第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百四十八
―――医学の専門家たちのおかげで、我々は貴重な情報を入手している。
『ルファード』では、『西』にまつわる不穏な薬物輸入もね。
セザル・メロというよりも、これはボーゾッドの私物臭かった。
麻薬の輸入に、サルマもエルフの薬草医も気づく……。
「よくあることですね。とくに、帝国貴族のたぐいは。嗜好品だと考えているのか……でも」
「個人使用にしては、量が多いかもしれないわよね。ボーゾッドは、精神的に未熟だったらしいけれど、中毒者じみた振る舞いがあったとまでは聞いていないわ」
「彼が個人的に使っていただけではない、ということでしょうか」
「リヒトホーフェンに対抗したがっていた。リヒトホーフェンは、奴隷貿易を掌握していたから、お金では勝てそうになかったから……」
「資金源として、麻薬を売っていた?」
「帝国軍内に、麻薬が蔓延していたというウワサは、聞いたことはない。でも、高級将校専用にだけ使っていたり……帝国軍以外に、売りつけたりしていたら、看護兵の耳に入らないって事態もあり得る」
「まさか、ジーの一族が麻薬の売買に手を出していたと?」
「さあ。それは知らないから、聞いているの。一々、怒らないでよ?あんたたちを侮辱するつもりはないのは、分かっているでしょ。明らかにしたいだけ」
「……私みたいな亜人種が言うと、おかしいと思われるかもしれない。でも、ジーの一族には、矜持がある。『人買い』としての矜持は、あったのよ。稼ぐのならば、これで稼ぐ。他のビジネスが、本業に勝ることはない。麻薬を使うことがあったとすれば、手術の麻酔にしか使わない。その点では、私も患者に使ったことがある。戦いで捕らえられた亜人種たちには、切断しなくちゃならない手足を持っていた者も大勢いたんだから」
「そうね。こっちもよ。看護兵の仕事の半分は、ちょん切る仕事。医者が足りないときは、私みたいな性格の看護兵は、引っ張りだこだ」
「……麻薬は、使うこともある。でも、最小限。メダルドさまは、それで稼ごうとはしない」
「分かったから、怒らないでよ」
「怒っては、いませんよ。誤解されるのは、当然だから」
「でも。これで推理の範囲がせばまってくれたわね」
「……個人利用では持て余すほどの麻薬を、輸入させていた。背徳的な社交のパーティーも、貴族や富裕層は行う」
「背徳的なパーティーで、麻薬を吸っていた?」
「ボーゾッドは、お金も欲しい。けれど、権力も欲しかったでしょう。リヒトホーフェンの方が、立場も実力も、年齢だって上。実績のある伯爵と、劣等感むき出しの小物。政治力の差は、歴然でしょう」
「キツイ言い方をするのね。でも、正しい」
「もちろん。無意味に誰かを悪く言いたいわけじゃないわ。とくに、故人に対しては」
「いずれにしても、麻薬の使い方は……小銭を稼ぐか、人脈を築くために」
「お嬢さまに使われなくて、良かった」
「そうね。かなり惚れていたみたいだもの」
「美しいお嬢さまには、男は言い寄ってくるから」
「保護者目線になるんだ。何だか、ほほえましい」
「そう?……お嬢さまの母親は、私と同じ南のエルフ。同じ村だったし……同じ、奴隷だった。私よりも、ちょっと年上だったけれど。覚えている。美しくて、やさしい方だった」
「……思い出語りが長くなりそうなら。今夜にでも、聞いてあげるわよ」
「……ええ。聞いてくれるなら、お酒と一緒に語り合いたい」
「女子会か。いいね」
「今は、仕事」
「麻薬を個人利用以外での消費先は、分からない。倉庫にも、空ね。兵士たちが、気づいて持ち出したりしていなければいいけど。手癖の悪い連中もいたのよ。『懲罰部隊』、つまり、クソみたいな犯罪者どもを子飼いにしていたからね」
「……麻薬を、さばくのも得意そうな連中です」
「どこに消えたのかは、戦闘直後の混乱では追跡不能。兵士は、略奪に慣れているから。もちろん、『自由同盟』側の兵士たちもそうだし、内外の商人たちも戦闘後の混乱では盗賊まがいの行いもするでしょう。失礼な態度のつもり、ないわよ」
「現実的ですね。どこの戦士も、略奪は行う。商人も」
「ヒトには欲があるからね。だから、元気に働けるわけでもあるけど……とにかく」
「消費先は分からなくても、仕入れ先は分かる」
「その通り。軍医やそれに準ずる人物のサインと、軍の指揮官……つまり、ボーゾッドの許可があれば、麻薬だって、『薬品あつかい』で麻薬は、堂々と輸入できる。他の帝国貴族や、十大師団が掌握する土地からでもね。検査はなし。通常は、麻薬のやり取りは禁止されているの。皇帝が禁じているから」
「意外と、まともですね」
「ユアンダートは、合理的なの。麻薬だとか、異教活動を放置すれば、どうなるかを理解しているんでしょう」
「……ボーゾッドは、『西』から麻薬を仕入れていた」
「あっちの戦線も混乱があるからね。本国から離れすぎているから、帝国兵の練度も悪いとか。ゲリラどもも多いと聞く。派遣されなくて、良かったと思っていたのよ」
「立て込むのには適した山脈が多いと聞いています。帝国に滅ぼされた諸国の戦士たちは、立てこもった」
「一般論を言うわね。あなたの知人が『西』の戦線で滅亡した王国の兵士だったりしないように」
「気にしなくていい。私の血縁も知人も、『西』にはいない。知りうる限りでは」
「国を滅ぼされたあとも残っているような軍隊は、どこでもおよそクズになる。暴力と略奪を正当化して、山賊になるのよ」
「でしょうね。悪に堕ちれば、見境がなくなっていく。やがて、組織哲学も、朽ち果てる」
「兵士じゃなくなるわ。帝国に滅ぼされた歴史も忘れて、帝国とつるみ始める。ユアンダートの鋭い目が届かない地域であれば、好き勝手やりたがる貴族や高級軍人たちが跋扈するの。かつての敵同士でも、利益のために歴史を忘れて組みたがる」
「どちらも、ユアンダートから見れば負け犬でしょうからね」
「そういう手厳しい評価の仕方、すごく医療関係者っぽくて好感が持てるわ」
「『西』の混沌とした戦線から、ボーゾッドは麻薬を輸入していた。メダルドさまとお嬢さまに伝えれば、評価をし直すでしょう」
「意外と、お坊ちゃん貴族にしては腹黒かったと?」
「いいえ。よりダメな男だったと下方修正するのです。麻薬を持ち込んでいたとしても……ボーゾッドは『主体』ではないでしょう。どうせ、つけ込まれていたのです。『西』の悪人どもに。利用されていた。たくさんの強者に踊らされていた弱者に過ぎません。お嬢さまを求めたのは、空虚な自分に最高の花嫁を与えてやることで、劣等感を満たすため。本当に、つまらない男だわ」
「あはは。うん。ほんと。好きだよ、エルフの姉さん。医療職は、クールで現実的じゃなくちゃね」




