第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百六十一
―――ジャンは意識を集中するまでもなく、すぐにその場所を見つけていた。
『ゼルアガ』にまつわるにおいに対しては、本能的な警戒心が働くらしい。
ミアを連れて窓のそばに向かうと、『狼』の顔を窓から突き出すようにする。
大きなジャンの顔のとなりに、ミアのちいさな顔が並んだ……。
『あ、あそこに見えるよね。さ、採風塔。あそこの、ま、周りを、くるくると動いているんだ。女神イースというか、ぜ、『ゼルアガ』っぽいにおいが』
「なるほど。あの塔の周りに、いるのか……」
『ぜ、『ゼルアガ』っぽいのはね』
「たぶん、メダルドのおっちゃんだったモノだよ!今では、お姉さんになっている」
『ど、どういうコトなのか、ちょっとついて行けない』
「私も、ついては行けていない。だから、確かめるのが早い。ねえ、ジャン」
『な、何だい?』
「他の神さまのにおいとかも、するかな?」
『え、えーと。しない。で、でも。何で?』
「『ギルガレア』のおっちゃんも、こっそり生きていないかなって。神さまだから、死なないかも」
『ど、どうかな。『ゼルアガ』は……殺せるからね』
「そっか。『ギルガレア』のおっちゃんは、死んだんだ」
『で、でも……他の気配も、少し感じなくもないんだ』
「どういう気配なの?他の、神さま?」
『……な、何だか。混じっているような気配というか……ふ、不思議なにおい。嗅いだことが、割りと最近あるような……う、うう。思い出せない。ごめんね』
「いいよ。無理はしないで」
―――『狼男』というか、ジャンの知覚はすさまじい。
おそらく、このときのジャンはアリーチェを嗅ぎ取っていたのだろう。
『トリックスター』という、新しい神さまの脅威をね。
気づけないのは、『ゼルアガ』らしい認識への干渉のせいかもしれない……。
―――あちらから関わろうとしない限り、『ゼルアガ』は認識することも不可能だ。
少なからずの縁があり、ジャンの能力の高さゆえに不完全ながら気配を得たわけだが。
アリーチェは、事の顛末を見届けようとしているのかもしれない。
この『オルテガ』に、幽霊だか何だかよく分からない形となって潜伏しているのかも……。
「とにかく、行ってみるよ。メダルドのおっちゃんを、見つけるんだ」
『う、うん。その、が、がんばってね』
「ジャンも、お兄ちゃんの護衛をがんばって!」
『ま、任せて。蟻の子一匹だって、見過ごさない』
―――ジャンは、実際にそれを有言実行するだろう。
もしかしたら、アリーチェがこっそりとやって来ても気づいたかもしれないね。
ソルジェのことが大好きな彼女は、興味本位で会議を除こうとするかも。
何をしでかすか分からないのは、子供と神さまの特権みたいなものだった……。
―――ミアは大きな四角柱の採風塔を目指して、屋敷を飛び出していく。
ソルジェはミアの気配に気づいていたが、会議を優先するしかない。
副官であるガンダラと、町と軍勢の幹部が集まっていればね。
シスコンだって、ミアとのハグをしたい衝動を制御だってやれるんだ……。
―――ソルジェも26才になるから、ちょっとは分別というものがある。
戦況は比較的落ち着いているものの、一休みする余裕はない。
働き過ぎは良くないが、大陸最大の帝国との戦いは多忙であって当然なものだ。
説得工作も、必要とされている……。
―――『パンジャール猟兵団』が『西』に向かう、合理的かつ切実な理由。
それを幹部たちには伝えておかなくてはならず、それはソルジェの役目でもある。
竜の不在は、強烈な戦力の低下となるのは明らかだからね。
『オルテガ』の守りだけに集中して欲しい者たちも、ここには多くいた……。
―――そういう人々を納得させて、戦力を組み上げなくてはならない。
政治というものは、可能な限り大勢の人々を集めて。
何か共同の利益のために、尽力させるための力だ。
ソルジェは権力と知性を使いこなして、戦略を周りに伝えなくてはならない……。
―――いい経験だよ、傲慢な王になってもらっては困る。
ルード王国は、ガルーナ王ソルジェ・ストラウスに対して絶対の支持を表明するのだから。
愚王でなく、最低でも歴史には残る名君になってもらわなくてはルードの威信がすたる。
いい訓練の時間だよ、不安がる議員たちを説得しようとする行いはね……。
―――ソルジェがまたひとつ、新しい挑戦を強いられている裏側で。
リトル・ストラウスは、風のような速さでそこに到達していた。
レンガと石材で組まれた、四角柱の採風塔。
風と日光を浴び続けた数世紀の果てに、すっかりとあせたクリーム色になっている……。
―――迷宮都市『オルテガ』の、長くて複雑な歴史を見守ってきたものだ。
矢傷や破壊の痕跡も、そのそそり立った二十メートルの表面には刻まれている。
城塞の一部とつながりながら、地下の構造とも仲良しだ。
地上の迷路っぷりだけでなく、地下にも様々な建築が広がっているのも特徴さ……。
―――『プレイレス』の文明の豊かさというか、建築のレベルの高さだよね。
この塔は風を採り入れて、地下に用意されたため池の水で冷ます。
風を読解する能力に長けた、竜騎士にとっては面白みのある建築だった。
もしもヒマだったら、ただの好奇心のためによじ登っていただろう……。
―――でもね、今は遊びのためではない。
古びたレンガのでっぱりに、指とブーツの先を用いてよじ登っていく。
たったの二十メートルの高さだからね、ミアにとっては十秒足らずで制覇するさ。
鳥たちも驚いて、いきなり現れた少女のそばから飛び去って行く……。
「邪魔しちゃったね、ごめん。でも、必要なことなんだ」
―――採風塔の真上は、心地良かったそうだよ。
真夏の地上にこもるよう熱風から、その場所だけは解放されている。
周りを見渡すのには、適していた。
周りからも、よく目立つのが目的にとって素晴らしく有効な事実だったね……。
―――ミアは理解している、目立つ者には否応がなく視線が集まると。
そうなれば、『逆』の行いもしてやれるのだ。
優れた戦士である猟兵ならば、自身に向けられた視線の意味を感じ取れる。
「それがやれるように、しっかりと教育しているんだよ」……。
「だよね、ガルフおじいちゃん。メダルドのおっちゃんは、私を見つけた。リアクションをするはずだよ。どんな体になっていようが」




