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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その四百三十五


―――職人街は『蟲の教団』の伝統を、わずかばかり受け継いでいた。

表立っては消滅しても、こっそりと文化はつながりを持つものだからね。

『オルテガ』の歴史ある品を探し求めていたシモンも、それは理解している。

教団の信徒というわけではないが、『ギルガレア』が罪と罰を司る神ということも……。




「……『ギルガレア』の力は、君たちも見ただろう」

「昨夜ね。そして、つい……先ほども」

「お、『オルテガ』を街の上空に、模倣していたよね……っ」

「……ストラウス卿に、受け継がれたものだ―――う、ぐっ!?」




―――メダルドの身体に、激しい痛みが走った。

彼は『修復の最中』にあるからね、神々たちの力で死から蘇っている。

体も心も、組み替えられている最中だ。

レナス・アップルは、メダルドに快適な復活までは与えてはいない……。




「おい。大丈夫かよ?」

「……ああ。心配するな。これは、おそらく必要な痛みだ。また、思い出せた……」

「思い出せた、とは?」

「……オレが、死んじまってから、何が起きたのかが……ゆっくりと、思い出せつつある。オレは、どうやら……見届け人として選ばれたんだ」




―――まだ不完全な記憶ではあるが、レナスの選択とその意味をメダルドは知る。

『カール・メアー』の千年間の観測を、否定しなければならない。

亜人種や『狭間』と人間族が調和できるか、それともこれまでのようにならないのか。

『その過程を目撃することになった』、幸せなこととは限らない……。




―――ビビアナが、悪意によって八つ裂きにされないとは限らないのだから。

今まさに、ビビアナを暗殺しようとした男が目の前にいる。

死んでおけば良かった、などという無責任な考えにはならないけれど。

レナスの選択や自分たちの願いの道が、どれほど過酷なものかは分かっている……。




―――それでも、あの『人買い』からあまりに酷い目に遭わされたレナスが。

『人買い』のメダルドや、ビビアナのために力を使ったのだ。

それも、メダルドは理解している。

まるで奇跡のように、いや奇跡よりももっと激しくて強い願いだよ……。




「……血をもって、契約しよう。『ギルガレア』ならば、我らの保証人に相応しい。互いのために、歩み寄る。オレは……信じるのだ。『オルテガ』の商人シモン。お前が、二度とビビアナを傷つけようとはしないと。お前の、善意を信じる」

「いいとも。約束しよう。私はビビアナ嬢を襲撃することはない。そして、可能な限り、周りの者たちにも、そうするように語りかける。脅しだって、使うだろう。彼ら自身を守るために。彼らが暴走すれば、彼らこそが、ストラウス卿に始末されるだろう」

「……そうなる、だろう。オレも、可能な限り、働きかける。この体が、いつまでもつかは分からないが」

「さっきも口走っていたが。君は、死の呪いを受けているのか?」




「……逆だ。『生き返らせれた』」

「それを、呪いだと?」

「……複雑なものでね。怖くもあるぞ。誰しもが、『死ねば終わり』だと、どこかでたかをくくっているものだろ?そうじゃない。そうじゃなかった」

「死んだぐらいでは、君の苦悩は終わらなかったか」

「……そういうことだ。罪悪感も、ある。いいか?多くの者が死んだのだ。それなのに、自分だけが生きて戻った。他にも、生きるべき死者たちが、山ほどいたのに」




「そんなことは、私の興味の範疇ではないよ」

「……だろうな。当然だよ。これは、当事者にさえ、まだ把握し切れていない苦痛だ。そもそも……この子は、どうなったんだ?この体の主は……っ」

「何も答えてあげられないね。私たちの常識から、あまりにもかけ離れている」

「……この子に、体を戻してやりたい。まだ、若い娘だ。自分の人生を、生きるべきだろう」




―――『オルテガ』の商人たちは、沈黙するしかない。

あまりにも理解できないからだ、メダルドの『復活』についてね。

どうあれ、メダルドは『娘』を持つ身である。

『カール・メアー』の巫女戦士に対して、大きな父性を抱いていた……。




「……戻せるのならば、戻してやりたい。オレよりも、きっと、生きているべき者だ。若いから……乙女でもある。女神イースの力が救うなら、この子の方だ……オレは、毒を盛られて死にかけていた。覚悟は、出来ていたんだ」

「まさか、死にたいのかよ?」

「ブッチ、そうじゃないよ。きっと、メダルドは……」

「……ああ。死にたいわけじゃないよ、タイズン。だが、お前だって、子供がいるんだ。分かるだろ。娘と同じような年の乙女の体を、奪っているとすれば……その子の人生を、奪っているとすれば……罪深く感じるはずだ。父親、ならば」




「そうだね。それは、そうだと思う」

「……苦しいんだ。この子にも、父親がいるだろうに……」

「だけどね、メダルド。貴方は、ビビアナさんからも必要とされている」

「……吹っ切れているさ。ビビは、強い。オレの死を悟り、成すべきことを自力でしようとする。オレは……少しだけ、手助けしたら。そのあとは、表舞台を去るべきだろう。この子に、この体を返してやりたい。そのための、努力もしたい」

