第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百六十六
会議なんてものは、オレに向くはずもないわけだが。説得は試みなくてはならない。『西』
に出かける、そのただ一つのことを示すのにも、なかなか難しくなる。
仏頂面の議員たちや、炎みたいな勢いが消えていき、冷静になってしまったせいで、保守的になろうとしている若い戦士たちも多い。
……今までだと、分かってやらなかったところもあるのだが。
26才の男だって、それなりに成長期らしいよ。
だんだんと、彼らの恐怖心ってものが馴染むようになっている。『戦場で死んで、歌になりなさい』。これは、どうにもこうにも我がストラウス家の趣味が強すぎたものだった。普通の人々は、もう少しだけ臆病な生き方を好んでいる。
自分と、異なる考えだとか、異なる価値観ってものと、分かり合うのは難しいものだ。帝国軍に属していた者たちを、『仲間』に引き込めるようになったことで、見聞が広がったのかもしれん。
あとで、ガンダラにでも聞いてみようじゃないか。オレ自身には、おそらくピンとこない点だ。難しいものは、賢い副官殿に任せてみればいいんだよ。
さてと。
議員たちが、どうにかオレを『西』に行かずに『オルテガ』だけを守ってくれと、その正当性や妥当性を教えてくれる時間が終わったから。こちらも、説得するとしようじゃないかね。
「正しい。議員諸君らの意見は、実に正しいものだった」
「そうでしょうとも!」
「ストラウス卿よ、どうか考えをあらためてくだされ!!」
「『オルテガ』から竜がいなくなれば、どれだけの損害が……士気も崩壊するかもしれません。もちろん、竜の不在が、長い時間でなかったとしても。我々には……」
「竜が、そこまで必要か?」
「もちろんですとも!」
「諸君らは、竜騎士ではないぞ。竜がいなくても、戦う方法を熟知している」
「ですが!!……竜や、貴方ほどの戦力は、この街にはおらんのですよ!!」
「ククク!」
「何が、おかしいのですか!?」
「いやあ。嬉しかっただけだよ。諸君らが、竜と竜騎士を、それだけ高く評価してくれたことがね。心から嬉しいものだ」
「……竜と貴方が、戦況をひっくり返したでしょう」
「我々は、それを見せつけられたのです」
「ここは、君らの街だ。オレがいつまでも守っているわけじゃない」
「それは、そうですが……」
「敵が、いつ現れるかもしれません」
「竜がいても、戦に勝てるとは限らない。ガルーナは滅びた。竜が多くいたのに。竜騎士たちも大勢いた。ストラウス家の当主であった親父に、乱暴者というにはいささかユーモアが過ぎてしまう三人の兄貴ども。オレたちは、あのとき、竜がいても勝てなかった」
「……竜が、戦の勝敗を絶対的に決めるものではないと?」
「その通り。ガルーナが滅びたとき、オレたちには足りなかったものがある。戦力差、まあ、それもあるが、決定的なものはそうじゃない。あの日のガルーナに、足りなかったものがある。何だと思う?」
誰もが黙った。
そうだろうな。オレも、九年間も理解しちゃいなかったことだぞ。当事者がその有り様なんだから、こいつら他人からすれば、もっと見えないものだ。
いい国だった。
オレにとっては、最高の理想郷だったな。
でも、ちょっとばかし違うんだよ。『パンジャール猟兵団』の経営者になって、ようやく理解に至った答えがある。
「そいつはね、可能性だよ」
「……可能性、ですか?」
きょとんとするだろうね。そりゃそうだ。ちょっと前のオレが、こんな言葉を聞いたら眉間のしわは深さ一センチをマークするだろう。『何を言っているんだこいつは、オレはアホなんだぞ!!』と激怒して、胸ぐらを掴んだに違いない。
いけないな。
そんなにアホだから、九年もかかっちまう。
いやいや、三世紀もかね。
竜騎士姫のご先祖さまよ、あんたが残したはずの奥義は、たぶんストラウス家だけでは引き継げなかったんだな。
「ガルーナには、亜人種の戦士たちも大勢いたよ。親父と一緒に、若い頃は戦場に突撃していたドワーフの戦士だとか、エルフの弓の達人も多くいた。でもなあ。やっぱり、良くも悪くも竜が目立っていたんだ。最強の力だった。しかし、そいつが間違いを招きもしたんだよ」
悪くはない。
竜騎士ならば、ストラウスの血を持つ者ならば、いついかなるときも竜原理主義者であっていいものだ。朝から晩まで竜のことを考えて、竜騎士の技巧や戦術、戦略めいたものを何から何まで考え続けるのが正しい……正しいが、それだけに大きな間違いの温床でもある。
強くて最高の答えらしきもの。
そいつのせいで、ちょっと見失ってしまっていた。
「ドワーフの騎士も、将軍もいなかったんだぜ。エルフや巨人族も、ケットシーもそうだ。高い身分にいたのは、王家にまつわる者と……竜騎士たちだけ。軍事面については、本当に単調だったかもしれんな」
いいか。
「なかなか痛みを伴う言葉ではあるんだぞ。軽んじてくれるなよ、議員たち。オレは自分たちの王国が、滅びた理由をついに見つけている。そいつは、『可能性を信じられなかったから』でね。痛ましい事実だ、耐えがたい後悔でもある。オレは、考えているぞ。ストラウス家が、もう少し、竜だけに頼ろうなどという哲学を持っていなかったら。ガルーナは、滅びなかったかもしれんのだと」
痛い。痛い。
心にざっくり、突き刺さるよ。
―――『どーじぇ』、いたいの?
