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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その四百六十


―――ジャンの『狼男』としての嗅覚は、素晴らしい『呪術』でもある。

ソルジェの魔眼と同じように、異常なまでの感覚だからね。

おそらくは、鼻だけを使ってはいないのさ。

仕組みは分からないが、最高の探索能力ではある……。




『め、メダルド・ジーの、におい……?』

「そう。おっちゃんのにおいが、『オルテガ』にするかどうかだけでいいの」

『え、えーと。そ、そうだね……ちょっと、集中していい?』

「うん。やってみて」




―――ジャンは『狼』に化けた大きな鼻で、空中のにおいを嗅いでいく。

何万種類どころか、それ以上の数のにおいがアタマのなかに浮かぶわけだ。

ボクたちの常識的な嗅覚と比べると、『狼男』の感覚はどのようなものか。

ジャンに言わせれば、『見えないけど、見えるんです』らしい……。




―――実に難解な言葉であり、どこか芸術的な響きも感じるものだよね。

ジャンももしかしたら、ミアのノコギリみたいに幾何学しているのかも。

においという見えないはずのものが、アタマのなかで形に描かれている。

ソルジェやミアの『竜騎士の地図』と、似ている要素もあるのかもしれない……。




―――濃密な知覚は、具体的なイメージを心に呼び覚ましてくれるものだ。

優れた芸術家たちは自分の肉体に対して、とても直感的であり素直なことが多い。

それは感覚で得られた情報が、自分の体に感じられるほど明瞭だってことになる。

『大魔王の騎士』は、いつか芸術的なセンスに目覚めてくれるかもしれない……。




―――今では、まだ。

実に子供じみた、練度の甘い文字しか書けないだろう。

ボクはジャンの悲しみを知っているよ、自らの字の幼稚さが憎らしいんだ。

繊細で傷つきやすいところもあって、向上心もあるからこそ歯がゆくもなる……。




―――誰もが、過去に囚われてしまうものだ。

ソルジェの子供時代は、雄々しい一族と共に在った。

気高くて激しい、北方野蛮人の文化の最上位に位置している。

王家の傍流である貴族の一員だ、竜騎士姫は王の娘でありソルジェの先祖だから……。




―――『戦場で死んで、歌になりなさい』。

苛烈な教えではあるけれど、名誉ある生き様をしろと命じてくれた母の言葉はありがたい。

捨て子のジャンには、そんな言葉をかけてくれる者はいなかった。

過去を恥じる者は多くいて、ジャンは大切にされていなかった自分を愛せていない……。




―――自分を振り返るほど、ジャンは余裕がないからね。

過去を恥じている自分に、ボクほど気づけないかもしれない。

自覚のない苦痛は、誰かに思い知らされるまで分からないから。

いつか、絵のひとつでも教えてあげるべきだろう……。




―――ジャンは社会性を身につけつつある、かつての野生はもうない。

ソルジェは、あのギラギラしていたころのジャンを好むかもしれないけど。

今は、もっと恐ろしくて強い生き物に成長したから許してくれるさ。

絵画を教えてみたい、ジャンの嗅覚という不思議な才能が発展するかも……。




―――戦いだけではなく、ただ人生をより豊かにする趣味や娯楽としてね。

芸術は、心を救うためにやるものだよ。

ボクたちは基礎教育に集中し過ぎていて、心を癒す余暇の仕方まで教えていない。

いそがしかったし、ジャンも本当に無知だったからね……。




―――文字を書くのが嫌いでも、筆はそれをするためだけの道具じゃない。

ジャンが描いた絵を、ちょっと見てみたくなった。

それは、ボクにも良い刺激を与えてくれるかもしれない。

地図を描く練習だと偽って、描かせてみようかな……。




―――ジャンのアタマのなかでは、見えないにおいの追跡が始まっていた。

戦いで流された血と、破壊の砂ぼこり。

空からは、まだ『ゼルアガ』じみた異質なにおいが粉雪みたいに舞っていたらしい。

混沌とした空間のなかに、ただひとりを探すなんて……。




―――どう考えても、難しいハズなのに。

ジャンには不可能ではなくて、迷いもなかったよ。

二分ほど、鼻の穴をヒクヒクとさせたあとで。

答えを待ち望んでいるミアに、結果を報告する……。




『い、いないよ。『オルテガ』の、ど、どこにもメダルド・ジーのにおいはない。そ、その。新しいのは……ね。ちょっと前のにおいは、少しするんだ』

「女神イースに、食べられたんだよ」

『そ、そうか。うん。そ、それなら。納得かも。バラバラに……なっているんだ。あ、あちこちに、粉々になって……こ、『こびりついているカンジ』……ごめんね。ちょ、ちょっと、言い方が、良くなかったと思う』

「そう?分かりやすくて、正しいよ」




『そ、そうかな。バラバラで、パラパラというか。そ、そっちの方が、上品な言い方だったと思う……っ』

「そうかな。そっちも、あまり可愛くはない」

『じゃ、はあ。どうすれば、可愛く……い、いや。可愛くはないよね。ひ、ヒトが……そう。死んだってことだから』

「……うん。私たちは、助けられなかった。私たちはね」




『え、えーと。どういう……こと?』

「女神イースが、おっちゃんを助けてくれたみたい」

『め、女神が?……帝国の神さま、な、なのに……?』

「意外と、やさしいところもあるんだよ」




『そ、そうなんだ。いや、そうか……『お母さん』も……で、でも。『ゼルアガ』は、あまり良い結果を、も、もたらさないよ』

「そうだね。知っている。でも……生きているなら、見つけてあげないと」

『い、生きているなら。あっちから、く、来るんじゃ?』

「どうかな。ちょっと変わってしまったみたいなの。女のヒトになったみたい」




『……え、えーと。どういう、こと?』

「私にも、よく分からないの。だから、確かめてみないとね。ジャン、女神イースのにおいが、『オルテガ』でいちばん残っている場所、探ってみてよ」




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