第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百五十
―――戦士たちが警戒するなか、商人や専門家たちも奮闘していたわけだ。
あらゆる備えが必要であり、どこで何が身を助けるか分からない。
メダルドにより許されて、多少は罪悪感から解放されたシモン。
彼も努力をしていたよ、タカ派で暴力的な商人仲間に釘を刺して回る……。
―――暴走しそうな者たちは、あちこちにいたからね。
そういう連中を無視することにはリスクがあるから、シモンはいい治安維持要員だった。
不満や不安を聞いてやるだけでも、ずいぶんと心は落ちつくものだよ。
極端な愛国心を持つ者たちは、およその場合で孤立しているからね……。
―――愛国心ごっこをしている連中が、実のところは大半なんだけれど。
ただ社交を楽しんだり、利用したりしているような連中がほとんどになる。
恐ろしくて、暴走しそうな連中は純度があって孤独なものだ。
利益や常識や政治的な流れにさえも従えず、ただ暴発をしてしまう……。
―――ほとんどの者には、理性が利くものだけれど。
孤独な純粋さには愛国者気取りの連中と、あまりにも反りが悪い。
似て非なるもので、管理が出来ないのは統治する側としては大問題だった。
そんな連中の心を落ち着ける最大の方法は、孤立させないことだった……。
―――シモンは暴走するほどの愛国心や、郷土への愛情というものを理解する。
何せ、その典型的ではなくて極端な体現者だったからね。
自分の理性や常識、果ては政治信条にさえ反してビビアナを殺しかけたんだ。
戦場がさせた気の迷いでしかなく、自分の意志を奪い取ったそれはもちろん不本意さ……。
「こんな感覚を、私以外にだって背負わせるべきじゃない。そうだろう。何ていう、居心地の悪さなのだろう。痛みがあるよ。苦しみもあるんだ。自分が自分じゃなくなった、自分に責任を持てない感覚……ああまで、ヒトは追い詰められるものじゃない」
―――不満を語る小規模な商人たち、彼らは政変の際に生まれる儲けの祝福を得られない。
およそ暴走する連中の大半は、貧乏人だよ。
全員じゃなくて、金持ちにだっているけれど。
ほとんどの場合、貧乏人なのが現実だった……。
―――世の中への不満を多く抱えているからこそ、怖くなる。
戦争という強引な手法で、世の中の形が無理やり変えられてしまう。
そんな状況においては、貧しくて孤立している思想の持ち主たちは軽んじられる。
それが現実というもの、その現実の痛みを誰よりも貧乏な若者たちは知っていた……。
「……多くの、不満があると思う。それに、不安もだ。これから、自分たちの立場が良くなるなんて思えないんだろ。でも、安心してくれ。私は、君たちと分かり合いたい。救ってやれるほど、金持ちじゃないけれど……いっしょに、がんばってやれることは出来るんだ。ちっぽけでも、無力じゃないよ。だから、落ちついてくれ。暴走するときじゃない」
―――頼りになるとまでは、言えなくてもね。
愚痴を吐き出させてくれるだけでも、暴走はずいぶんと減るものだ。
若く貧しい者たちは、基本的に恐れているだけだからね。
怖くなると、視野狭窄が見えて状況判断がやれなくなる……。
―――シモンは、その事実をよく理解しているよ。
その力学の犠牲者であり、体現者だったからね。
余裕があれば、冷静であったとすれば。
ビビアナを殺そうとはしなかったんだ、彼はそこまで愚かというわけじゃない……。
―――シモンが会いに回った連中も、基本的には善良で純粋な人々だった。
利他的であろうとする行いが、なけなしの自尊心を守っているような連中もいたけれど。
誰もが世間に打ち負かされている、弱々しくて決定権のない弱者たちだ。
シモンは連中の恐怖心に共鳴してやれたし、自暴自棄になるリスクを教えてもやれる……。
―――リーダーシップめいたものを、彼はちゃんと持っていたからね。
真に利他的で、面倒見のいい人物でもある。
ソルジェに『ルファード』の地図を渡したりするほど、積極性もあったけれど。
彼の心からの説得には、同じ弱者たちは耳を貸してくれたのさ……。
「親方たちからも、ストラウス卿に従えと言われた。それに……ジーの一族も、動いているみたいだ。『オルテガ』は、あいつらに掌握されちまうのか?」
「歴史は取り戻す。古くからの芸術品だとか……知っているだろ?私たちが子供の頃から、噴水広場には美しい女神の石像があった。あれが、戻って来るんだ。帝国に奪われた、歴史がひとつずつ、戻る。それは、私たち『オルテガ』の民の記憶を補完してくれるものだ。私たちは、自分たち自身であり続けられる。私たちは、それほど弱くはない。信じていい」
―――『オルテガ』の若い商人たちは、それなりに学力がありもした。
商人という人種は基本的に勤勉なもので、親たちも子供に対して金をかけた教育を行う。
『王無き土地』というか、中海近隣地域の特徴だろうね。
大学をたくさん創設するほど、この土地は学問に対して熱心なのさ……。
―――若く政治的には無力な商人たちであっても、学問的な話題に心惹かれた。
より野蛮な土地であれば、美術品が持つ民族的な価値なんて理解しない。
文化財がどれほど、自分たちの歴史を保障する存在なのかを知っているんだ。
なかなか賢くて、感心すべき学力の持ち主たちだった……。
―――そういう連中に対しては、やはり部外者よりも内輪の賢い年上あたりが有効だ。
シモンはちょうどいい兄貴分といったポジションに、就任してくれている。
苦しみを共有するだけでも、若者たちは落ちついていったよ。
シモンに対しても、一種の尊敬を持っていた……。
―――誰よりもテロリスト的なまでに、愛国者ではあったからね。
正しい行いではなかっただろうし、ビビアナを拉致してもソルジェを怒らせるだけ。
どう転んでも『オルテガ』に対して、有益ではなかっただろう。
それでも、行動に出て瞬間からある種のカリスマがシモンには宿っていた……。
―――シモンが会って回った若者たちは、シモンほど行動的にはなれなかったから。
あのとき、『オルテガ』のためを思って最も暴走できた人物がシモンである。
貧しい弱小商人の若者たちは、シモンほど勇敢ではなかったんだ。
シモンは実に、彼らの愚痴を聞く相手としては正しかったよ……。
―――それに、良くも悪くも。
いいガス抜きの相手になってくれたね、対話だけでは耐え切れない連中の。
言葉だけで説得が可能な相手ばかりとは、もちろんいかないから。
今にもジーの一族を襲撃しようとしていた連中まで、言葉で止める力量はない……。
「この、臆病者が!今こそ、行動に移すべきときだ!『自由同盟』に加盟するのは、構わねえ!だが、『ルファード』に支配されるわけにはいかん!」
「安心しろ。ジーの一族も、それは理解している」
「臆しているんだ!お前は……我々にとって必要なのは、暴走的な勇気だろ!」
「……おい。ナイフを抜くな。それで、何をするつもりだ……」




