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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その四百五十六


―――ミアは、喜んでいた。

当然だよ、死んだと思っていたメダルドが生きているらしいのだから。

シモンに手を振って別れると、トーリー・タイズンを探しに出かけてしまう。

ひとり路地裏に残されたシモンは、縫われたばかりの腹に手を置いた……。




―――痛みは当然あるものの、死なないと太鼓判を押されると現金なもので。

ガマンできない痛みだとは、思えなくなっていた。

あちこち痛めつけられているのに、元気なものだよ。

戦士というより、ゲリラ戦の才能があるかもしれない……。




―――孤独と苦痛に耐える才能だけは、人の何倍もシモンは持っている。

鋭い商才がない自分にとって、誠実さとしつこさだけが生命線だと知っていた。

なかなか驚くべきことだが、シモンはさっそく立ち上がる。

座ったままでいいのに、彼は自分の生命力を誇示したくなったらしい……。




「ちくしょう。動くと、やはり痛いが……耐えられそうだ」




―――縫われたあげくに、しっかりと包帯で締められているからね。

ミアの裁縫の技巧も、なかなかのものだったし。

実際のところ、突き刺した方が下手くそだった。

さらに言えば、シモンは刺される瞬間に身を引いていたのさ……。




―――武術の才能というよりも、生きのびる才能があったんだ。

シモンはそれらに気づかないまま、運が良かっただけと認識するだろう。

それはそれで、我々にとっても本人にとってもありがたい。

彼に戦力として期待しているのは、長くいつまでも戦ってくれることだ……。




「……さて。他の極端な保守派に、会いに行ってみようかね」




―――根性と愛国心だけではなく、義理堅さもちゃんと持っていた。

理想的な商人のひとりとして、長く『オルテガ』で暮らして欲しい男だ。

痛む体を引きずるようにしながら、シモンっは蒸し暑さにつつまれながらも路地裏を進む。

その表情は哲学者のように、深い思索と苦悩の様子が浮かんでいた……。




―――顔がそうなってしまう原因は、大半が痛みのせいだけれど。

『人買い』のくせに、『人買い』に母親を奪われた亜人種の少女に好かれる男。

その存在が帯びた、あまりにも大きな矛盾に思考を使っているせいだ。

どうして、メダルドは許されているのだろうか……。




―――シモンには、この謎が解けそうにない。

たしかに、ずいぶんとおかしなハナシではある。

多くの者に嫌われて当然の立場であり、そもそも『自由同盟』の敵だろうに。

『人買い』の一族なんて、我々からしても受け入れがたいものだ……。




―――ソルジェだって、最初は『人買い』ジーの一族に敵意を持っていた。

それでも、いつの間にか盟友のひとりになっている。

『人買い』や商人としての職業倫理や、気高いプライドもあるだろうね。

魅力的な人物ではあるが、けっきょくのところは……。




「……姪っ子のために、命を張ったわけか」




―――シモンがたどり着いた答えは、それが限界だった。

まあ、おそらくそれで問題がない。

『人買い』であった男を、好ましく思える要素があったとすれば。

けっきょくは、そういった素朴でありふれた人間性というものさ……。




―――今のシモンは、思い知らされているだろう。

誰かのために命をかけて戦える者は、あまり多くない。

戦争は別なんだよ、環境そのものに支配されてしまうからね。

他に選択肢なんてないから、義務めいたもののために戦えるわけだが……。




―――戦場に駆り出されたときとは違い、ただ孤独で私的な戦いをするのは難しい。

誰もが『オルテガ』の価値ある伝統的な宝物が流出したとき、嘆きはしていたよ。

でも、シモンみたいに買い戻そうと行動に移した者がどれだけいたのか。

応援する者はいるけれど、危険な現場に足を運んだ者は数えるほどしかいない……。




「どいつもこいつも。意外と、薄情なのに……」




―――メダルドに共感を覚えつつあるらしい、それは嫌だったみたいだけど。

心を制御するのは、何とも難しいからね。

シモンは子供を亡くした友人の嘆きを、思い出していた。

大切な者のためためなら、ヒトはどこまでも悲しめるし何だってやれる……。




「……おかしなものだ。私だって、ずいぶんがんばったのに。身の丈に合わないほど、よくやっただろう。どうにかこうにか、『オルテガ』の宝を取り戻せる手はずがつきそうなんだ。それなのに……大きな違いだな」




―――孤独を覚えているけれど、シモンは自分のその有り様を否定的に認識しない。

これまた自分らしいものだと、納得しつつある。

彼もまた罪悪感から逃げられない、小市民のひとりではあった。

引きずりながら、路地裏を出る……。




―――『オルテガ』商人はタフだったね、帝国軍の襲撃がないと判断すると。

店を開けて、商いを始める者たちが大勢いた。

戦士たちに食事を作る、軒先の飯屋が現れている。

祭りのように大鍋を使い、海鮮とオリーブ油たっぷりのパエリアを販売中だ……。




―――もちろん、瓶詰めのフルーツもね。

シモンも元気であり、政治的な使命がなかったら。

瓶詰めフルーツで戦士たちから、ひと稼ぎしていただろう。

武装した者たちが、あちこちをうろついてはいるものの……。




―――ゆっくりと、『オルテガ』は鋼くさい非日常からいつもの街に戻りつつある。

パエリアを食べる元気はないけれど、フルーツなら食べられそうだ。

腹の皮をサクっと刺されただけだから、食事をしても問題はない。

老婆が開いたフルーツの露店売りのもとに行くと、桃をひとつ買ったのさ……。




「疲れていそうなのに、ひとつだけでいいのかい?」

「疲れているから、ひとつで十分だ…………いや、そう、だな。もうひとつだけ」




―――土産にするつもりではない、シモンは買った桃のひとつに噛みつきながら。

手招きをして、人混みに隠れていた若い男を呼ぶ。

シモンを刺した男ではないが、先ほどの集団のひとりだ。

何とも居心地の悪そうな顔をしている彼に、もうひとつの桃を手渡した……。




「私を刺しやがった若者に、持っていけ。どうせ、怖がっているだろ。ストラウス卿の妹さままで現れたら、生きた心地はしないはず」

「そ、そうだな。あいつも……オレたちも、びびってる」

「それが正しい。現状、この土地で最大の権力者であり、血の気の荒い英雄殿だ。我々のような末端の集団など、怒りを買えば消えてなくなる」

「何か、失礼をしなかったか?」




「してないさ。むしろ、妹さまは私を手当てまでしてくれたんだ。こちらも……有益な情報を渡せた。怒りを買うことはない。私の手柄だな」

「……そう、かもしれないな」

「冗談のつもりだったが。不安で頼るべき者がいないのなら、相談には乗る。君たちだけで迷い、暴走しても、得られるものはない」

「かもな。ヒト一人だって、殺せないんだ」




「戦場ではともかく、路地裏で殺しなんてするものじゃないよ」

「……たしかに。あいつも、救われたと思う。あんたが、死ななかったおかげで」

「だろうね。よく分かるよ。殺人ってものは、何とも重みがある」

「……この桃、持っていく」




「言伝も。あの一刺しについては、責任は追及しない。ただし。今後は誰かと話し合いをするときは、もっと冷静になるといい。それだけ、伝えておいてくれ」




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