第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百六十五
―――『人買い』の罪は、いつまでだってまとわりつく。
それが『自由同盟』にとっての政治的リスクになるのは、たしかに困ったものだ。
亜人種たちからすれば、ジーの一族への恨みは消えない。
罪を許さないことで作られる、大きな結束というものは貴重ではあった……。
―――ミアにとって、その問いかけは意地悪なものだよ。
大切なママを殺した『人買い』を、許せるはずもないのだから。
罪からは誰も逃れられない、罰の獣は無限に追いかけてくる。
メダルドの言い分は、ミアの口を閉ざすには十分だった……。
―――あえて避けていたのに、ヒドイ。
ミアはそう考えてもいる、世界は完璧なものじゃないからね。
ときには無視すべきものもあっていいはずだし、無視すべき課題と向き合えば傷を負う。
自分の言い分を通すために、メダルドはミアの心を傷つけた……。
―――自分が、ちゃんと大切に想われていることも理解している。
そんな価値があるなんて、この罪悪感の囚われの男には考えられないけれどね。
自分が考える以上に、いいヤツなのに。
そういう事実を置き去りにして、メダルドは死にたがっていた……。
「……人は、恨みを忘れられない。多くの者が、オレを恨む。オレは……生きていない方が、いい男なんだ。ちょうどいいチャンスを、得られた。死んだし……死んだあとでも、ビビを見れたんだ。さっき……あの子は、オレがいなくても、もう大丈夫だ。見てきた。確認したんだよ。自分の何倍も、商人としての経験があるベテランどもを、手玉に取っている。あの子なら、大丈夫だ。何の心配もない。あの子は、自分の未来を勝ち取ってくれる。素晴らしい門出に、したいんだ。オレは……あの子の足かせにはならない」
―――嬉しそうな顔だったし、それは演技ではないんだ。
メダルドは、『オルテガ』の商人たちの前で演説していたビビアナを見た。
優秀な商人になるように、手塩にかけて育てた彼女。
想像以上の手腕を見せつけながら、堂々としていたよ……。
「……『狭間』だったのに。『狭間』だということを、隠しながら、自分の母親と同じエルフたちを、奴隷にした……辛い行いだったはず。当然だ。自分の一部を、常に否定するような行為だったに違いない。分かっていたはずなのに、オレは、それを強いた。一族のためだと、信じて。それが、どれだけ歪んだ行いだったのか……オレはな、間違っていた。オレは、もっと早くに、『人買い』なんて、やめるべきだったのに」
―――言葉が、メダルドのアタマのなかで反響していたよ。
ソルジェが口にした言葉、可能性についての言葉だ。
「オレよりバカなガンダラがいたかもしれない」、奴隷のままだったら。
ガンダラは本を読む機会さえなくて、知識を得ることもなっただろう……。
「……多くの者の、人生を奪ったんだ。可能性を、奪ってしまった。オレは、奴隷たちを少しでもマシな主人に売り渡すことで、どうにか自分の行いを正当化しようとしていた。そうすれば、彼ら彼女らだって、飢えないだろ。飢えないことってのは、大きい。世の中は、みんなが豊かに食べられるわけじゃない。奴隷になってしまうような者たちは、とても立場が悪い者たちだ。誰か強い者に守ってもらえているわけじゃないから、捕まってしまう」
―――『人買い』として、少しでもマシな行いをしようとしたのは事実だよ。
でもね、今のメダルドは理解している。
誰かを奴隷にするなんて行為が、最も傷つけて破壊してしまうのは。
可能性を奪ってしまう、どれだけの人々の可能性が失われたのか……。
「……知っていたはずなんだ。誰もが、教育や、機会を与えられたら。必ずではないものの、成功する者が現れると。『貧しく弱い立場でいるよりは、養ってもらえる賢い主人に売り渡してやった方が、あいつらのためでもある』。そんな言葉は、つまらん詭弁だ。そうじゃない。オレは、本当に、多くの可能性を、奪い尽くしてしまっただけだ。どれだけ、奪ってしまったのか。分かったものじゃない。兄貴が、命懸けで教えてくれたんだぞ。エルフを娶り、『人買い』をやめてみせた。親父も、それを見逃したんだ。あれは、つまり……その選択を肯定していたのに」
―――世界は、やっぱり不完全だから。
冷酷な『人買い』の大親分にも、あたたかな血が流れてしまっている。
どれだけ厳格な立場を貫こうとしても、それが達成できるとは限らない。
彼らの父親が見逃したということの意味は、とても大きなものだった……。
「……オレは、兄貴も、兄貴のヨメも。それに、ビビのことを大切にしたいと考えていたはずなのに。変われなかった。ビビを、引き取ったのに。ビビに、嘘をつかせた。兄貴たちの願いを、継いだつもりで。『狭間』であると、ばれないように嘘をつけだと。オレは、何をさせたのか。オレは、本当に罪深い。とんでもない裏切り者だ。オレの最大の罪は、ビビを裏切ったことだ。あの子に、こんな生き方や罪を押し付けては、ならなかったのに」
―――メダルドの言葉を聞いていると、ミアはどんどん泣きそうな顔になってしまう。
最強の猟兵、リトル・ストラウス。
竜騎士姫を目指す、苛烈な少女。
それでも、まだ十三才の女の子だったから……。
「……オレは、いない方がいい。生きていては、いけないんだ。だから、ビビに……オレが、まだこんな形で生きているなんて教えないでくれ。理想的には、ひっそりと、消えたい。この体の持ち主に、体と人生を返して。それは、オレにやれる罪滅ぼしだと信じている。死人が、何かを成せることはない。でも、たったひとつだけでも、成し遂げたい。オレは、消えて。この子を助けるんだ。事実を知っている者たち以外は、誰も傷つかないで済む。だから、オレをこのまま……死んだことにしてくれ」
―――正しさは、あるよ。
政治的にも、『自由同盟』のためになる。
実にメダルドらしい、クールで知的で情け深い判断だった。
それを汲んでやるの、当然ながら正しいことだった……。
―――でもね、世界は不完全を許している。
ミアは、泣きじゃくりながらも。
死にたがっている男の服を、つかむんだ。
ちいさな手で、引っぱったんだよ……。
「やだっ!!ぜったい、やだ!!!」




