第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百二十二
―――あわただしい時間が、また動き出すことになる。
ソルジェの指揮のもと、戦士たちは新しい任務に集中していった。
『オルテガ』と『ルファード』間の連携、東に対する警戒。
ソルジェとミアは、ゼファーと共に周辺を飛び回ることになった……。
―――猟兵たちを回収したいし、敵情の偵察も行いたい。
『あらゆる方位』に、対してね。
どれだけの範囲に女神イースの権能が及んだのか、そして帝国兵の動きも知りたい。
高度からの魔眼による観察が、多くのことを推察させてくれる……。
―――多くの生き物が、弱っていた。
ヒトからだけでなく、鳥や魚からも魔力を奪っていたらしい。
あちこちに、それらの死骸を見つけることができたよ。
木の色も、変わっているように思えたが……。
『ぜんぶのいきものからでも、いのちをすいとれたんだ』
「底力か。女神イース本人の意志でもなかったのかもしれん。恐ろしい権能ではあった。ヒトに集中してくれていて、助かったのかもな」
「え?そうなの?」
「動物も植物も死に絶えていたら、食う飯もなくなるからな」
―――食糧のせん滅という、恐るべき権能であったかもしれない。
それを聞くと、ミアもゼファーもさすがにゾッとした。
ミアは兄の脚の間に身を寄せて、ソルジェのあごをアタマでぐりぐり押した。
ソルジェもそれに応えたよ、ちょっとあごを動かして兄妹らしい交流を選ぶ……。
「お肉が、全滅しちゃうところだったかもなんだねっ」
『それは、ほんとうにおしまいだねっ』
「ああ。だが、そうはならなかった。幸運だったな。あいつが、やさしい女神で良かったぜ」
「うん。ママに会わせてくれた。他の子たちも、きっとね!」
―――幸いなことに、死骸に混じって息を吹き返した鳥や魚も見えた。
魔力はゆっくりと、持ち主に返還されてはいるらしい。
どういう仕組みなのかと、呪術師的な発想でソルジェは探ろうとしたが。
自分程度のアタマでは理解できないだろうと、あきらめることにする……。
―――賢いというか、賢明な判断だよ。
神の権能の仕組みを読み解くなんて、竜にやれても北方野蛮人にやれるとは限らない。
ソルジェは別に賢くないからね、考えるよりも今は観測しておくべきだった。
『覚えておけばいい』んだよ、そしたらいつか『真似できるかもしれないから』……。
―――とても賢いとは言えない発想だけど、天才的な発想でもある。
ソルジェ・ストラウスという人物には、あまりにも向いているからね。
考えるよりも、感じ取る。
理屈を飛び越えて、真理を悟ってしまうのは武術家に現れやすい傾向だった……。
「レイチェルだー!おーい、おーい!」
『れいちぇる!むかえに、きたよー!』
―――海上に浮かぶ、漁船のひとつ。
その周りをできるだけ低く、旋回していった。
レイチェルはマストのてっぺんに、駆け上るような速さで移動する。
そのまま、ゼファーの背に向かって飛び移ってみせたよ……。
「お帰り、レイチェル!」
「ええ。ただいま。ミア、リングマスター、ゼファー。ジャンは?」
『むかえにいく、とちゅうなの』
「そうですか。フフフ。かなり特殊な戦いでしたね」
「そうだな。レイチェルも疲れただろ?」
「それなりに。ですが、周りの方が深刻ですよ」
「ああ。だが、最悪の事態は回避した。十分な勝ちだ」
「連戦で疲れ果ててしまった。もう少し、やるべきでしょうね」
「ああ。ジャンが、働いているんだ。オレも戦う」
―――ジャンは働き者だったよ、狼煙を上げただけじゃ終わらない。
すでにせん滅を始めている、疲れ果てて混乱している帝国兵の残存を襲ったんだ。
