第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百四十七
―――医学について、人類はおおむね熱心であり真摯な態度を貫いている。
当然ではあるよね、いつ誰がどんな病気になってしまうか分かったものじゃない。
自分の身内に、恐ろしい病魔に殺されたことがない者など存在しないのだから。
ソルジェも、この地域での戦いで医学に関係する者たちは助けてきた……。
―――メロ兄弟だとか、どうしようもない人物たちは別にしてね。
聖なる職業のひとつだと、断言できる。
戦士は命を奪い、医者たちは命を救えるのだから。
バランスを取らねば、この世はちょっと死が増えすぎてしまう……。
―――セザル・メロのもとで働いていた者たちも、情報を精査しつつあった。
元・帝国軍看護兵のサルマたちだよ、『ゴルゴホ』たちと間接的な接触をしている。
薬草医の村で生まれた彼女たちは、レナスの襲撃で傷つけられた者たちの治療を終え。
今ではセザル・メロについての情報を、嗅ぎまわっている……。
―――『ルファード』での戦いは、終わったけれど。
彼女たちは元・帝国の看護兵であり、その立場は弱含みしていると自己評価していた。
ソルジェが自ら捕虜にしたから、実のところ安泰じゃあるんだけれど。
レナスが大暴れしたせいで、周りの人々の悪意が自分たちに向かうと心配している……。
―――献身的ではあるよ、彼女たちはエルフの薬草医の手当ても完璧に行ったしね。
ジーの一族に献身的に仕える、あの女性のことさ。
おかげで重傷ながら、彼女も働き始めている。
奴隷たちへ行っていた医療の経験は、素晴らしい経験値となって生きているから……。
「書類を、まとめましょう。きっと、メダルドさまや、お嬢さまのために役立つ情報があるはずですから」
「あまり動かない方がいいわよ。傷口が開いてしまう」
「動くべきなの。ちょっとでも、『カール・メアー』の印象を、改善しておきたい。お嬢さまの親友なの」
「フリジア・ノーベルは、裏切り者……」
「裏切るしか、なかった。お嬢さまを人質に取られただけのことよ。でも、お嬢さまはご無事だった」
「……怒りではらわた煮えくりかえっている人たちにも、通じればいいけどね」
「難しくても、やるの。南のエルフは、同族に対しての報復をしたがる。私が元気に働いていれば、ちょっとでも印象は良くなるの。不要な争いを、させたくない」
「女って、男に甘いわよね」
「メダルドさまとは、そんなのじゃないわ」
「……そうなの。別に、いいけど」
「とにかく。情報を集めておきましょう。『カール・メアー』は、寄生虫の力を使っていた。『ギルガレア』さまの力。セザル・メロと、関わりがあったはずだから」
「そうね。資料を漁って……ちょっとでも有益な情報を。私たちは、より良い条件で、保護されたいの。他の二人はともかく、私は……こちら側につくつもり」
「『自由同盟』に、つくというわけですか?」
「どっちだっていいの。帝国軍に従軍して、看護兵になったのも望んだ結果じゃない。なるしかなかったから……状況に流されるだけで、この乱世を生きるのは、もうやめにしたい。ストラウス卿の役に立って、こっち側で生きる」
「女って、男に甘いですよね」
「……意地の悪い。ほんと、女よね、我々は」
―――ちいさな出会いがあったようだよ、『プレイレス』から来てくれた援軍の戦士。
人間族の若い戦士は、矢傷を負ってサルマに治療してもらった。
義勇兵らしく、情熱的な人物だったらしい。
サルマは熱烈な愛の言葉を受けて、返事はまだだが……。
―――乱世というものは、生き方に選択肢を多くは与えてくれないよ。
それでも、ときどき人生を変えるに相応しい出会いもあった。
ヒトの運命というものは、乱世にさえ負けないものかもしれないね。
そう考えておくと、明日も気持ち良く生きられそうだからオススメだ……。
―――セザル・メロの残した文章と、薬草関連の取引記録。
捕虜にした帝国兵どもから得た、『蟲』関係の多くの証言。
それらを彼女たちは、几帳面にまとめ上げていく。
彼女たちは現場で働く臨床家だけど、医療現場は研究者めいた記録を好むからね……。
―――情報の分析については、なかなかの腕前なんだよ。
パロムは事務的な作業を過小評価していたし、その気持ちも分かりはする。
こういった作業に必要なのは、才能よりも途方もない集中力だけ。
才能ではなく、ただの根性と習慣的なまでに身につけた経験則が力となった……。
―――これもこれで、なかなか評価すべき態度ではあるんだよ。
パロムやフリジアには、あまり向いていないかもしれない。
才能のある戦士であり、若くて活動的なんだ。
