第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百四十三
―――ビビアナは、大きな仕事を成し遂げていく。
幸運を、最大限に活かしながらね。
彼女は、運がいい人物?
人生のすべてを評価すれば、まったくもってそうではないさ……。
―――でも、少なくともこの瞬間は幸運の持ち主だったよ。
見事に『オルテガ』の大商人たちを、自分のプランに巻き込んでいくのだから。
ソルジェの権力を利用すれば、彼女ほどの実力があれば十分にやれたことだけど。
ここまで、すんなりと事が運んだのには運もあった……。
―――『オルテガ』商人たちは、『自由同盟』が重要視する行いをしてくれる。
『薪』を買い漁ってくれたことは、どうにもこうにも大きいのさ。
ボクたちが最終的に狙う、勝利の季節のためにはね。
たった一度のチャンス、それにすべてを注ぎ込まなければ……。
―――そのための重要なピースを、彼女はまたひとつはめてくれたんだ。
おそらく、多くのことを悟りながらね。
『自由同盟』の狙いにも、気づいている。
全容はともかく、ソルジェの最終的な狙いは知った……。
―――それを見抜いていた者は、この場にもうひとりだけいたよ。
乙女の体に閉じ込められたような身分、メダルド・ジーだ。
ビビアナの演説口調のビジネス・トークを聞きながら、彼だけが気づく。
どの言葉に、どれだけ本心からの感情が含まれているのかの構成をね……。
―――『オルテガ』には、潜在的なチャンスがある。
だが、それを自覚させるわけにはいかない。
知れば口から漏れてしまうし、そうなると帝国に対応されてしまう。
帝国はこの期に及んでも、もちろん『自由同盟』を過小評価しているからね……。
―――ユアンダート自身は、分からないけれど。
ソルジェという九年前に殺し損ねた、ガルーナ人。
それが自分にとってどれだけの脅威となり得るのか、誰よりも理解している。
ユアンダートが殺意をもった相手で、これほど生き延びた者はいないんだ……。
―――不吉な予感と共に、大陸で歴史上最大の領土を獲得した男は。
時おり空を見上げる日があるはずだ、いつでも竜は自分を襲えると知っていた。
ガルーナの竜騎士が脅威だからこそ、敵対していたバルモアとさえ手を組んだ。
バルモア人にとって、最も同胞を殺した一族がどう動くのかを知っていたのに……。
―――デザインされた暗殺だよ、竜も竜騎士も根絶やしにしたはずだった。
それが、九年も生き残ったあげくに。
増えつつもある、ミアとルルーシロアだ。
長らくの同盟者であったユアンダートは、ガルーナ人の意志を知っているだろう……。
―――ソルジェの考えを、誰よりも読める者がいるとすれば。
猟兵を除けば、ユアンダートはかなり有力な候補と言える。
気づいているかもね、ヤツだけは油断しないかもしれないから。
だが、あまり問題はないよ……。
―――世界は大きな文脈の流れに乗せられて、半ば勝手に動くものだ。
ユアンダートの創り上げてしまったファリス帝国は、あまりにも大きい。
自分たちの栄華が終わる日を、彼らはまだ想像さえできていない。
やがてこの動乱も、ユアンダートと遠征師団が制すると信じている……。
―――ヒトは、信じたい情報を可能な限り鵜呑みにする獣だからね。
周りがそういった文脈を築いてくれれば、皇帝だって逆らえない。
その最大の理由が『何』なのかを考えると、歴史の皮肉に気づけるだろう。
九年前の裏切りと共に、懐柔を行った敵であるはずの者たちだ……。
―――バルモアは連邦を解体されたし、戦士を暗殺騎士団として消費されている。
それでもね、まだまだ大きな力を持っているんだよ。
ガルーナを裏切ったときに紡いだ絆のせいで、倒し切れなかったんだ。
バルモアが帝国の不利を悟ったとき、どうするのかな……。
―――歴史の文脈は、極めて単純なものだ。
だから、長い歴史さえも学者たちはその大半を暗記してしまえる。
かつて敵であった者と、真の和解や共存を成し遂げられる者は極めて稀有だ。
我々の目の前にいる、例外的なパロムとフリジアを除けばまったくもって少ない……。
―――これはソルジェの復讐の一部でもあり、運命の反逆でもある。
大陸最大の権力者は、いくらかポーカーフェイスに頼らなくてはならない。
自分の最愛の息子を奪った、ソルジェ・ストラウスのせいで。
忌々しい時間だろうし、多くの祈りを捧げる時間でもあった……。
―――ソルジェは戦場の片隅で、仕事を終えていたよ。
『フクロウ』に乗せて、暗殺すべき候補とその手順をボクたちに送ってくれた。
若干の修正はあるけれど、納得するさ。
ソルジェは九年前に比べて、ずっと物分かりがいいんだからね……。
―――猟兵たちをゼファーに乗せて、天空で円を描くように。
『オルテガ』の周辺を偵察していく、敵の動きは比較的ゆるやかだったよ。
まだリヒトホーフェンの末路を知らない者も多いだろうし、夏の昼は日差しが強い。
炎天下のビジネス談義に慣れた、『オルテガ』の商人以外には辛い時間帯さ……。
―――幸運と工作の乱打のおかげで、『オルテガ』は突貫の修理を成し遂げる。
こちらも疲れ切りそうだったけれど、敵も混乱していた。
敵が来なかったおかげで、正午になる前には西側城塞の簡易な修復を終えている。
その場にもビビアナは、顔を出していた……。
―――重要さを持つ場所には、とにかく顔を出すことに決めたんだよ。
可能な限り、ビジネスの人間関係を拡張することに務めた。
フリジアは律儀に、ボロボロの体で護衛を続けていたよ。
『曙』を預けられているから、問題はないだろう……。
―――パロムは『ストラウス商会』として、この地にやってきた先輩たちに。
先ほどのアイデアを相談していたよ、誰もが納得するようなことでもない。
下っ端の意見を、聞くという行為だよ。
内容以前に、パロムの地位の低さがモノを言う瞬間もあった……。
―――でもね、このときも幸運が味方する。
『ストラウス商会』のもとに顔を出していた、賢い巨人族がいたからさ。
『ストラウス商会』の社員たちは、ソルジェとロロカに絶対の忠誠を抱いているけれど。
ガンダラについては、異常なまでの信頼性を持っていた……。
―――『ヴァルガロフ』で、『ストラウス商会』に指示を出したのはガンダラだ。
血気盛んなところもあるディアロスの戦士たちが、他の土地の者と衝突せずに。
調和するように導いたことも、幾度なくあった。
『ヴァルガロフ』の輸送業者は、『ストラウス商会』のビジネスとかぶったからね……。
「いいアイデアですな。取り入れるべきでしょう」
―――その一言に、逆らえるディアロスの戦士はいなかったのさ。