「だ、だが……っ」




―――タイズンからすれば、メダルドが生きていてくれた方が得だ。

もちろん、ボクたち『自由同盟』サイドからしてもね。

メダルド・ジーと、敵対勢力の乙女の命だよ。

そんなもの、比べるまでもない……。




―――メダルドは、いいヤツだった。

レナスたち『やさしい宗教家たち』に、感化されているのだろう。

『人買い』を許すような、『人買い』の被害者がいるなんて。

メダルドに蘇りつつあるレナスの人生の記憶は、あまりにも重い……。




「正直なところ、私には理解できないハナシではあるんだがね。でも、自称メダルド……いいや、メダルド・ジー。お前が、そんなに苦しんでいるとすれば、それは自業自得の罪だろうよ」




―――シモンは冷たい目をしている、商いの駆け引きの仮面は消え失せた。

目の前にいる乙女を、本当にメダルド・ジーだと信じたわけだ。

殺意めいた悪意が、シモンからあふれそうになる。

心から軽蔑していた男が、すぐそばにいるのだから……。




「商人としての才覚は、認めよう。受け継いだ稼業や、家族、大勢の部下の人生に、君は責任があったことも。よく働く商人だったよ。まさに大商人だ。『ルファード』で最も大きな商人だし、君の手腕は、商人として憧れるべきだろう。でも、それでもね。私は、軽蔑しているんだ。『人買い』ジーの一族を」




―――『人買い』の一族は、もちろん罪深いものだ。

レナスの人生を垣間見てしまった今のメダルドは、それを誰よりも理解している。

そして、シモンも善良な男ではあった。

亜人種を友人に持てるほど、人種に寛容でもある……。




「罪深い、邪悪な生き方だろ。ヒトを、お前たちは商品にして、売り買いして来たんだ。後悔しているんだろう。だろうな。人間性があれば、当然だ。お前たちは、どうしようもない生き方をしてきた……後悔するがいい。逃げられないぞ。追いかけてくる罪に、いつまでも罰せられる」




―――後悔からは、誰だって逃げられない。

心の底から『逃げたい』と思うとき、それは『逃げられない』という自覚を得たときだけ。

メダルドもそうだろう、『人買い』の残酷さを思い知らされている今ならば。

もちろん皮肉めいたことに、シモンもそうだよ……。




「分からないことも多いが、分かることもある。私も、ヒトを殺そうとしてしまった。若い女性をね。そう、ビビアナ・ジーを。つい、魔が差して……ああ、そうだ。この後悔というものからは、逃げられないんだよ、メダルド・ジー。罪は、無かったことには、出来ないんだよ。お互いにね」




―――シモンが、床に突き立てられたナイフを手に取った。

ぐいっと引き抜く様子を、ブッチは警戒しながら見張っている。

何をするか分からない相手だと、考えていたからだ。

メダルドに襲いかかるかもしれないし、自分を傷つけるかもしれない……。




―――不安定な男に、ナイフを持たせる。

どんな文化圏であっても、それを『よし』とする地域はないはずだ。

もしものときは、殴ってでも止めなくてはならない。

肉屋が自宅で殺人事件なんて起こせば、客離れしてしまう……。




「そんな目で私を見るなよ、ブッチ。安心してくれ。私は、この苦しんでいる罪深い男と、契約を交わそうとしているだけなんだから。お互いに、歩み寄ろうじゃないか。お互いの条件を、鵜呑みにして……罪深い者同士、誓いを立てる。『オルテガ』と『ルファード』と、我々が守るべき存在のために。協力し合うとね」




―――商人の指が、ナイフを握りしめる。

皮膚が鋼に押し当てられて、弾けるように裂けていった。

血があふれるよ、痛みもね。

それを見つめる罪科を背負うシモンの目は、いろんな感情の融け合った涙が浮かぶ……。




「私は、英雄みたいなものに、なりたかったんだよ。いいヤツなんだ。こう見えても、そうだ。お前よりは、ぜったいに……間違ったことをしてきた回数は、少ないんだぞ。この罪深い、『人買い』野郎め……ッ」

「……ああ。そうだろう。オレほど、罪の多い者はいない。臆病で、卑怯で、邪悪だ」

「そうだ。その通りだ。だからこそ、罪科の獣に誓うんだ。私とお前が、これ以上、間違わないように。間違えば、あの勇ましい獣神に、焼き尽くさせると」

「……ナイフを、寄越せ」




―――手渡されたナイフで、メダルドも同じことをする。

『カール・メアー』の巫女戦士に悪いとは思いつつも、その手の肌に傷をつけた。

武術の鍛練のせいで、その手には古傷が多いことに気づく。

女神イースのために、どれだけ彼女が生きたかの証だった……。




―――赤い赤い、血があふれる。

古来の伝統を再現し、血で赤く染まった手で握手を交わした。

『ギルガレア』は、この街の天空で見守っていただろう。

ふたりの罪深い者たちが交わした、自らの名のもとでの契約を……。




「これで、私たちは同じ契約に縛られる。過去は忘れない。でも、それでも」

「……ああ。未来のために、行動するだけだ」




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