第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百四十一
―――賢くない方々の暴走なんて、どうにも不吉な気配がしたものの。
意気揚々とした勢いで、ユニコーンの『曙』と共に進むパロム。
そんな彼女たちを、フリジアは止められなかった。
どこかパロムの行動に、期待していたのかもしれない……。
―――炎天下での会議という、緊迫感を煽る商談の場。
そこで政治力をにおわせながら、『オルテガ』商人たちをリードするビビアナ。
彼女はパロムの接近に気が付いていたよ、ちゃんと周辺を見渡せていた。
暗殺されかけたせいで、感覚は研ぎ澄まされていたからでもあるし……。
―――もしも、『オルテガ』のベテラン商人たちが反抗的な態度をしたとき。
パロムを利用するつもりでもあったのだ、『ストラウス商会』の一員だからね。
名前からして、非常に『誰の所有物』なのかが明確な会社ではある。
なかなかにしたたかな計算をしつつ、彼女は状況を俯瞰していたわけだ……。
―――向こうから参加してくれるのは、ありがたいと感じる。
だから、あえて接近を許してもいた。
もちろん、発言の内容までは分かるはずもないけれどね。
フリジアのとなりにいたことは認識済みだから、敵ではないと信じられたのさ……。
「ビビアナ・ジー、『ストラウス商会』は、お前に乗るぞ!!運んでほしいモノがあれば、私に言え!!なんでも、すぐに、運ぶ!!どこまでだってな!!」
―――もちろん、それは独断であったよ。
若いパロムに『ストラウス商会』の方針を決めるような権力なんて、あるはずもない。
でも、その事実を『オルテガ』の商人たちは知らないからね。
広場に轟くほどの大声での主張は、『ストラウス商会』の総意であるかのようだった……。
―――リーダーシップを『学ばせるとき』、指導者はいくつかのコツを教えてくれる。
そのひとつは『堂々としていること』、姿勢や態度だけでもヒトは印象操作されるからね。
さらに『大声で主張すること』、これは分かりやすくもあり伝授しがたいセンスだった。
いくら賢くて自信がある人物でも、大声で話せるとは限らないものだよ……。
―――少なくない文化圏において、大声でしゃべるなんてことは『はしたない』からね。
礼儀作法を学ぶとき、『騒がしくしなさい』なんて教える教師がいるはずもない。
たまにはいたとしても、それはずいぶんと変わり者だろう。
教育を受けた者ほど、大声でしゃべりにくくもなるのさ……。
―――政治家や貴族や王族、あるいは戦士や軍人。
人前での演説をしなくちゃならない者にとって、これはセンス/生来の才能が必要なんだ。
その点では、極北の野蛮な勇者の一族として生まれたパロムは合格だ。
ソルジェ並みとはいかなくても、凛とした大声の持ち主だったからね……。
―――威風堂々とした態度も、極めて人受けがあるものさ。
パロムには自覚がないけれど、実のところリーダーの資質を多く持っている。
マジメで裏表がない顔も、かなりいいよ。
単純な性格の方々からは評価されるし、他者を操りたい腹黒商人からも好まれるから……。
―――『オルテガ』のベテラン商人たちは、パロムの単純さに大きく惹かれていたよ。
『ストラウス商会』の輸送能力を、彼らの情報通な耳は捕らえていた。
ユニコーンについての理解はまだだが、実務的な能力は相当なものだよ。
ありえない物流の動きを、市場価格の推移から推し量っている……。
―――乱世は混沌とするものだし、帝国軍が各地で敗北を喫するのは異常事態だ。
物流の動きが、かなり歪んだとしてもおかしくはない。
それでも、『より悪くなるはずだった』。
でも現実は、真逆の現象が支配している……。
―――『ストラウス商会』の輸送能力があるからこそ、『自由同盟』は助かっていた。
帝国軍はユニコーンの輸送能力を考えられない、その結果としてこちらの戦力を見誤る。
帝国軍人や商人たちが交わす会話の多くは、『そのうち兵站が切れるはずだ』。
通常ならばそうなって当然だよ、大遠征はあまりにも軍隊を疲弊させるものだから……。
―――ユニコーンの輸送能力と、ロロカ・シャーネル/ディアロス酋長の令嬢。
それに声をかけたクラリスは、非常に先見の明があったということだよ。
このけた違いの輸送能力のおかげで、帝国軍は我々を過小評価してくれたんだ。
プライドの高い帝国軍の兵士とは違い、商人たちは現実的だからね……。
―――『ストラウス商会』の商業的価値を、より客観的に評価し始めていた。
『自由同盟』の輸送能力、兵站能力の健常さには『秘密がある』と。
その秘密と、こうして目の前で触れている。
ユニコーンという怪物の群れを、『自由同盟』は有していたと納得していた……。
―――そういう事情があるからこそ、ベテラン商人たちはパロムを口説きたくなる。
もちろん恋愛ではなくて、ビジネスの相手としてだよ。
パロムはこの瞬間から、『オルテガ』の商人たちから頼りたくなる人物の一員になった。
会合には顔を出すべきだね、こういう『出会い』があるのだから……。
―――どんな縁であったとしても、ないよりあった方がいいものだからね。
とくに商売をするとき、顔が広くて損することはないものだ。
パロムはある意味で、大きな出世を果たしていたよ。
それは彼女の決めた、『狭間』を勧誘する行いに対しても有利な働きをする……。
―――いつかボクたちは、見るのかもしれない。
『ストラウス商会』において、大きな出世を果たしたパロムのことを。
若さがあるからね、柔軟なんだよ。
ほかのベテランのディアロス戦士たちより、ずっと多くを吸収していくから……。
―――可愛い子には、旅をさせてみるべきだね。
古き言い伝えのように、多くの成長を獲得してくれるものだ。
そんなパロムを見て、商いの計算をしていたのは『オルテガ』の商人だけではない。
もちろん、誰よりも現状を把握しているビビアナは喜んだよ……。
「ええ!もちろんです!『ストラウス商会』の方々とは、特別な絆を感じていますので!こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
―――政治的な演技力に長けた乙女は、その一言に多くの技巧を込めていた。
愛らしいまでの屈託のない笑顔は、信頼と親しみを表現していたよ。
まるで旧知の仲かのように、パロムを誤解されるほどだ。
それを『オルテガ』のベテラン商人たちは、衝撃をもって受け止める……。
―――ジーの一族の輸送能力は、想定の何倍かあるかもしれなと。
ジーの一族に関わらなければ、とてつもない大損をするかもしれない。
乱世で破壊的なまでの輸送能力を有する『ストラウス商会』に、通常の輸送では勝てない。
それが、ビビアナ・ジーとずいぶん親しい関係性にあるようなのだ……。
―――偶然も利用してこその、ビジネスということだよ。
ギャンブルと詐欺の要素は、商人の生き方と切っても切り離せないものだから。
ビビアナには運もあるらしい、それを何倍にも効果的に使う『演技』の力もね。
こうして、ビビアナ・ジーはより安全な立場になる……。
―――『オルテガ』の大商人からは、暗殺を狙われるリスクは消えたようなものさ。
ソルジェに嫌われたら、『オルテガ』商人は処刑されるかもしれないけど。
『ストラウス商会』に嫌われたら、ビジネス・チャンスを喪失するんだから。
商人として、どちらがより嫌なのかは明白だってことさ……。