そうだよ、ゼファー。オレたちストラウス家は、たぶん間違えていたんだ。竜騎士や竜の強さに過信して、本当のガルーナの力を、いつの間にか見失っていた。
ああ。こんなこと、考えたくもなかったのに。だから、九年も解けなかったのかもしれないな。
「かつて、竜騎士姫という竜騎士がいた。我が竜太刀に宿った竜、アーレスと共に北方の世界を飛び回った猛者だ。悪神『歌喰い』……『ゼルアガ/侵略神』と戦い、その名前ごと存在をも食われた。どんな偉大な英雄譚を捧げられるべき女だったのかも、忘れられてしまっている」
それでもね。
「ガルーナを遺してくれた。竜と竜騎士の力も。だが、それだけじゃない。竜騎士姫が、ガルーナに遺した最大の力は、竜だけではなかった」
何だと思う、ゼファー?
竜よりも、強いかもしれないものだ。
お前は、よく知っているだろう。
この大陸で最強かもしれない帝国軍を、いつも倒している力。
―――みんな。りょうへい……ううん。もっと、たくさん!!
その通り。賢いよ、さすがは竜だぜ。『ドージェ』は九年もかかっちまったのに。
「多くの亜人種が、戦士として歌を遺している。本来ならば、敵であったはずの者たちも、『不思議なことに、いつの間にかガルーナ王国に参加してくれていた』。オレが好きなケットシーの騎士は、自分を追放した祖を守る兄と戦ってまで、ガルーナに忠を尽くした。まあ、忠を尽くそうとした対象は、ガルーナではなかったんだろうがね」
悪い神さまに噛みちぎられて、消えちまった歴史がある。
強い戦士が何よりも大好きなガルーナ人が、忘れているとすれば、その力学があったからとしか考えられん。
「我が先祖、竜騎士姫は遺したのだ。敵国の亜人種であろうが、彼女は構わずに受け入れた。そのおかげで、ガルーナには多くの種族がいたのだ。だが、ストラウス家は、その全員の力を完全に出し切ってはやれなかったよ」
そいつはね、大きな失態だぞ。空で一族郎党、大反省会をしなくてはならん。
「ドワーフの技巧は優れているが、陣地の構築の早さも圧倒的だ。しかも質がいい。突撃一回で壊されることなんて、滅多とねえ。鋼だけじゃなく、木目とも対話してる。エルフの遊撃能力は、けた違いでね。斥候としても、最高だ。巨人族は賢い。ガルーナの野蛮人よりも、知恵を使う地位につけておくべきだ。ケットシーに至っては、おそらく……竜騎士の才能として、人間族よりも上。純正のストラウス家よりもな!」
ミアのおかげでね。
アホなお兄ちゃんも、ようやく分かったよ。
ストラウス家に『竜騎士の技巧』を継承したヤツがいる。名前は残っていない。残さなかった。『歌喰い』のせいで、忘れているのかもしれないな。おそらく、オレは聞いたんじゃないだろうか。『もう一つのオルテガ』で。
「ケットシーが『竜騎士の技巧』の祖となった。竜騎士姫の力を、後世に継ごうとしたところを見ると、助手みたいなヤツだろう。そいつの残したかった理想は、おそらくそいつの死後に曲がった。そいつが託そうとした力ではなく、ストラウス家のアレンジに至った。理想ではなく、そいつを真似しようとストラウス家が意識し過ぎたからだ」
何であれ。
「我々は、最大限の力を引き出すための可能性を、手放してしまっていた。他者に頼るのだ。亜人種の才能、他の文化の才能、他の職種の才能。そういうものを、組み合わせる。それをしていれば、ガルーナ王国は、あの日も生き延びていたかもしれん」




