第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百三十八
―――信じたいし、信じてもいる。
だが完璧ではないからこそ、どうしても安心は出来ない。
あらゆるビジネスに、ギャンブルと詐欺の要素はつきまとう。
賭けるという行為には慣れているが、『未来』が持つ可能性はあまりにも大きい……。
「……ヒトは、本当に変われるだろうか」
「分からねえよ。オレたち亜人種からすれば、夢を見すぎるのは怖い」
「……それは、きっと……『狭間』であるビビもだろう」
「『狭間』なら、もっと怖いさ」
―――『未来』が持つ可能性というものは、あまりにも無限だから。
賢くて強気なメダルドでさえも、不安になってしまう。
大切な誰かが危険にさらされる、それを想像するだけで誰しも恐怖に縛られるから。
人々のあいだにある、憎しみはどれだけ強いものだろうか……。
―――水差しに手を伸ばし、がぶ飲みし始めるメダルドがいた。
ほんの少し前に、追い詰められていた男がしていたように。
だが、シモンよりもメダルドの方が強かった。
正しいかは誰にも分からないけれど、強靭な意志の持ち主は常に行動を選ぶ……。
「……交渉に、行く。ふたりとも、可能であれば同行してくれないか?損は、させはしないぞ」
「メダルド・ジーに、恩を売るチャンスか。悪くねえな」
「うん。私も、ようやくカニンガムを心配しなくてもよくなる。メダルド、君の名前を、使って交渉する……それでいいかな?」
「……オレは、どうなるか分からん身だから。お前に、遺言を渡したことにしておく」
「はあ。その姿で生きていくかもしれないだろう?」
「……何であれ、ビビを混乱させたくない。あの子は、きっと、今、とてつもなく努力している」
「分かったよ。末端の、ちょっとガンコな職人たちと交渉しに行こう。ビジネスに巻き込めば、彼らも制御しやすくなるはずだから。シモンだけじゃなく、私たちも関わる」
「いやに、サービス精神がいいな?何かを、企んでいるのか?」
「わ、私を見くびらないで欲しい。私だって、未来を少し夢見たいのだ。大きな変化をしている。私は……正直に白状するとね、ユアンダートと帝国軍が大陸の支配を確実にしたとき、思ったんだよ。『ああ、人間族だけが豊かになる時代が来たんだ』と」
「正直過ぎるぜ。もう少し、配慮ってモンがいるんじゃないのか?」
「今は、誠実な言葉を選びたいんだよ。メダルドに、理解して欲しくてね」
「……ああ。それも、当然だ。ユアンダートは、ファリス帝国は大陸全域を、掌握したんだ。そういう時代に、なる……はずだった」
「そうだよ。商人というものは、時代感覚を理解しておくべきだろ?流行りの服を仕立てるし、好き嫌いを問わず、売れている物に媚びるものだ。これは、商人としての必須スキルみたいなものでね。時代感覚に、素直に従った。だから、私も帝国軍との商いに夢中になった。生きるためでもあるが、時代が、私たち商人の本能に命じていたからだよ」
「……オレも、そうだ」
「お互いに、帝国貴族のために仕事をした。好き嫌いではなく、商人の本能に従ってね。ブッチも、人間族だったら、我々と同じ選択をしただろ?」
「もしものハナシになんて、意味はねえよ。ガキじゃねんだから。でも、だが……まあ、そうだろう。オレは、カニンガムを目指したかもしれない。マフィアじゃなく、食料で多くの稼ぎを帝国から獲得する立場にな。ああ、時代感覚。そうだろうな、まさに」
「その時代感覚がね。少しばかり、変わってきているように感じるんだよ。混沌として、秩序とは別の熱量だが。それが、今……時代の流れを、うねりながら壊しつつあるような」
―――商人が世界という文脈から読み解くものは、連鎖する欲望だよ。
欲望と呼べば邪悪さも含むけれど、破壊的なまでの貪欲な活力でもある。
革命みたいな力は、いつだってそういうどう猛な混沌だ。
ユアンダートが人間族の持つ欲望に働きかけたように、『自由同盟』は……。
「『怖いぐらいに大きな、可能性にあふれた世界』……そういう時代が、産み出されるような気がしているんだよ。どうなるかは、誰にも分らない。でも、あがく意味がある時代だ。混沌の大海原で、もがいて、泳ぎ続ければ、何か……とてつもない未来にたどりつけるような気がしている。それが、私の商人としてのセンスが教えてくれる、時代感覚になった。それだけは、きっと、当たっているよ」
―――千一年目の、大きくて破壊的な挑戦の日々が始まるわけだ。
人種の境界線を、どれだけの多くの者たちが越えられるのか。
それは、本当に分からない。
そんな時代は間違いなく、この世界になかったものだからね……。
「ワクワクしないかい?商人たちよ?」
―――トーリー・タイズンは、根っからの商人だったから。
新たな時代が与えてくれるかもしれない可能性に、ビジネスの機会を嗅ぎ取っている。
心がおどり始めているのさ、商人が最も愛するのは自分の仕事に他ならない。
経済という欲望の担い手は、時代を加速させる装置だという自負があるんだから……。
「ハハハハ!トーリー・タイズンは、もっと臆病で、つまらん商人だろうと、たかをくくっていたんだが!間違っていたかもしれんな!」
「ぶ、ブッチ……とんでもなく失礼だよ」
「今は、素直かつ本音をぶつけていい時間なんだろ?」
「ま、まあね。でも、見直してくれたということは、喜んでおくよ」
「……たしかに。タイズン。本当に見直した」
「き、君も、私を見くびっていたのかい……っ。ま、まあ。いいさ。分かるよ。君ほどの手腕はない。実力は、分かる……でも。だからこそ。チャンスに賭けたんだ。私は、自分のセンスだけは信じている。ストラウス卿は、実際、今度も危機を乗り切ったしね!」
「亜人種としては、選択の余地はねえ。『自由同盟』は、亜人種に未来をくれる。帝国は、その逆だ。『秩序派』の巨人族以外は、帝国にはつかん」
「メダルド。我々は、こういう認識だ。根っからの商人なんだよ。商人として、やれることをしよう。我々が選び、投資する未来に、賭けるだけだ。神さまじゃない。未来は見通せないけれど。時代の流れを、加速するために、もがくことはやれる」
―――タイズンは、いい商人だったね。
落ち込んでいるメダルドを、勇気づけられるほどに。
戦士や王侯貴族や政治家が、軍事力という暴力で『未来』を勝ち取ろうとするのと同じ。
商人たちには、欲望というヒトの意志を加速させることで『未来』で稼ぐ……。
「……行動、あるのみだ。ビビが、まだ気づけない範囲を、オレたちでフォローする。稼がせてやるぞ、タイズン、ブッチ。オレたち商人は、いつでも、そういう道理を選ばないと嘘になる!」




