第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百六十四
―――生きるか死ぬかは、もちろん大きなことだ。
それ以上の価値あるものだって、人生は得たりするけれど。
命はかけがえのない存在で、生き残るためならどんな選択だってするものだ。
それなのに、ミアの目の前にいる男は自分の命を軽んじているように見える……。
「……そうだな。死ぬことになる。というか、すでに死んでいるんだ。オレは、女神イースの材料になったんだよ。そうなることも、了承した……」
「りょうしょうって、どういう意味?」
「……ああ、受け入れたって意味だ」
「なんで?女神イースの材料になるなんて……」
―――訊きながらも、想像はついた。
メダルドにとって大切なものが、ミアにも分かるからね。
ビビアナと一族のため、彼は『家族』のためなら死んでもいいと考える男だ。
実際のところは、ミアやフリジアの安全も含まれていたけれど……。
「……取引したのさ。より、穏便な状況になるように……女神イースと、『カール・メアー』は、よくがんばってくれた」
「おっちゃんが使っている体もね、『カール・メアー』の巫女戦士だよ」
「……なるほどな。この子は……フリジアの知り合いなのか?」
「そこまでは、私には分からない。でも、知っていたとしてもおかしくない」
「……ビビの友人の知人ならば……それこそ、このままにしてはおけん」
「気持ちは、ちょっと分かるところもある。でもね、おっちゃん」
「……なんだ、ミア?」
「元に戻る方法なんて、おっちゃんには分からないでしょ」
―――幼くても、正しい指摘は行えるものだ。
むしろ、幼くて純粋だからこそ容赦なく真実を見抜く。
メダルドの名も知らない乙女に、人生を返してやりたいという願いは尊いものだ。
彼の願いを、叶えてやりたいと考える者も少なくないだろう……。
―――でも、正直なところ。
呪術の天才でもない、メダルドには知識も手段もない。
あるとするのは、ただの漠然とした期待だけ。
ミアの指摘に動揺しつつも、メダルドは知性を頼る……。
「……意識だけが、この子の体に憑りついているなんて、そもそもおかしな状態だ。オレの意識が消えれば、元に戻るかもしれないし、そもそも……時間が経てば、解決するかもしれないだろ。それに、呪術師を頼れば手段が見つかるかもしれん」
「そうかな。女神の権能が関わっているなら、どうにもならないかも」
「……そうは、なりたくない」
「おっちゃん、死にたいの?……ビビに、会いたくないの?ビビ、どれだけ悲しむか」
「……悲しませたくはない。だが、オレは……怖いんだよ」
「怖い?ビビに会うのが?」
「……そうだ。いちばん、それが怖い。あの子に、期待させるかも。明日には、死んでるかもしれない。意識だって、消え去っているかも……オレは、死人なんだ。ビビは、もう悲しんだ。オレが死んだと思ったはずだし、その認識は正しい。どうにもならなかった」
「ビビの作戦は、たしかに達成できなかった。おっちゃんを、再生してみようとしていたのに。呪術で……呪術には、ヒトの体を魔物に変えちゃうものだってある。その『逆』だって、不可能じゃない」
「……ビビは、オレが死んだと認識した。悲しんでくれた。そして、適応しつつある。ジーの一族や、自分のために。それに、多くの者たちのために、前向きだ。オレの死を、ちゃんと前向きに肯定してくれたんだ。それはオレが、何よりも望むことだ」
「おっちゃんは、あまり間違っていないと思う。賢いし、やさしいもん」
「……そうだ。オレは、妥当で、正しいと思われる道を選べる。お前よりも、ずっと大人だから。冷静に、状況を見定められるんだよ」
「でもね。ビビは、ぜったいに、おっちゃんと会いたいんだ」
「……感情的に、なり過ぎるものじゃない。オレと出会って、何になる?オレは、いつ消えるか分からないし……そもそも、オレ自身、この子に体を返してやりたいんだ」
「ビビと、その子、どっちが大切なの?」
「……意地の悪い、質問だぞ」
「女の子は、ときどき意地悪なの。それで。どっちが、大切なの?」
「……言うまでも、ないだろう」
「だよね。ビビの方が、ずっと大切。おっちゃんにとって、その子は他人だから」
「……だとしても、オレは……他人であっても、この子の人生を奪いたくない」
「おっちゃん、世の中は何でもおっちゃんの願いを聞いてはくれないよ」
「……そんなのは、分かっている」
「私に、見つかっちゃったんだよ。逃げられるはず、ないよね」
―――脅すつもりではないけれど、事実の宣告はあまりに力強いものだった。
どんな願いも、乱世では力が叶えてくれる。
ミアは自分の願いを優先するつもりだった、ビビアナのために。
メダルドは追い詰められた男の顔になり、知恵を絞り出そうと試みた……。
「……考えろ。明日にも消えちまうかもしれない男が、戻ったところで。傷つけるだけだ。ビビは喜ぶだろう。でも、明日、オレが消えちまったら。二度目の悲しみと、向き合うことになる。ビビを、傷つけたくないんだ。あの子は、オレを救おうとしたのに、救えなかった。また救おうとするだろ。それでも、また失敗すれば……」
「悲しむだろうね。でも、それが、どうかしたの?」
「……ビビを、傷つけたくない。それは、お前も同じだろ?」
「違うよ。傷ついてもいいよ。大切な人に、また会えるなら。そのあとで、さみしくなったところで、また悲しくなったって。耐えられる。ママに会ったの。女神イースが、ママに会わせてくれた。私を大きくなったねって、言ってくれた。ずっと一緒じゃない。もう会えないもん。あのとき、私が猟兵だったら……ママだって助けられたのに。でもね、一瞬でも会えた。一言でも、聞けたの。すごく、嬉しいよ」
―――あきらめるべきだった、ミアに勝てるはずもない。
女神イースがくれたプレゼントは、ミアを大きく成長させてもいる。
もうメダルドの言葉も知恵も、太刀打ち出来やしないんだ。
後悔しながらだって、傷つきながらだって進み続けるリトル・ストラウスだよ……。
「な、なあ。メダルドよ」
「そうだぜ、ジーの旦那。あんたの負けだと、思うぜ」
―――巻き込まれた商人たちも、そう言うほかにない。
メダルドの願いが、叶うようには思えなかった。
追い詰められて、打ち負かされた。
論破されているわけではなく、感情と力に負けている……。
「……だが、オレは……」
「おっちゃん、まだ文句があるの?」
「……オレは、『人買い』ジーの一族の象徴だ。あらためねばならん。オレの死をもって、ジーの一族の『人買い』の歴史は終えられる。オレが、死んでいた方がいい。その方が、ストラウス卿にも好都合だ。『自由同盟』のお歴々も、『人買い』が絡めば、亜人種の戦士が嫌がる。亜人種の奴隷を、売り買いしていた。オレを、許せない亜人種の戦士は多い。結束のためにも、オレは生きていない方がいい。ミア、お前も……奴隷だった母親を殺した『人買い』を、許せないだろう」




