第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百三十七
「か、カニンガムが死んだのか!!や、やったぞおおおおおおおおおお!!た、助かった!!助かったぞ、タイズン!!」
「あ、ああ。良かった……本当にっ」
「……そこまで、ろくでもないヤツだったのか?料理上手だし、マフィアなのは知っていたが……」
「ハチャメチャな悪人だったぜ。やっぱり、ダメだ。マフィアみたいな連中と、ビジネスはきっぱりと断ち切らねえとな」
「そ、そうだね。善良さや、公平さも必要だよ。『オルテガ』商人の世界も、よりクリーンにならないといけない」
「……いい機会だ。『ルファード』も、『人買い』が消える。より建設的な日々を、過ごせばいい」
「やっぱり、あんた。本物のメダルド・ジーなんだな」
「……乙女の体を、奪い取っている。罪深いことだ」
「そ、それでも、生きのびられたのなら、良いことさ。姪っ子さんにも会える」
「……会うべきかは、分からん」
「また、そんな……」
「いい加減、つまらん意地を張るのは、やめちまえ。生きているなら、何でもいいじゃねえか。その子も、お前に体を与えることに同意したのかもしれんだろ?」
「……それは……『カール・メアー』の巫女戦士だからな。女神イースの力になら、従うかもしれない。だが、それは……無理強いしているようなものだと思う。誰だって、自分の体は、大切だ」
「はあ。考え過ぎるなよ。カニンガムの恐怖から解放されたから、よく分かるぜ。生きていることは素晴らしい」
「……よほど、脅されていたか」
「そうだよ。生きていることを、喜べ。あんたも、とんでもねえ目に遭ったんだろ」
「……そうだ。『見届ける』ようにと、この機会をくれた者に言われた。それこそが、罰になるとも」
「どういう、ことだい?」
「……悲しい者がいた。『人買い』に、人生を破壊された者が。聞いてくれるか?」
「まあ、聞いてやるよ。いい報せを、聞かせてくれたからな!」
―――メダルドは、思い出しつつある記憶を語ったよ。
「私のことは、秘密ね!」。
女神イースの力なのか、トリックスターの力なのか。
アリーチェが、とんでもない危険なギャンブルをしたことは思い出せなかったけど……。
―――レナス・アップルと、リュドミナ・フェーレンの物語の多くを思い出せた。
レナスの人生は、『人買い』の罪科を知らしめるような日々だったからね。
あまりの罪悪感に、メダルドさえも怯えたよ。
震える手で、何度もアタマを抱えながらも二人の商人たちに顛末を語る……。
「……オレは、生きていていい自覚が、湧かんのだ。どうして、レナス・アップルは、オレを助けたのか。恨みをぶつけてくれても、良かったのに。八つ裂きにしてくれても、文句は言わない」
「まあ、それだけ反省していれば、巨人族のオレも、あんたに恨みはぶつけねえ」
「……足りないだろ、こんなものでは」
「足りんというのなら、商売の機会をくれ。ストラウス卿の率いる軍勢に、肉を提供したいね。タイズンに独占されちまうのは、絶対に嫌だ」
「私を悪者あつかいするのは、やめてくれたまえよ。先行者利益を狙っただけ」
「ハハハ。『オルテガ』の商人らしいよ。『オルテガ』に限らず、商人ってのは、みんな、きっと、こんな連中ばかりだ。清廉潔白な者はいない」
「……オレほど、罪深いくせに、許されてしまった商人も他にいないだろ」
「カニンガムは、極悪人だった。今朝まで、ずっと美味い汁を吸ってきたのに。楽しそうに人殺ししながら生きてきやがったんだぞ?……末路は、いつかくるさ。許されなくても、許されたとしても」
「過度に悔やむことは、ないと思うよ。君は、とても善良な商人になれる。我々も、ビビアナ嬢を守るために、より建設的な同盟を組めるように、尽力するよ。そうだな、ブッチ?」
「金になりそうだからな!ああ。どうにもこうにも。笑いが止まらん。カニンガムは死んだか。ああ、最高だ!」
「……オレの死も、きっと喜ばれているはずだ。多くの者が」
「根暗な発想だぜ。ちょっと、やさしくなり過ぎているんじゃないのか?」
「……こんな目に遭えば、そうもなる」
「悲劇を気取るもんじゃねえぜ。とくに、商人はな」
「いい言葉だね。ブッチに同意できるよ」
「……商人は、たくまし過ぎる」
「乱世で商売やるんだ。たくましさは、必須の条件だろう」
「罪悪感を背負えば、男はかつてよりはるかに働き者となるものだ。建設的な労働で、世の中や、その罪悪感に報いればいいじゃないか」
「いいことを言うぜ、さすがはトーリー・タイズン!」
「それにね。レナス・アップル氏は、君が生きて戻ることを『罰』だとしたのだろ?」
「……そうだ。千年間で、証明されている。人種のあいだに、融和をもたらすことは困難だ。これからの日々は、血にまみれている。これまでも、そうだったが。これまで以上かもしれない。帝国や、差別主義者どもは、これまで以上に亜人種や『狭間』を敵視するかもしれない」
「『自由同盟』という『帝国の敵』が、勝利を重ねているから、だね。それは、分かるよ。私は人間族だから。人種にこだわりを持つ気はないし、『自由同盟』の政治的信条に賛成だけど。人間族は、潜在的な恐怖を強める。自分の優位性が、崩されていくことになるからね」
「タイズンよ。お前もか?」
「そんな目で見るなよ、ブッチ。これは私見というより、客観的な事実だ」
「……その通りだ。帝国がよりはげしく、差別的な政策を選んだとき。オレのような立場の者が、生きていれば……それだけで、不利になるかもしれん。『人買い』が、ストラウス卿と仲良く並んで生きていれば、多くの者が疑問視するだろう。疑うはずだ。それを、敵につけ込まれるかもしれない。ストラウス卿は、戦場では無敵かもしれないが、政治的手腕は、まだこれから上達していく……」
「ストラウス卿たちの足手まといになりたくねえわけだ。そうなれば、姪の立場も悪くなる。だからと言って、死んだふりをするのか?」
「正しい選択だとは、思えないよ。正直、多少は合理的かもしれないが。メダルド・ジーという大商人がいなくなる方が、政治的なリスクはともかく、実務的な損失は大きくなる。ビビアナ嬢は優秀な商人だったとしても、君の方が経験値も実績も豊かなのだからね」
「……オレは、ビビの足を引っ張りたくない」
「そうかよ?ビビっているだけじゃないか?レナス・アップルとかいう、哀れな者がした予想にな」
「……否定は、しない。どれだけの罪深さかは、オレ以外には分からん」
「まあ、そりゃそうだ。メダルド・ジーの心の痛みは、当人だけのものだ。オレの痛みが、オレだけのもののように」
「……不安なんだ。たくさん、悪夢のような予想をしてしまう。その悪夢が、アタマのなかであふれてしまいながら、融け合っていく。どれほどの恐怖かを、説明するのも困難だ。世界のすべてが、ひっくり返って、壊れてしまうかも……オレがいなければ、より多くの者が幸せになったかもしれないのに……すべてを台無しにするかもしれない。それに……」
「それに、何だい?」
「それは、言いたくない」
「当ててやろうか?あんたは、『自由同盟』が負けちまうのが怖いんだ。それ以上に、怖いのは。『自由同盟』が勝利したのに、『狭間』が幸せになれない未来が訪れてしまったときに、遭遇するのが怖くてしょうがないんだよ。その可能性は、十分に、あるわけだからな」
「……心を、えぐるような言葉だ。真実というものは、危険なものだぜ」




