第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百二十四
―――ちょっとした『探偵ごっこ』をするために、文字の揺らぎに想像力を使った。
うつくしい文字は、修飾学の価値を知る一族の可能性がある。
貴族の出である者の可能性が、それなり以上に高いということさ。
文字を書けない一般市民も、ずいぶんと多いからね……。
―――貴族の家の出であるのなら、騎士である可能性は高い。
本物の職業軍人であり、横にも縦にも人脈の枝が広がっているというわけだ。
殺害したとき、報復を企む者が数多く出やすいということだよ。
これは戦略的な判断に、影響をおよぼすべき点だった……。
―――軍事行動という殺人は、いつでも政治的なメッセージを含むものだから。
貴族殺しをすれば、帝国軍のリアクションはそうでない場合よりも大きい。
『通常なら』ば、そうだ。
第九師団が崩壊し、『モロー』にいたファリス王国時代の古い貴族が打撃を受けた今は……。
―――『なおさら過剰な反応をする』かもしれない、煽るには悪くはないことだが。
貴族は侮辱を許すことはないからね、暗殺すれば報復の意志を軍内部に訴える。
それは『プレイレス』に対して、より早期の再侵攻を呼ぶかもしれない。
もちろん、『オルテガ』に対してもね……。
―――その暗殺の犯人を、『誰』と思わせるかも重要になる。
『オルテガ』の暗殺者だと敵が思えば、『オルテガ』を狙おうとするかもしれない。
『プレイレス』の暗殺者だと思ったら、『プレイレス』が攻められるかもね。
『推理が割れたら』、同時に二つの地域に攻め込む意志も喚起できるよ……。
―――二つの地域に攻め込まれたら、良いこともある。
『敵がいくらか薄まってくれる』、ということさ。
敵は兵站の準備も混乱するし、輸送能力そのものも分散して薄まってしまう。
結果として、我々は『守りやすい』戦況をデザインするかもしれない……。
―――暗殺の印象操作で、敵の意志を攻撃的にするか守備的にするかは誘い込める。
情報戦術を畳みかければ、それはより明確なものにもなった。
現状で、ソルジェはそれを採用するべきだとは思わなかったけれどね。
アタマの体操として、想像力を使っただけ……。
―――ほんの一秒もあれば、今のソルジェはそれだけ想像力を使えたよ。
賢くなっている、というか鋭くなっている。
これは感じ取る力が、強まっているということだ。
ソルジェの眼は貴族的な文字を避けて、より修飾学の程度が低い文字に興味を覚えた……。
―――帝国軍特有の『叩き上げ』の、粗野であまり良い教育を受けていない将校もいる。
こういう敵を暗殺しても、軍全体の意志を変えることにはならない。
『叩き上げ』が頼るのは地位ではなく、同郷のベテラン兵士たちだ。
彼らはとても保守的であり、自分が生き残ることに執着しているものだよ……。
―――『叩き上げ』が暗殺されても、ベテラン兵士たちは哀悼を示すだろう。
単純で楽な戦いであれば、報復を試みるだろうけれど。
あくまで、生き残りたいという『守備』的な思想を保つだろう。
必ずではないが、およそそうなるものだよ……。
―――『叩き上げ』を狙うべきだと、ソルジェは考えている。
でも、もうひとつの選択肢もあることに気づいてしまったよ。
今のソルジェは、とても鋭い感覚を持っているからね。
貴族的な修飾学を持ってはいないものの、無学な気配のない筆記を見つけている……。
―――貴族意外に、キレイな文字を書かなければならない職種は多くない。
学術の研究家であるか、あるいは商売人かのどちらかさ。
商売人のうつくしくて、なおかつ飾り気のすくない読みやすい文字を見つけていた。
こいつを殺せばどうなるだろうか、ソルジェの想像力は新たな獲物を察知したよ……。
―――商売人と軍隊の関わりは、かなり広範囲に及ぶものだ。
戦いとは権力とお金のために、行われるものだからね。
経済活動と、兵站の多くに商人は参加している。
しかも、『モロー』との関わりがあったはずだ……。
―――なかなかの商売家が、『プレイレス』の東側にいる敵部隊にはいるはずだ。
こいつを殺せば、基本的には『守備』的な反応が起きるはず。
貴族殺しのようなことにはならず、それと同時に兵站に混乱が起きるかもしれない。
商売の特権を、誰かが受け継ぐことになるかでもめるかもしれないからだ……。
―――死者となった敵兵どもの間で歩きつつ、アタマのなかにある竜騎士の地図を使う。
ソルジェの考えはとてもビジネスライクだったよ、商売人を殺そうと考えている。
最強の暗殺者はいつだってミアだけど、最適の仕事はそれぞれにあった。
ロロカたちの戦った敵戦力の拠点の近くに、頼れる味方が到達している……。
―――『アルステイム/長い舌の猫』の暗殺者に、頼るのが妥当だったね。
その選択を聞いて、ソルジェの記憶力を再評価したよ。
思っていた以上に良いし、いい意味で粗さがあった。
それは、彼の成長を示すものだよ……。




