第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百五十七
―――ミアは喜んでいたけれど、状況把握に集中すべきだと信じてもいた。
ビビアナに教えてあげたいものの、ぬか喜びさせるわけにはいかない。
もしも、この情報が間違っていれば。
どれだけの傷を負わせてしまうかを思えば、慎重になって当然だった……。
「メダルドのおっちゃんは、生きている」
―――とても現実的な思考をするのも、ミアの特徴だからね。
いつも、優先度をつけて行動している。
メダルドよりもビビアナの方が大切だと、明確に設定していたのさ。
それがメダルド自身の哲学に沿うものだとも、十分に理解した上でね……。
―――ビビアナのためにメダルドは命だって捧げるのなら、その意志は守っていい。
命はいつだって大切で、しかもかけがえのないものだけれど。
それでいて、あらゆる命が平等なはずもない。
とても現実的な考え方で、否定するのは夢想家だけだろう……。
―――この厳しくて残酷な世界においては、犠牲という力はいつでも必要になった。
犠牲を支払わずに勝ち得たものが、どれだけあるものか。
リトル・ストラウスとしてよりも、誰よりも純度の高い猟兵であるミアならば。
この世界に、『過大な期待』をすることはない……。
―――せいぜい、ソルジェが帝国を倒すという『現実的な目標』を信じているだけ。
ミアにとっては、それはとても現実的な流れだからね。
でも、あらゆる勝利に犠牲が必要だ。
街並みを風のように駆け抜ける彼女の視界には、否定し切れない現実が粘りつく……。
―――死者を見た、彼らが二度と生き返る日は来ないのだ。
負傷者を見た、生きるための選択肢はときどき容赦がない。
医者は手足を切断するためのノコギリに、やすりをかけていた。
骨を一本断ち切る度に、血と肉と脂を落としながら研磨を加える……。
―――残酷だって言うけれど、そうしなければ傷が腐って死んでしまうからしょうがない。
パロムの発想は、実に優れているものさ。
このとてつもなく現実的な地獄に、いくつもの希望を与えてくれるのだからね。
戦士として使いものにならなくなっても、生きて行かなくてはならない……。
―――誰もが、ギンドウみたいに腕を悪人どもに斬られても戦えるわけじゃないから。
現れたばかりのノコギリを見て、泣きわめく戦士たちを仲間たちが取り押さえる。
ミアはその光景に、何も新鮮な感情が湧くことはないよ。
だって、幼い頃から見飽きている『ありふれた光景』なのだから……。
―――ソルジェとガルフには悪いけれど、最高の子育て環境だったとは言いがたいかも。
これもまた、勝利のために必要な犠牲だったね。
ミアは十三才で最強の猟兵になった代わりに、一般的な子供の暮らしを失ってはいる。
勝ち得たものも多いが、犠牲はいつだって大きくてかけがえのないものだった……。
―――こんな現実を、よく見てしまっていると。
過度な期待をしなくなるのも、当然じゃないか。
『メダルドを犠牲にしてもビビアナを救う』、そのルールは鋼よりも硬い。
それを守ったことを、後悔はしていないが……。
「メダルドのおっちゃん、ちょっとは怒っているかな」
―――子供らしい心配だって、ミアはするよ。
だって、猟兵だけど十三才の女の子でもあるのだから。
誰もがそうであるように、ミアだってやさしくされたいんだ。
メダルドを犠牲にすることを、迷ってもいなかったが……。
―――もちろん、メダルドに親しみを持っている。
ミアは知的な職業人を、本能的に好むからね。
『家族』を大切にしてくれる男についても、大好きだよ。
ミアにとってメダルドは大切なんだよ、ビビアナほどじゃないにせよ……。
「怒ってくれていたら、いいな」
―――ミアは知的な職業人でもある、最も純度の高い猟兵だ。
だから、現実的な把握と願いを心に持てるんだよ。
怒られる方が、まだよほどいいのさ。
恐れられる方が、ミアには嫌なことだった……。
―――可愛いボクの妹分であり、ソルジェの妹ではある。
目に入れても痛くないだろうし、ソルジェなら実際に試みてくれるかもしれない。
それだけ愛らしい、我々のミアではあるが。
一部の者たちからは、恐れられるときもあるのさ……。
―――最強の猟兵のひとりだし、『世界最高の暗殺者』だからね。
歴史上最もヒトの命を奪っている十三才であるのは、おそらく間違いはない。
客観的に見れば、もちろんボクとソルジェにだって理解は可能だよ。
こんなに愛らしいミア・マルー・ストラウスのことを、怖がれるなんてね……。
―――世の中ってのは、現実的であると同時に。
いつだって、理想的な現実とはいくらか差異があるものだ。
ミアはメダルドに期待している、自分を恐れていないようにと。
おそらく、メダルドは怖い目に遭ったはずだから……。
―――そういう目に遭えば、ヒトの心はたやすく壊れてしまう。
ノコギリなんかにトラウマを植え付けられた、屈強で向こう見ずな戦士たちみたいに。
痛ましい現実に噛みついて、心を引き裂かれるだけで。
ちょっとだけ、弱々しい生き物にされてしまうのはよくある……。
「女のヒトの体に変わっているのは、別にいいけど。心までは変わっていないで欲しいな。おっちゃんは、とてもいいおっちゃんだから」




