第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百三十二
―――ソルジェがいるし、ビビアナの手腕を考えたとき。
表立っての嫌がらせを、『オルテガ』商人は出来なくなるとメダルドは『知っていた』。
竜を乗り回す英雄に、商人がケンカを売るなんてマネはなかなかやれない。
ソルジェの『成長』についても、メダルドは把握して評価してもいる……。
―――戦闘の達人である以上のものに、化けつつあるとね。
メダルドはソルジェが自分を殺さなかったことを、評価していた。
『亜人種びいき』の短慮な二十六才の若者が、『人買い』を殺さなかったなんて。
とてつもない自制心だし、政治的な器の大きさをメダルドは感じていたのさ……。
―――『人買い』の罪深さを、端的に表現してくれた言葉を覚えている。
「オレよりバカなガンダラがいたかもしれない」、それはあまりにも大きな罪だよね。
『可能性を奪っていた』という点には、『人買い』に反論は出来なかったよ。
ガンダラに読書や勉強の機会を奪い尽くしていたら、『バカなガンダラ』がいたんだ……。
―――奴隷として、ただ戦争の道具として消費し尽くしていたらそうもなる。
奴隷産業の罪深さは、ヒトから可能性を奪ってしまうことだよ。
帝国貴族の論法と、戦い続けてきたソルジェだからこその視点だ。
「あいつらを支配してやっているのだ。無能なあいつらが餓えないために」……。
―――支配者はいつだってうそつきなもので、自分を美化して正当化したがる。
賢くて平和的で身体能力が高い巨人族が、もっと『自由』だったら。
人間族の築いた帝国よりも、偉大な文明を作っていなかったとは言いがたいものだ。
誰かから奪い尽くしてしまった可能性を、なかったように振る舞うのは罪悪感ゆえ……。
―――とても、意地悪な行いだけど。
ヒトはそれをしながら、生きている。
罪悪感から逃れてしまうためには、『真実』を『正義』で冒涜してやればいいだけのこと。
あたかも正しいことであるかのように、みんなで口裏を合わせば真実を見過ごせた……。
―――可能性を奪った、それはメダルドに無限の痛みを与える言葉でもあったよ。
メダルドは、いいヤツだからね。
『人買い』という枠のなかで、可能な限り善良であろうと藻掻いてみせた。
『狭間』の姪を追い出すことはなく、当たり前のように受け入れる……。
―――自分に襲いかかる無数のリスクを無視して、正しい愛を選べる男だよ。
どれだけの商人が、それをやれると言うのか。
商人でなくても、失うのが惜しい財産や地位を持つあらゆる者がそれをやれるとでも?
ボクが知るかぎり、こういったケースは悲劇に終わる……。
―――それが、偽りのない正直な答えだよ。
誰もが自分や一族を大切に思うものだし、その敵にはおぞましいまでの敵意で応じる。
生き物としては、正しいよ。
利己的であれば、より生存しやすくなるのは明確だから……。
―――でもね、ヒトとして正しいとはかぎらない。
『狭間』を受け入れて、一族を継がそうとするなんて。
大陸にある常識とは、あまりにもかけ離れている。
それでも、メダルドは選んでみせた……。
―――誰よりも、可能性を信じたはずの男だ。
『狭間』なんかが、幸せになれると。
『狭間』が自分たちの一族の歴史と財産と生業を、受け継げると。
あり得ないほど低い可能性であったとしても、メダルドは信じたからね……。
―――『そこ』をソルジェは、狙ったわけじゃない。
ただの自然な、自意識の発露だっただけ。
そういう生き方をしてきたから、その価値観を得られている。
可能性を大切にするなんて、ほとんどのヒトはやれやしないよ……。
―――『狭間』の女が、権力と財産に近づこうとしている。
その事実に、普通なら暴力や略奪や悪意で応じるものだ。
それを心配しているから、メダルドは必至に嘘をついてビビアナの真実を隠した。
でも、そうじゃない『未来』が見えかけている……。
「……ビビは……いや、ビビだけじゃない。肉屋のブッチよ。お前なら、分かるだろう。亜人種や、『狭間』が、いや……人間族も。本当に、誰もが生きていてもいい世界を、創れるかもしれない。何千年も、そんな世界は、なかったというのに……とんでもない、可能性なんだ。それが、今、生まれようとしている」
―――大陸の歴史は、まともに評価すれば失望に値するかもしれない。
あらゆる種族が、殺し合いをしてきたのが我々の知っている歴史だから。
とんでもなく儚い綺麗事にすぎないよ、『誰もが生きていてもいい世界』だなんて。
それを否定し続けてきた千年とか、おそらく有史以前の歴史がある……。
―――妥当な可能性を選ぶなら、人間族であればファリス帝国につくよ。
多くの者が合理的だし、亜人種や『狭間』を犠牲にして得られた富や理性を喜べるから。
ソルジェは、とっても変わり者ではあるんだ。
人間族のくせに、自分たちだけで生きられる世界を望まないんだからね……。
―――それでも、あり得ないことが起きつつある。
ソルジェや『自由同盟』が帝国に勝てば、望んだ世界を暴力で勝ち取れるんだ。
いつだって暴力が『正義』を決めて、世界を変えてしまう。
ボクはその歴史的な真実を、否定するつもりはない……。
「……結束が、何よりも重要な時期なんだ。ビビを、殺すな。オレの個人的な願いに他ならん。だが、それだけでも、ない。亜人種も『狭間』も人間族も、共に生きられる世界を、勝ち取れる可能性が、出てきたんだ。それを、信じてくれ。信じられなかったとすれば、せめて、見守ってくれ。オレたちが、そういう未来を勝ち取れるかどうか、邪魔をせずに……」
―――情に訴えるだけでは、足りないことをメダルドは理解している。
『王無き土地』の都市国家同士の争いにおいて、多かったのは指導者の暗殺テロだ。
王族の利点のひとつは、王位継承者がいることだよ。
ひとりやふたりを暗殺したところで、ほかにいくらでも替えが利くのさ……。
―――王国の内部闘争ならばともかく、対外戦争では基本的に暗殺は多用されない。
少なくとも、権力が血筋で継承されることが基本的にはない都市国家の戦争よりはね。
メダルドは心配なのさ、都市国家の伝統に従ってビビアナを殺そうとする者の出現が。
実際のところ目の前にいるわけだ、彼の懸念の体現者であるシモンがね……。
―――ブッチは、女性のすがたになったメダルドの言葉が痛いほど理解できる。
ソルジェに逆らえる者が『オルテガ』商人にいるとすれば、それはやはり下っ端なんだ。
あるいは、裏稼業めいた行いをする者たち。
カニンガムやシモンは、釘を刺しておくべき不穏分子だった……。
―――だからこそ、メダルドはここに現れたのだろう。
シモンの行為を、知ってか知らずか。
確かめることは、あまりにも危険だった。
誰かが死ななくてはいけない事態に、なりかねない……。
―――ブッチは、タイズンを恨む。
来てくれるのを待ってはいたが、こんな厄介な人物まで連れてくることはない。
シモンがふたたび、暴走しないとはブッチにも保障できないのに。
事実を知れば、メダルドはシモンを殺そうとするかもしれなかった……。
―――その事実を知ってしまっている自分も、殺されかねない。
シモンのような不安定で、戦場の狂気に取り込まれた男がそばにいる。
なんとも、居心地が悪い。
どうしてこんな目に遭うのかと、彼は自身の運命を呪いたくなった……。




