第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百五十四
―――シモンは早とちりしていたし、ミアはそれを見抜いていた。
ヒトは意外と頑丈でね、ナイフぐらいじゃなかなか死ねない。
刺した若者の方も、我々のような立場の者から言わせてもらえれば。
「なっちゃいなかった」、という評価をするほかにない……。
―――戦場で槍や剣が使われるのは、そういった長いリーチの鋼を使うのが有効だからだ。
ちょっと訓練しただけの者たちが使っても、これらは相手を死に至らしめてくれる。
でも、ナイフというモノは日用品の仲間であってね。
誰かを殺すために発明された武器に、まったくもって由来しないものさ……。
―――上手に使わなければ、ナイフでヒトを一瞬で仕留めるなんてやれやしない。
ミアみたいに訓練した天才でもない限り、戦場でナイフなんて使うものじゃない。
シモンは自分が致命傷を負っていないと悟ると、顔をしかめた。
ばつが悪そうなしわを眉間に寄せて、その場にゆっくりとうずくまる……。
「力が、抜けてしまったよ。死ぬ覚悟を、していたんだよ」
「抜かないでね。雑な抜き方をすると、危ないし……体力が減っちゃうと、帝国との戦いに使えなくなっちゃうから」
「……分かったよ。病院にでも、行こうか……私よりも、重傷者でいっぱいだろうけれど」
「安心していい。私が治療してあげるから」
―――シモンは、自分が常識的な人物だという自覚があった。
ちょっとぐらい過激な性格が、深層心理に巣食っていたとしてもね。
それはあくまで許容範囲のものであり、普段はちゃんと隠せるものだ。
彼の常識のなかには、ナイフの傷の治療をこなせる十三才の女の子はいない……。
―――失礼なほど、疑問でいっぱいな顔をした。
我らがリトル・ストラウスは、その無礼な対応に気分を悪くすることはない。
何せ、なれているからだよ。
誰もが戦場ではミアを恐れるけれど、ミアを子供だとも認識しているからね……。
「はい。横になってね。ちゃんと、引き抜いてあげるから」
「……あ、ああ。ちょっと、不安だ」
「正直な感想だよね。そうだと思うよ。でも、安心して。お裁縫よりも、カンタンなんだから。傷を縫い合わせるなんて」
「そ、そんなものかい」
「服を縫う方が、よっぽど難しいでしょ。ドレスなんて、フリルを作ったりするんだから」
「……まあ、そういうのに比べれば、たやすいものか」
「刃物の傷は、まっすぐだからね。抜くよ。楽にしてて」
「無理そうなときは、どうすれば……あぐう!?」
―――ミアはナイフを抜いたよ、痛みはわずかなものだったが。
いきなり過ぎて、シモンは驚いてしまっていた。
でも、ミアはその反応を気にしたりしない。
優先すべきは、傷口の消毒と止血と縫合だ……。
「キレイなナイフ。ちゃんと手入れをしてくれていたから、安心だね。毒も塗られていない」
「そ、それほ朗報ではあるが」
「消毒するね。痛いよ」
「う、うえ。ちょ、ちょっと待って……ぐあああああ!?」
―――焼けるような痛みが、傷口で暴れたよ。
痛いほど、しっかりと消毒が出来ているんだという考えに至る余裕はない。
ただ歯を食いしばり、悲鳴を押し殺すのに必死となったんだ。
ミアは淡々とした動きで、シモンの治療を完了していく……。
「これが、止血剤だよ。血が出なくなるの。こうやって、傷口にぶち込んだらね」
「い、痛む?」
「少しだけ。だから、ガマンするの。お兄さんは、男の子なんだから」
「男も女もないよ。痛いときは、ちゃんと痛がるべきで……ぎゃああああ!?」
―――商人らしく口が減らない、森のエルフの秘薬が傷口に注がれながらも叫んだ。
素直さがある男かもしれない、ミアはそんな印象を心に浮かべる。
痛いときには、ちゃんと痛がるべき。
戦士の文脈において、それらは恥ともなるけれど商人としては普通であった……。
―――ミアも誰しもが生まれもっての強者ではないと、理解していく。
