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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その四百五十二


―――結果的には、死ななかったよ。

シモンを斬りつけた若者に、ミアが飛び掛かってぶん投げていたからさ。

鋼を振り回そうとするときは、不慣れな者は鋼に使われる。

隙だらけの姿勢は、いともたやすくひっくり返すことだってやれるんだよ……。




「剣をそういう使い方してちゃ、ダメだよ。握りしめても、ダメ。力が弱い人は、支えるようにしないと」




―――あまりにもお粗末な動きだったから、ミアは注意しておきたくなった。

誰もが子供のときは、剣を振り回す遊びをするものだけど。

おおむね木の棒なんかで、代用するものだよね。

そのせいで悪癖も身についてしまうことを、ミアはよく知っていた……。




―――ミア自身も筋力はない、ケットシー族の十三才の女の子だからね。

だからこそ、技巧と知識に頼るんだよ。

ソルジェみたいな怪力でない限り、剣を握力で完全に支配するのは難しい。

剣みたいな鋼のかたまりを弾く勢いを作るのも、かなり困難なことだ……。




「剣を使ってあげるときは、腕力じゃなくて……全身で支えてあげるの。それだけは、覚えておくといいよ。そうすれば、あなたは戦場で帝国兵をちゃんと殺せるからね!」




―――笑顔のミアは、投げながらも奪い取っていた剣を若者に返却する。

彼の両足の間に、投げつけてやることでね。

刃が当たらないように配慮をして、敷石の上に転がせたんだ。

傷つけるつもりはない、貴重な帝国軍と戦うための戦力だから……。




「な、なんだ……っ」

「か、彼女は……ストラウス卿の妹だ」

「い、妹……」

「うん。ミア・マルー・ストラウスだよ。ちょっと、このお兄さんにお話しがあって来たんだよね」




―――見つめていたのは、お腹にナイフを突き刺されたままのシモンだ。

『オルテガ』でいちばんの権力者が誰なのか、その答えは単純明快。

ソルジェであり、ソルジェには実に多くの情報提供者が集まっている。

フリジアでもなく、ビビアナでもないよ……。




「私のお兄ちゃん……ソルジェ・ストラウスにね、教えてくれた人がいたんだ。あなたが、ビビを殺そうとしたって」




―――笑顔だったよ、口もとだけは笑顔のままさ。

目は一切、笑っていないけれどね。

蛇ににらまれたカエル……いや、カエルの群れがいたいんだ。

この場の全員が、ミアから放たれるプレッシャーに支配されている……。




―――本能というものが、理性に勝るときは多いものだった。

こんな小柄な少女に、この場の全員の命が握られているなんて。

普通は理解できるはずもないけれど、不思議なことに本能は悟っている。

自分たちが圧倒的で絶対の捕食者の前に、姿をさらしてしまっているのだと……。




―――死の気配には、誰しもが敏感となるものだ。

とくに戦闘が終わったばかりの街角にいる彼らは、死の危険から生き延びたばかり。

解放されたはずの死が、笑顔といっしょに現れたのだから。

本能は健気に、その脅威を教えてくれている……。




「ああ。もちろん。この場にいるみんな、逃げちゃダメだからね。動いたら、痛い目に遭わせるから。そのつもりでいてね。安心してあきらめるといいよ。絶対に、私からは、誰一人だって、逃げられないんだから」




