」
「帝国軍を脅かすことの『出来ない』戦力だ。ああ、ガッカリするなよ。彼らは『単独では』、帝国の脅威にならんだけだ。しかし、『つなげてみれば』、ハナシは違ってくる。しぶとく祖国の土地にしがみつき、忍耐の力で帝国軍の支配に耐えている者たち。彼らが、どれだけの戦力になるかは、他ならない君たち自身が、知っているだろう。彼らも、我々と同じほどタフだ」
予想である。だが、間違ってはいないだろうよ。確かめる方法は、直接、この目で調べるしかないが……戦士の考えは、見当がつく。帝国軍の考えもな。
帝国軍の連中も、あまりに遠い侵略を仕掛け過ぎている。ユアンダートの組織力や支配力は、たしかに優れているものだが、完全ではない。
「帝国軍兵士の忠誠心にも、限りが見えるのだ。あまりにも長い侵略戦争のせいで、引退したがっているベテランも多い。オレの捕虜となった帝国軍人もいるし、こちらに情報を流した者もいる。端的に言えば、我々の側に寝返った者も多い」
「マルケス・アインウルフ将軍……」
さすがはマルケス。オレより有名人だな。交渉事において、あんたの名前を使うと楽に運べていい。
「そうだ。マルケス・アインウルフも、『自由同盟』に参加している。勝ち馬に乗った。そして、彼自身の価値観に素直になったからでもある。長い遠征に出た最初期と、現状の帝国の政治方針は、あまりにも違っているからだ。かつては、ファリスにおいて、亜人種のあつかいは現状と異なったものだった。そして、古い、ファリス王国系の貴族から、ユアンダートは失望もされている。かつてあった自由さや、伝統が損なわれてしまった」
合理的な判断ではあるのかもしれん。そこは認めてやろう。伝統を破壊しても、得られるものだってあるよな。こちらも、人種の壁を越えるだとか、伝統に反する行いをやっている最中だ。
かつてなかった力を、得られる。
それでも、反作用というものがあった。新しくて切れ味の良すぎる鋼と同じ。落ちついていない鋼は、欠けやすさもあるものだ。
「ベテランは疲れ果て、旧い支配者たちは不満を抱えつつある。彼らが戦場への干渉を弱めていけば、未熟さが目立つ若い兵士が増えた。揺らぐのは何か?……規範である」
かつての帝国軍には、そいつがあった。
連戦連勝。完全な勝利をもたらす絶対の組織。自分たちのルーチンを疑うことなく、順守すればユアンダートのデザインした通り、最強の軍事行動を何度も行えたわけだが。
今は、そいつに疑問符がついてしまっている。
無敵だからこそ、魔法がかかっていたんだよ、ユアンダート。
その魔法は、もう消えてしまった。
「帝国軍の兵士が、とくに、西部戦線なんぞの『最果て』に送られているような連中が考えているのは、自己保身だ。いつ引退させられるかも分からない自分たちに、ユアンダートは思いのほか薄情かもしれん。『オルテガ』のような有力な都市の太守に命ぜられたならばともかく、豊かでない都市の支配者になったところで、知れた稼ぎしかない。保身のために、連中は忠誠を捨てる」
「つ、つまり……帝国兵が、帝国を裏切ると?」
「そうだ。反乱までしなくてもいい。利益を確保するために、不正を行う。そいつは、かつての帝国軍には目立たなかった行いだ。しかし、歴史上、必ず僻地の戦場において出現した。敵地を制圧しながらも、少量の反乱分子を『残す』。何故か?自由に軍事行動という、略奪と破壊。それを、不必要になっても堂々と行えるからだ。歴史は裏切らん。山岳部が多く、ゲリラを『残しやすい』土地。主の権威に陰りが見え、規律が弱まったとき。必ずや、現れる。軍を私物化し、私腹を肥やすために行動する堕落した連中が。これに、例外などない」
あらゆる歴史書を読んでみるがいい。
オレは、そこまでやれてはいないが、ロロカやガンダラの推薦歴史書は読まされているからね。それのすべてで、そうだった。当たり前だ。戦場というものは単純なものだ。金と権力を得るためにだけ、そこはある。




