第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百四十九
―――『西』についての情報がまとめられていくのは、猟兵たちにはありがたい。
ソルジェが次に向かうのは、その土地になるのだから。
薬草医の村で生まれた乙女たちの分析力と、帝国軍での従軍経験。
それに『ルファード』の物流を把握するジーの一族が加われば、状況把握は進む……。
「『西』では穀物価格の上昇が、見られていたんですよ」
「あら。興味深いことね」
「それと同時に、奴隷を買い漁ろうとする農家も生まれた」
「価格が上がるのって、普通は希少だからよね?」
「その通りですよ。不作なのかと、思っていたんですけれど」
「そうじゃないのかも、しれないわね」
「農業用の奴隷というより、技術者や……性奴隷、護衛を集めようとしていた」
「十大師団の侵略を受けて、荒らされた農地も多いはずなのに」
「彼らは、イモを植えるよりも、ずっと儲かる『作物』を植えたのかもしれません」
「麻薬の原材料を、植えた。穀物はより減るけれど、お金にはなる」
「農業用以外の奴隷は、『ぜいたく品』です」
「なるほど。そういう見方を、するものなんだ」
「ヒトがひとりいれば、食事は最低限必要ですからね。ジーの一族は、食事も出せないような者に奴隷を売ろうとはしなかった」
「美談だと、思うのは難しいかも」
「そうでしょうね。それで、いいと思います。肝心なのは、感情論ではないので」
「ええ。農家の一部か、それとも思いのほか多い人々が、イモ畑を麻薬畑に変えたのね」
「お金があれば、『プレイレス』あたりから輸入すればいいんです。先日のストラウス卿たちの奪還軍の争いが起きるまでは、比較的、安定していましたから。豊かな農地でもあるんですよ」
「音に聞こえた、豊穣なる文明の発祥地。金さえあれば、『プレイレス』のイモや小麦を輸入する農家だって生まれる」
「麻薬農家になった。堕落ですよ」
「そうかも。でも、きっと……豊かにはなった。悪いことって、儲かるものね」
「ええ。でも、それが自然発生した傾向とは、思えません」
「……帝国軍や、反帝国組織のゲリラ。欲深な連中が、無欲な農民たちを変えたのかもね」
「ゲリラからすれば、麻薬を売れれば資金源にもなる。まして、それを帝国兵に蔓延させられたら……攻撃の一種にさえなる。そういう理論武装を自分たちにほどこせば、気兼ねも減るでしょう」
「帝国軍だって、小遣い稼ぎはしたいものよ。お金と市民権を得て、故郷に戻る。それが、理想的な『成功した帝国兵』だもの」
「怪しげで、よこしまなお金が動きつつある」
「みたいだわ。地図に……麻薬の輸入記録を、書いていきましょう」
「可視化、出来るかもしれませんね」
「そうそう。それは、きっと……ソルジェ・ストラウスにも有益になる」
「あの方が、組むべき相手が見えると?」
「そこまでは、分からないけれど。あまり邪悪な人物たちと、手を組みたがらないとは思うのよね」
「……ええ。分別は、ある方だと」
「邪悪な仕事をする連中は、嫌いであって欲しいわ」
―――職業倫理を、猟兵は守るよ。
堕落こそが、最も厄介な毒だからね。
でも、時と場合では『ヴァルガロフ』のマフィアとだって手を組む。
彼女たちは悪人でもあり、職業人でもあった……。
―――『西』でうごめく連中とは、大きな違いがある。
精神性というものではなく、歴史においてだよ。
『ヴァルガロフ』の四大マフィアは、自警団として混沌とした土地を守ってもいた。
『西』でうごめく連中は、新参者たちだよ……。
「反帝国活動だけでなく、帝国軍同士の利権争いも見られる……麻薬の持ち込みを手配した商人たちは、帝国が支配的な地域からも……それ以外の、山岳地域にもいる」
「どちらの勢力も、戦争にやられてアタマおかしくなったんでしょうね」
「麻薬産業なんて……長くもつような仕組みでは、ないでしょうに」
「戦いをやるような連中って、あまり未来を考えないところがあるから。短期間でも荒稼ぎすればいいと、考えている。組むべきでないゲリラも、いるかもね」
「……裏切るかも、しれません。ストラウス卿の協力を求めておきながら、帝国軍に売り渡すような輩も出かねない」
「敵の敵も敵、そういう考えをする戦士も、見てきた。帝国軍に追い詰められて、祖国を失うと……規律なんてなくなる。常識も、消えちゃう。そういう戦士も、たくさんいた」
「誰しもが、自分に厳しくしていられるわけじゃない」
「そういう利己的な悪党については、ソルジェ・ストラウスに早めに情報を渡しておきたいわね」
「ストラウス卿は、名を上げた。リヒトホーフェンを討ち、『オルテガ』まで掌握した。『西』のゲリラだかマフィアめいた連中も、接触をしてくる……」
「ソルジェ・ストラウスからも、するんじゃないかしら。捕虜になった帝国兵たちは、言っていたもの。『西』に戦火が広がる」
「……『プレイレス』や『ルファード』、『オルテガ』は……くさびのようなもの。帝国の勢力を、東西に分けている……」
「『蛮族連合』……もとい、『自由同盟』にとってサイアクの状況は、東西からの挟み撃ち」
「一気に帝国首都まで攻め込めるような力は、さすがにない。攻め込むためにも、背後の安全は確保しておかなければ……しかし、帝国軍にも、筒抜け状態ですか」
「それは、そうでしょう。帝国軍は、この大陸を制覇したんだから。敵が、どう動くかなんて……将校レベルなら、見抜いているはずよ」
「でも。竜の速さは見抜けない」
「……そうね。圧倒的な機動力で神出鬼没。ベテランの兵士たちでも、きっと、竜だけは読めない。ベテランだからこそ、非常識な力には対応しにくいときもある」
「ストラウス卿のために、情報を集めなくては……」
「……あなたの、お嬢さまのために?」
「もちろん。私にとっては、それは大きな理由です」
「真っ直ぐなのね。忠誠心ってものかしら」
「罪悪感も、あるでしょうね」
「……『人買い』に協力していた、亜人種の薬草医だから?」
「ええ。それを罪と呼ばれたら、反論は出来ないでしょう。ビビアナお嬢さまや、メダルドさまのためにも、働きたい。役に立ちたいです。でも……もしも、亜人種と人間族が、本当に……差別というものを乗り越えられたなら。そういう世界を、私も見てみたいの。歴史上、なかった世界が……本当に、創られる日がくるのなら。それに、貢献したいわ」
「尊い感情だわ。私は、そこまで人種うんぬんのためにはモチベーションを持てない」
「いいんですよ。人それぞれで。あなたは、あなたの生き方をすればいい。自らの選択に責任を持ちながら」
「そうだね。うん。選択する自由を、得られたのはありがたい。私は、ソルジェ・ストラウスに協力するよ。自分のためにね。権力者だし、英雄だから。生きるために、付け入りたい。ああ……麻薬の売人どもみたいだわ」
「違うわ。腕のいい薬草医の才能を持つ若者よ」
「いいね。そう呼ばれてもらえる年齢のうちに、どうにか新しい人生のための設計をしておきたい。流されるだけの日々は、もう……終わりだから」
―――政治的な理由だとか、哲学的な理由だとか。
利益のためだとか、あるいはただの感情論でも大歓迎だよ。
『自由同盟』は大きな混沌の力を、いつだって求めている。
混沌なまでの『自由』は、きっと我々に豊かな可能性を与えてくれるはずだから……。