向いているのは、やはり戦場だということさ……。
―――文章との戦いに、彼女たちの胆力は勝利をする。
セザル・メロの研究意欲が取り寄せた、無数の希少な薬品たちの記録。
それらを彼女たちは、リストに仕上げるという見事な仕事をしてみたのさ。
このリストの読解をするに相応しい才能たち、自らの手によってね……。
―――メダルドのもとで働いたエルフの薬草医は、薬品の輸入に詳しい。
『ルファード』に対して、どういった経路で流れ込んでくるものか。
帝国軍とセザル・メロのもとで働いていた、サルマたちは帝国軍の薬品輸送に詳しい。
しかも、あちこち旅しているし薬草医の村の出身でもあるからね……。
「私たちなら、この薬たちが、どうやって『ルファード』に到着したのか……」
「読み解けて、しまいそうですね。いや。読み解ける」
「そう。セザル・メロが、おかしな秘密主義者でも、問題はない。物の流れは、何だかんだで、正直だからね」
「……寄生虫を入れられていた、帝国兵の捕虜たちも協力してくれるはず」
「でしょうね。あいつらは、リヒトホーフェン敗北の報告を知って、ますます自己保身に走るはず。周りの連中も、殺気立っているし……とにかく。生きたいって、願うものよ。私たちみたいな、英雄になれない小市民はね」
「利用、できそうです」
「実際、出来ちゃうと思うわ。『カール・メアー』への怒りを、『蟲』に対して集中させるなんていう、印象操作もやれるかも。帝国兵の捕虜は、イース教徒じゃあるから。『カール・メアー』の宗派は、乙女しかなれないでしょうけれど……同じイースを信じている」
「争いを、弱めるためにも……『カール・メアー/イース教徒』の襲撃よりも、寄生虫の脅威だと認識させた方が……平和になりそう」
「……情報を、流してみる?」
「そういうのは、ジーの一族は得意なんですよ。大商人なので」
「あんたも、すっかり一族の一員気取りね」
「社員なだけですよ。何でも、色恋に絡めないように」
―――平和のためには、嘘もやむなし。
そもそも、完全な嘘というわけでもないからね。
『蟲』に寄生され操られていた者を、『ルファード』にいる者たちは目撃している。
死者でさえも、傀儡にされもしたんだ……。
―――『カール・メアー』だって、寄生された『蟲』に操られるかもしれない。
そういう物語には、信ぴょう性は十分にあったから。
皆で、いがみ合うよりもはるかに生産的で救いのある嘘のはず。
何より、セザル・メロの薬品輸入の経路を追いかけるために有益だ……。
「……この薬の流れが分かれば、セザル・メロの協力者が見えてくるかもしれない。リヒトホーフェンの協力者でもあるでしょうし……医学を邪悪な使い方している、クズどもの巣が見えるかも」
「リヒトホーフェンやセザル・メロ以外にも、いるのですね」
「戦いの道具になるから。命を救うだけじゃない。あんな、おぞましいバケモノに姿を変えてしまえば……魔物にするようなものだわ。あんな行為をする連中は、生かしておくべきじゃないし……それに、たぶん、この輸入経路を見破れたら、『ルファード』にも有益でしょう」
「ジーの一族は、薬品を大量に作る予定ですから。『最高の素材』を、入手できるかもしれない。帝国勢力を騙してね。セザル・メロが、まだ生きているようなふりをすれば、きっと、薬品は送ってもらえるでしょう。善悪の判断を気にしなければ、あの研究はかなりの規模ですから。相当な予算と、権力に守られていた。しかも、秘密裏に行われていたわけで」
―――つまり、希少で価値のある薬草だとか錬金薬のたぐい。
そういったものを、ジーの一族はタダで手に入れられるかもしれないってことさ。
帝国に対しての打撃にもなるから、非常に有益な行為だろうね。
ただの戦士たちには、こういった戦いはやれないものだ……。
―――彼女たちの努力も、『ゴルゴホ』を追いかけるための有益な手がかりの下地になる。
それに、希少な薬品を取り寄せられれば『大天才』も喜ぶよ。
ソルジェから無理難題を命じられがちな、現代最高の錬金術師さんがね。
ルクレツィア・クライスさんだよ、彼女には希少な実験材料を与えるべきだ……。
―――セザル・メロが、どんな薬品をここに運んでいたのか。
それを知るだけでも、おそらく様々な事象を見抜いてくれるだろう。
『ヒトを魔物に変えるような寄生虫』や、その仕組みについて。
最高の錬金術師は、かなり読解しつつあったのだから……。
―――ボクは、求めちゃいないけれどね。
でも、敵が使うかもしれないだろ。
『今後も』、ああいった力をね。
それをカンタンに無力化できるような錬金薬があれば、とても有利だと思うわけさ……。