―――若く血の気の多い男たちは、目の前にいる可憐な笑顔に逆らえない。

誰もが試みることだってしないし、商人のはしくれのくせに自己弁護もやらないんだ。

ちいさくて小柄なケットシーの少女は、まるで勝ち戦の将軍みたいに偉そうだった。

彼らは正しいよ、ミアは言動以上に怒っているのだから……。




「……私を、売った者がいるわけだ。当然か……」

「当然だよね。私にとって、ビビがどれだけ大切なのか……」

「彼女は、『狭間』だ。しかも、『人買い』だった」

「だから、何なのかな?」




―――シモンに対して、助言してやりたくなったそうだ。

シモンを斬りつけようとしていた若者が、シモンを心配していた。

おかしなハナシではあるけれど、それが現場の率直な空気だったそうだよ。

ミアを怒らせるべきじゃない、ミアが怒れば全員が殺されるかもしれない……。




―――だが、このシモンという人物にはいくつかの欠陥があった。

潜在的な命知らずであり、覚悟が決まると多弁になる。

世の中には、大して珍しくもないほどには。

こういう自己破滅願望を抱えた男が、どこの街角にもいるものだ……。




「……『人買い』を亜人種の君が、大切に思うなんて。おかしいじゃないか」

「おかしくないよ。友達だもん」

「友達というのは、便利な言葉だね。個人的な絆のなかに、すべてを収めようとする。ジーの一族を、君は……ストラウス卿の妹が、友達と見なすのか」

「いい子だよ、ビビは。どんな状況でも、いちばん正しいと信じられる道を選ぶ」




「『人買い』なのに、何が正しいんだ」

「そうなるしかない状況で、必死に正しく生きようとしたの。生きようとする努力は、すごく正しい。嘘をついてもいいの。死を遠ざけるためには、それは許される。ママは……ビビのお母さんとお父さんは、ビビに幸せをあたえようとしてくれた。ビビは、必死だっただけだよ」

「……彼女の事情は、知らないさ。さぞや、フクザツな状況なのだろうけれど。罪のすべてが消えるわけじゃない。彼女を殺しかけた、私自身も含めてね」

「どうして、殺そうとしたの?」




「信じてもらえるとは、思えないが。突発的なものだよ。魔が差したんだ。彼女がいなくなれば、きっと、『オルテガ』のためになる……ジーの一族が、君たちストラウス家に近寄れば、『ルファード』をひいきするだろ?……それは、『オルテガ』のためにならなかった。だから、おそらく……私は、後悔する行動をしてしまった。正直に、言っている」

「うん。信じるよ。戦場だもん。つい魔が差しただけで、誰かを殺しちゃうなんて、よくあるもん」

「……腹にナイフを突き立てられた男の耳には、とてもよく染み入る言葉だ」

「信じてあげる。あなたは、私を、わざと怒らせようとしていたから」




「……殺されてあげるよ。それで、君の怒りが消えてなくなるというならね。ついでに、この場にいる若者たちを見逃してくれないか?いい戦士として、帝国軍と戦うだろう。いつなんどき、敵が舞い戻るか分からない。若者の数は、いた方がいいだろ」

「うん。この人たちは、殺さない。でも、まだ解放はしてあげられない」

「どうして?君は彼らにまで、怒りを持ってはいないだろ」

「あなたが命がけで庇おうとするのなら、大切な仲間なんだよね。だから、釘を刺しておかなくちゃ。ビビに指一本でも触れようとすれば、殺す……その事実を、理解しておいてほしいの」




―――戦場は恐ろしい場所であったけれど、今この空間はそれより死の気配が濃密だった。

それは、薄暗くて冷たい気配。

若者たちの全員が、氷の指で心臓をわしづかみにされた顔になってしまう。

真夏の汗は冷え切って、膝はガクガクと揺れてしまうんだ……。




―――ミアの怒りに触れるのが、あまりにも恐ろしくて。

彼らの全員は、カチカチと奥歯を鳴らす。

死の気配は真夏に遭遇しても、心まで凍えさせるものだった。

彼らの全員が土下座と謝罪をしたくなる、まだしてもいない罪への罰に怯えてね……。




「……彼らは、やらないよ」

「『やらせない』、私が許さないから。それが、大切なの。思い知ってもらわなくちゃ」

「……思い知っている。リトル・ストラウス。君に、彼らは一生だって逆らえないだろう。だから……逃がしてやるといい。もうすぐ死んでしまう男の言葉ぐらい、聞いてくれよ」

「…………分かった。もう帰っていいよ。ビビには、近づかないようにね。顔は、覚えている。知ろうと思えば、何だって知れるよ。どこの街も、一枚岩じゃない。あなたたちは、怒ったときの私からは、逃げられないんだ」




―――脅しは、十分だったよ。

だって、脅しでもなくて事実の宣告なのだから。

ミアはビビアナを守るためなら、何だってする。

単純なハナシだよ、死にたくなければ彼女の怒りを買わないように生きればいい……。




「……素直に、立ち去ってくれたか。ありがたいよ。これで、私が死ねば、あのときの間違いを清算してもらえるかな、リトル・ストラウス?」




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