第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百五十三
―――シモンは死にたくないはずだったのに、死神みたいなミアがそばにいると。
生きていることに対して、執着できなくなっていた。
自分の生存が間違っているように感じられるときが、大人にはあるものだけれど。
シモンはそんな心境に陥り、少しでも自分なりの『正義』に徹しようとしている……。
―――罪悪感からは逃れられない、それに腹をナイフで刺されたんだ。
自分の命が失われるのならば、せめて有意義に消費されたいと願う。
英雄ではないかもしれないし、一種の負け犬ではあるのだけれど。
シモンはそこらの一市民にしては、十分によくやっている……。
―――仲間のために、生きて死のうとする行い。
そういう価値観は、敵対者からも尊敬される普遍性があったんだ。
ありふれている正しさであり、ありふれているからこそ誰の心にも届きやすい。
強くて恐ろしい『リトル・ストラウス』にも、その行いの価値は通じていた……。
「いいヤツだね、お兄さん。私たちにも、『ルファード』の地図をくれた」
「……そうだったよ。覚えていてくれたか」
「『オルテガ』のためなら、何でもしちゃうんだ」
「そうだ。そうありたいと願った。そういう生き方が、男らしいとか……」
「女でも、戦うよ。乱世は、みんな命を燃やしている」
「そうだね。男でも女でも。子供でも……関係ないな」
「みんなね、自分が正しいと信じられるコトのために殺し合ったり、死んだりするの。お兄さんにとっては、『オルテガ』と『オルテガ』の人たちのために死ぬのが正しいんだ」
「……そうだよ。君には、故郷はあるかい?」
「ないよ。私のママは、奴隷だったの。私を生かすために、逃げてくれた。そして……」
「死んだんだね。亜人種の奴隷は、誰しもが不幸だ。亜人種に関わらず、奴隷はそうか」
「ママは、戦ったよ。私を逃がしてくれた。それが正しいと信じられたから」
「……君にとってのママが、私にとっての『オルテガ/故郷』なんだよ」
「……そっか。ママのためなら、何だってやれちゃうよね。あなたの気持ちが、ちょっと分かったよ」
「故郷についての教官を求められたら、今後はその思考方法を試すといい……はあ、はあ」
「苦しそうだね。ずいぶんと疲れている」
「……君は、私がうら若き乙女を殺そうとした事実に、どれだけ苦しんだか分からないだろう。君は戦いに慣れている。戦闘で、おかしくなるときはない」
「どうかな。冷静でいられるときなら、おかしくはならない。でも、私は子供だから。冷静でいられないときだって、よくあるよ。たとえば……」
「……言いたいなら、言ってごらん。聞いてあげるよ。旅をする商人は、聞き上手なんだ」
「ビビを、誰かが殺そうとしたって教えられたときだね。ママみたいに大切な親友を、殺されそうになったんだよ。ビビを助けるために、どれだけ私ががんばったのか。あなたには、きっと分からない」
「……痛みは、個人的なものだからね。努力もそうだ。でも……ママ……『オルテガ』を奪われそうになった痛みなら、分かるよ。とても、似ている。すまなかったね……ビビアナ・ジーを、殺したかったわけじゃない……」
―――自問する、本当にそうだったのか?
答えが見つかるはずもない、ビビアナが死ねばジーの一族の力は消えると信じていた。
それでも、乙女を殺すなんて行いが正しいはずもない。
政治的な暗殺でもなく、戦いのどさくさに紛れ込ませて殺すなんて実に卑劣だ……。
「……いずれにしても。私は、恥ずべき行いをしてしまった。褒められた行為じゃない。誰にも顔向けは出来ない…………どうせ、もうすぐ死ぬ…………ああ、ちくしょうめ。正しい生き方をしたかっただけだ……分かってくれるかい?」
「分かっているよ。あなたが分かっていないコトも、ちょっと知っている」
「そうなんだね。賢いよ。ストラウス卿の妹は……なあ、教えてくれるかい」
「いいよ。質問は、受け付ける」
「……どうして、君のママが奴隷だったのに。『人買い』を許せたのかな?」
「『人買い』そのものは、大嫌いだよ。でもね。ビビは悪くない。必死に生きようとしていたら、こうなるしかなかった。必死に、生きようとしている子は、大好きなんだ」
「ママや、自分自身を思い出すから?」
「……そうかも。ビビは、両親から命をもらったの。『狭間』に生まれたからって、憎まれないように……命懸けの嘘で、守ってもらっている。ビビは、その嘘に必死に応えた。自分のママとパパと、メダルドのおっちゃんが大切だから。そういう生き方を感じると、大好きになった。『人買い』っていう職業だけじゃ、嫌えないほどに大好きなだけ」
「……なるほど。必死に生きようとしている、か」
「殺し合いばかりしていると、それがどれだけ大切なのか。よく分かってくるの」
「怖いね。子供らしくない言葉だが……でも、そうだな。実に、ストラウス卿の妹らしい」
「ありがとう。ほめてくれて」
―――そんなつもりの言葉だったのか、シモンは自分自身でも判断がつかなかった。
思考も集中力を保てない、痛みや出血のせいもあるけれど。
『人買い』の被害者が、『人買い』を本当に許せるのかについても考えていたからだ。
ひとつの対象を考えるだけでも、なかなかアタマを使うというのに……。
―――友情は、どういう要素で作られているのか。
シモンは自分の実体験から、分析してみようとした。
シモンの交友関係は、同業者が多い。
遠方の友人もいるが、親しいのは『オルテガ』の周りだけだ……。
―――故郷に執着している自分にとって、他者と最も深く共感し合えるのは。
『オルテガ』を通しての行いだけ、なのかもしれない。
自分の好き嫌いだけじゃなくて、『オルテガ』という環境に影響されているのかも。
ズタボロの体で考えついた答えは、そんなところだった……。
「旅人の友情は、自らの信念が、決めてくれるのかな」
「……言ってるコト、難しくて分からない」
「敵であっても、君は相手に尊敬できる部分を見つけられたら……好きになれるかい?」
「うん。尊敬できる敵は、好きだよ。殺し合う価値があるから」
「……敵じゃなくなるのは、どういうとき?」
「同じ側に立ったときだと思う。ビビは、私の仲間になってくれた。帝国軍と戦う相手。それに……今は、ビビもメダルドのおっちゃんの遺志を継いでる。『人買い』をやめる気だから。私は『人買い』だったふたりを、責めたりしない」
「友情は、甘くなるものだ」
「うん。そうだよ。ヒトは、自分が大切で、正しいと信じられるもののためなら。何だってやれるの。あなたには、よく分かるハナシだと思う」
「……ああ。君にとっては、友情はとても大切なんだね。まあ、私にとっても、そうだ。大切な友人がね、息子を奪われた。帝国軍に……だから、彼の怒りの分まで……戦おうとした。『オルテガ』を守ろうと……」
「いい人だね、お兄さんは」
「そうかな。いや、うん。そうだと、思う。私は善き人間であろうとした。でも、ときどき間違える」
「気にしないでいいよ。もう十分に、罰は受けているから」
「守ろうとした者のひとりに、刺されたしね。これは、自業自得か……」
「教えてあげる。あなたが知らないコトをひとつ」
「……教えてくれ。リトル・ストラウス。私は、何を知らないと?」
「そのナイフ、急所にも刺さっていないし、深さも足りてない。痛いだけで、死なないよ、それぐらいじゃ」




