第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百三十六
―――旧き契約のスタイルによって、二人の商人は契約を結ぶ。
シモンの協力は、メダルドにとっては貴重な人脈の形成となった。
暴走しかねない若く末端の商人たちを、シモンは統制してはいないけれど。
顔と名前と住所ぐらいは、ほとんど完璧に把握していたからだ……。
―――『彼ら』の直接の親方たちには、ソルジェやジーの一族の力を及ぼせるからね。
間接的に危険な人物たちを、制御することも難しくはない。
ジーの一族の社員たちを派遣して、個別の交渉で『彼ら』を取り込む工作も可能になる。
その見返りに、『オルテガ』はアイデンティティと呼べる古き宝物を取り戻すのさ……。
―――緊張感はあるものの、双方にとって利益のある契約だ。
シモンはさっそく、取り戻すべき宝物のために動き始めたよ。
メダルドから情報を聞き取ると、メモに書き記していく。
可能な限り、すべての宝物を取り戻すために行動するつもりでいた……。
―――メダルドが確保していない品については、かなりの努力が必要だろうけれど。
テロリストまがいの行動力まで発揮するのであれば、上手く成し遂げるさ。
愛国心という情熱は、かなりのことをさせてしまうから。
メダルドから情報を得ると、シモンはブッチの家から足早に出ていこうとした……。
「私の同胞たちに、この契約について教える」
「……殺されないようにしろよ。オレと契約したことで、激怒する者も出かねない」
「気をつけるさ。生き残るための交渉術は、用意している。私が死ねば、奪還すべき品々についての情報を得られなくなるからだ。すべてを、一気に話すことはしないよ」
「……余計な世話だったようだ。良き取引を。我らの契約のために」
―――目を細めたまま、シモンはうなずいた。
顔を上げると、楽しそうに笑っていたよ。
商人としての日々に、戻れるからだ。
いくらか罪悪感は軽くなり、建設的な日々を送れると信じている……。
―――夏の日差しのなかに、飛び出した。
暑い日差しからは、救いを感じられる。
ヒトが喜びを得られる瞬間はいくつかあるけれど、今もその瞬間のひとつだよ。
『生き直せる機会』は得難いものだが、大きな喜びに包まれた……。
―――その回数は、おそらく有限のものではある。
でもね、ヒトには生き方を変えられるのさ。
シモンの罪は完璧に消えることはないが、それでも数分前とはあまりにも違う。
ビビアナ本人にではないが、彼女の保護者から一応は許された……。
―――自分を縛りつけている、後悔の念から自由になる。
完全にではなくとも、いくらかはね。
絞め殺されそうな重みは、ずいぶんとマシになる。
監獄から解放されたような気持ちらしいよ、『生き直す』という瞬間は……。
―――新たな生命が身体に吹き込まれたように、シモンは元気だった。
勝利の歓喜と、新たな戦いに備えて城塞補修のために動き出した職人たちの声。
どう猛なまでの生命力に満ちた歌のなかを、まるで子供みたいに全力で走る。
善き者になれるよう、生き抜こうと誓っていたよ……。
―――いつか、あのときのような瞬間に遭遇したら。
今度は、自分自身を制御できるだろう。
戦場からの誘惑を断るために必要なものは、教訓と経験値だった。
恐怖には順応してもいける、シモン自身は善良であろうとした男だしね……。
―――これからのシモンは、『狭間』に対してもやさしく接するだろう。
これまで以上に、亜人種の友人たちにもね。
メダルドにとって最も重要なことに、ビビアナを狙うことはない。
それだけは確実だ、この行き直せる幸福な快感を知れば絶対だよ……。
「私は、より善い者になりますよ、『ギルガレア』。貴方に誓いましょう。見ていてください。『オルテガ』のために働き、『自由同盟』のためにも働きます。ジーの一族に生まれた、『狭間』の乙女のためにも。それは、矛盾してはない。ようやく、私は……この勝利を、歓喜できるでしょう」
「……いい働き手に、なってくれるだろう。まあ、元から善良な商人だった。ビビアナを殺しかけたことは、水に流そう。殺せなかったことに、何か運命めいた祝福があったと信じるために」
「あなたは、本当に姪っ子ひと筋なんだな」
「……そうだ。あれほど可愛い姪を持てば、誰にでも分かる」
「ハハハ。たしかに。素晴らしいレディーだ」
「……そうだ。素晴らしい子だよ。『狭間』であることで、苦しむこともない。苦しめられる必要もない。オレは、そういう未来を作るためになら、何だってするんだよ。タイズン、他にも、会いたい商人がいる」
「そ、そうだね。私も人脈を広げたり、根回しや地固めしたりと、ビジネスはしておきたいのは、やまやまなのだが……すこしばかり、トラブルがあってね」
「……どんな、トラブルだ?」
「解決してくれるのかよ、ジーの一族の長さん?」
「……内容次第だよ、肉屋のブッチ。言ってくれ。オレは、『オルテガ』商人とのあいだに絆を作っておきたいのだ」
「分かっているよ。可能ならば、ちょっとばかり……護衛を回して欲しいんだ。命を狙われているかもしれんからな」
「……命を狙われる?誰にだ。言ってみろ」
「クリア・カニンガムだよ。あいつは、リヒトホーフェンについて、帝国軍のために動いていた。オレと、そこにいるタイズンは、あいつの敵になってしまったんだ」
「……ああ。カニンガムならば、問題はない。あいつは、死んだらしい」
「し、死んだだって?……どうして、分かるんだ」
「……記憶が、戻りつつある。オレ以外の者の記憶もな。カニンガムは、殺されたよ。『カール・メアー』の巫女戦士と、猟兵にな」