個人的な判断であり、少し迷いはあったけれどね。
結果的に、いい判断だ……。
―――あまりにせん滅の速度が、早くもなかったからだよ。
もしも打撃が大きすぎたら、ロロカたちのいた北に大勢の敵が逃げたかもしれない。
そうなると、ロロカの戦いに影響を与えていたかもしれないんだ。
理想的な戦術というものは、机上の空論のことだ……。
―――机上の空論にどれだけ現実を近づけられるか、それは情報の正確さに依存する。
敵の動きが停滞していると、狼煙で素直に告げた以上。
現実にその情報の通りであった方が、ロロカのような策士にとってはありがたい。
机上の空論もバカにはできない、ありえないほど理想形なだけで価値は十分にある……。
―――とにかく、ジャンは敵戦力の個別の撃破に集中していた。
孤立していた兵を狩っても、大勢に影響は出ないはずだと考えてね。
賢いというか、ありがたい判断だったんだ。
おかげで、ロロカたちは最良の仕事をやってのけたられた……。
―――今はソルジェとの連携がやれる、指示も出してもらえる。
ジャンは、ゼファーの向かう方角に自分も突撃を開始した。
敵兵は残り少ない矢を、上空に放つ。
ゼファーはそれを悠々と回避してみせたし、おかげでジャンは楽に突撃できた……。
―――弓兵に向けて、『巨狼』の牙が襲いかかる。
量産される死に、敵兵どもは怯えたが。
空の脅威も無視はできない、弓兵の消えた敵の群れの中央にゼファーは着地する。
ソルジェとレイチェルも疲れているが、敵兵も疲れてしまっていた……。
―――ゼファーも暴れるから、戦力には余裕があり過ぎた。
ミアがしたのは、情報収集の方だ。
殺された敵兵の死体を漁り、命令書のたぐいを回収していく。
暗殺者らしい仕事だよ、敵の命令や『命令系統』を見抜くのはね……。
―――そうだ、『命令系統』。
指揮官というものがいてね、そいつらが情報と命令の流れを担っている。
そいつらには守秘義務があり、情報や命令の内容や真意を口外することはないんだ。
つまり、今現在の『命令系統』が分かれば……。
「そいつを見つけ出して、暗殺していけば。敵を大きく混乱させられるんだよね」
―――ガルフの教えを、孫娘はきちんと覚えている。
「情報はリレーめいた方式で、渡されていくもんだ」。
「全員が知っているわけじゃない。だから、そのリレーを分断すれば」。
「敵は知るべき情報を、得られなくなる。酷けりゃ、永遠にな」……。
―――ミアには、高度な分析は『まだやれない』。
でも、これは素晴らしく知的な戦争行為であるのは伝わるだろう。
敵の情報や命令に、麻痺を与えてやれる『標的』を探しているんだ。
見つけたよ、傭兵たちと野心的な強襲部隊に命令を出した帝国軍士官の名前をね……。
「こいつを、誰かが殺せばいいんだ。そしたら、現場はしばらく混乱する。最低でも、半日。効果的なら、一週間以上」
―――もちろん、リスクもあるけれどね。
そいつが管理していて、口外しなかった情報が『広がる』こともある。
報告相手を亡くした兵士が、誰彼構わず報告することで。
ムダに情報が広がることもある、現実はなかなか統制が取れないものだ……。
―――情報の喪失や、その逆に意図せぬ拡大などなど。
深淵なレベルの情報戦をするとき、気をつけるべきポイントは多い。
それは今のミアには判断できないし、する必要もないね。
ソルジェが下すべき判断だし、ソルジェが分からないときはボクらに訊けばいい……。
―――ガンダラもいるし、ロロカもいるんだ。
ボクに相談してくれてもいいよね、かなり慎重な情報戦をコッソリしている最中だ。
可能なら、この世の何もかもを知っておきたいところだ。
それこそ、理想的すぎて不可能な願望だけど……。




