第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百三十九
―――商人たちが希望を見つけ出そうとしていたとき、パロムもまた希望を見ていた。
『狭間』という存在が、どれだけ忌み嫌われているのかを知っている。
まして、それが『人買い』であったならばなおのこと。
そうだというのに、ビビアナは笑顔だったのだ……。
―――ビジネスのハナシが、始まっている。
いかついジーの一族の社員と、巨人族の若い戦士たち。
南のエルフの戦士たちも、いつの間にかビビアナの作り出した輪のなかにいる。
夏の暑さに照らされながら、ビビアナは『オルテガ』商人たちとの交渉をしていた……。
「ジーの一族は、もはや『人買い』ではありません。それだけに、より大きな商いもやれるのです。ストラウス卿や『自由同盟』の軍、そして、『オルテガ』や『ルファード』を含む、この地域の全員から成る軍……治療薬はいくらでもいる。信頼できる薬瓶の製造が急務ですが……薪が枯渇しているはず。リヒトホーフェンは、幾度も軍を動かした」
―――行軍に必要なものは、いくつもある。
食料や炊事のための薪も、不可欠なものだよ。
『ルファード』軍との戦いで、リヒトホーフェンは軍を使い過ぎていた。
駐屯している『ルファード』軍も、もちろん食料と薪を消費する原因になる……。
―――枯渇した薪の奪い合いというものが、『オルテガ』内部では起きているわけだ。
軍需物資として、『ルファード』軍は帝国軍がかき集めた薪を確保しているしね。
もちろん市民たちにも、炊事や仕事に必須の薪は確保しておこうと願う。
その結果、薪が不足しているとビビアナは見抜いていた……。
「ストラウス卿は、重要な戦略物資として薪を扱っています。新規に確保するのは、困難になるでしょう。戦士も市民も、薪を確保したい状況では、職人たちに薪が供給されにくくなる。薪を扱う商人たちも、値の吊り上げを試みるでしょうし、それはビジネスとして当然。私たちには、薪が必要になる」
「ジーの一族は、用意できるとでも?」
―――『オルテガ』の大商人のひとりが、眉間にしわを寄せながら訊いた。
ビビアナは自信たっぷりといった表情で、うなずいてみせたよ。
彼女には、若き元・盗賊たちが味方してくれている。
戦闘だけでなく、ビジネスに興味のあるリーダーたちがね……。
「『オルテガ』からも薪を運べます。南のエルフたちの領域と、ハリートビー廃鉱にも。リヒトホーフェンは、南のエルフたちを攻め滅ぼすつもりだった。『拠点』として、薪や補給物資をため込んでいたとの証言がある。回収すれば、私たちはかなりの量の薪を得られます」
「それは、ストラウス卿が掌握するのでは?」
「そうなったとしても、私がいれば交渉可能です」
「……君に、ビジネスを牛耳られそうだ」
「儲かりますよ。商人の真実というものがあるとするのなら、ビジネスに実直でることのみ。ジーの一族と組めば、薪の問題は大きく解決できる。薪を確保するための、『お手伝い』も可能です。帝国側に与する商人からも、薪を買えばいい」
―――リヒトホーフェンが軍を何度も動かしたせいで、薪不足は見えていた。
東にいる人間族の商人たちは、薪を始め補給物資を売り込もうと考えている。
ビビアナは、そういった商人たちからも薪を買い取ろうとしていた。
もちろん、『オルテガ』の商人たちも『最初からそのつもり』だよ……。
―――リスクがあるとすれば、政治的な理由さ。
ソルジェがそれを許さないかもしれない、『オルテガ』の商人たちは考えている。
どういう考えをソルジェが持っているのか、すべてを把握しているわけじゃない。
『帝国軍から薪を奪い取ることを、ソルジェがどれだけ狙っているかも知らない』……。
「交渉を円滑に行えるように、私もストラウス卿に進言できる」
「……君とストラウス卿は、べったりかね」
「盟友ですから。この地域でのビジネスの手法を、私たちから彼は学び取るでしょう。私たちはリードできるチャンスがある。それを手放しますか?」
「……いいや。手放すつもりはない。もとより、私たちは稼ぎたい。『オルテガ』を安定させるためにも、物資はいくらあっても困らない」
「薪についての供給は、十分に見込めるので。どうか、『オルテガ』内で薪の価格を高くしないでくださいませ」
「分かっているさ。そっちの方が、帝国系の商人たちからも、安く買い取れる」
「ええ。帝国の情報網は、鋭敏ですから。とくに、ビジネスに対しては。『オルテガ』の実情を、商人たちには伝わってしまう。彼らも、期待しているはず」
「あちらの商人も、戦闘に巻き込まれるリスクを承知で、『オルテガ』に補給物資の売り込みをしたがる。必ず、『自由同盟』についた我々に対しても、売りつけようとするさ。大量の商品を、持ち帰るのは酷だ。帝国軍に没収されるかもしれないし、我々が略奪するかもしれない」
「あくまで、商人相手にはスマートな対応をいたしましょう。そうすれば、『また売りに来てくれる』でしょうから。帝国が禁じたとしても、非正規の取引で物資を売りつけようとしてくれるはず」
「商人からすれば、敵とだって取引するもんだよ。『オルテガ』は、支配者が変わる度に、新しい『お抱え商人』の派閥が生まれるものだ」
「聞き及んでおります。新しい支配者と『仲のいい商人たち』が、富めるもの。帝国商人はストラウス卿を政治的には恐れるでしょうけれど、ビジネスの場ではそうはならない」
「君の言ったとおりになるだろう。『オルテガ』内での薪の値段が安定していれば、連中は『ご祝儀価格』で売ってくれる」
―――商人は、政治家ではないからね。
政敵とだって、笑顔で商売をするものさ。
『オルテガ』という支配者が幾度となく交代してきた迷宮都市、その新たな支配者と。
新しく儲かるビジネスがしたいと願う者は、少なからず帝国商人にもいる……。
―――この街の『歴史』を、ビビアナたちは使いこなそうとしているのさ。
支配者が変われば、かつての派閥に属していた商人たちも失脚する。
空位になった『支配者に愛された商人』の座を求め、敵と味方の商人たちが必死に動く。
この土地の歴史においては、いつものことだった……。
「帝国商人からも、薪を買い入れましょう。燃料の問題は、なくなります。薬瓶が作られるのなら、あとは『ルファード』で作られる薬液を注げばいい。ジーの一族と『ルファード』は、腕のいい錬金術師や薬草医を囲っていますので。私たちには、敵対する自由もありますが……手を取り合えば、敵対したときよりも、はるかに儲かる。仕事と燃料価格が安定するのであれば、『オルテガ』の市民生活復興のためにも、大きく役立つことにもなる。戦の勝利だけでは、復興は成せない。商人あってこそ、その回復は可能なのです」