猟兵団育ち、ソルジェよりも過激な教育を受けて育ったかもしれないが。
ミアは自分のことを、『常識的』だと信じているよ。
あらゆる認識と同じように、ちょっとだけ真実とズレがあるものさ……。
「商人さんらしくて、素直だね。痛みにも、あまり慣れていないみたい」
「……戦いは、専門外だよ。兵士になる訓練は、子供のころから受けてはいるけれど。生粋の職業戦士というわけじゃないんだ」
「『王無き土地』に、騎士はいない」
「そうだよ。ストラウス卿のような、騎士と呼ばれる者はいない。市民が、槍や剣を持って戦いに出かけるんだ……常設の軍隊も、小規模なものさ。おかげで、よく侵略される」
「戦いに、備えておくべきだね」
「耳が痛いよ。お腹も痛いけれど……『王無き土地』は、生産性が重視される。軍隊というものは、大して生み出さないからね。良い消費者ではあるけれど……」
「そういう勉強も、していこうと思うの。リトル・ストラウスだから」
「ぜひとも、がんばってくれたまえ。私は、色々とトラブルを生んでしまったかもしれないがね。君たちの支持者なのだよ。露骨に言えば、大ファンだ」
「そうなんだね。だったら、私の親友を大切にするように」
「……するよ。もちろんだ。私を、殺人鬼のように考えないでくれたまえ」
「『自覚の足りない殺人鬼もいるから、注意しろ』っておじいちゃんから習ったの」
「それは、君のような可愛らしい女の子には、伝えておくべき教育かもしれないが……私は、安全な男に戻ったよ」
「それはよかった。じゃあ、縫ってあげるね。針で、傷口のお肉を縫い合わせてあげる」
「……わ、分かったよ。頼む」
「がんばってね。十数回ぐらい、痛いだけだから。ガマン!」
「……やるよ。耐えられるように、努力する。はあ、何て日だろう―――ぐええっ」
―――心配性のシモンは、ミアが『縫い間違えないかどうか』と見てしまう。
自分の腹の傷を、針と糸が縫っていく光景なんてものは見るべきじゃないよ。
戦士ならばともかく、常識ある商人の男にとってはショックが大きいから。
まあ、途中からはちゃんとまぶたを閉じていたけれどね……。
―――すぐに終わるから、問題はないよ。
傷を縫うなんて、この世の大半の編み物に比べれば難易度は低いものだ。
単純にして明解、分かれた部分と部分を手早く縫い合わせておけばいい。
リエルやカミラほどの達人技はなくても、猟兵らしく良い手際だったよ……。
「はい、終わり。よくガマンしました」
「……本当に、キレイな縫い方だね」
「針子のお姉さんたちの方が、まだ上手かも。いい練習にはなった」
「君みたいな将来有望な子供の、経験値になれて光栄だよ」
「それじゃあ。そろそろ私は行くね」
「……ああ。そうするといい。私は、しばらくじっとしておこう。逃げ出した仲間も、やがては戻ってくれる……私が、殺されたと信じているかもだが……死体を回収しようとは、してくれるはずだ。ここは、彼らのうちのひとりの家から、そう離れてはいないから」
「あの人たちとも、仲良くしてね」
「分かっているよ。仲良くして、帝国軍と戦うよ。命を、こんな路地裏で、自分たち同士でつぶし合うなんて大間違いだ」
「仲間同士で、戦っている余裕はないの。それを、理解してね。意味、分かるよね?」
「もちろん。私は亜人種とも仲良くやれる。今後は、ビビアナ・ジーともね」
「そうして。ビビは……メダルドのおっちゃんが死んじゃって悲しんでいるから」
「……はあ。メダルド・ジーが、死んだと」
「うん。助けて、あげられなかったんだ。おっちゃん、女神イースとの戦いで、死んじゃった。ビビはね、大切な家族を、失ってしまったの」
―――シモンは、理解する。
紆余曲折あったし、今日の自分は喜んだり後悔したり殺されかけたり救われたり。
実に、多忙な一日を過ごしてしまっているが。
もうひとつだけ役目があるようだと、夏の暑さがこもる路地のなかで悟ったのさ……。




