第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百十七
―――師匠がいるということは、何事においてもありがたいことだった。
ロロカもリエルも、敵を蹂躙する瞬間でさえも規律を重視していく。
武器を持たずに逃げ出した者は見逃して、挑む者には即座の死を与えていった。
それは明確なルールを、敵にも味方にも与えることになる……。
―――敵は恐怖のどん底のなかで、悟りを得るんだ。
武器を捨てれば殺されずに済むと、戦場でしかも戦闘中に武装解除をするなんて。
ある種の勇気が必要とされるのは、誰にでも分かってもらえると思う。
死の運命にあらがうために必要なのは、たった一振りの鋼だから……。
―――そんな一振りの鋼に託された自分自身の命運を、自ら捨てるなんて。
誰しもが戦場に素手で出かけるなんてことは、嫌だろう。
もしも、そんな目に遭わされたとすれば。
足もとに落ちている木の枝でも拾い上げて、武装の真似事に走るはずだ……。
―――でもね、猟兵という戦場の霊長がそのルールを明々白々に行うとき。
敵は猟兵を信じてくれるんだよ、武装解除したら殺されずに済むのだと。
全ての敵が、そうしてくれるとは限らないのは確かだが。
それでも、この戦場にいた敵の少なくない数がルールに頼ったんだよ……。
―――敵を信じるなんて真似事は、なかなかやれるものじゃない。
もちろん敵に信じられることは、それ以上に難しいことでもあった。
ガルフ・コルテスの教えが、戦場の職業倫理を守ろうとする敵と味方の命を救う。
「弱者であっても、戦場で必ず死ななくちゃいけないとは限らないもんだぜ」……。
「ぶ、武器を持っていない!」
「と、投降する!あ、あんたらの捕虜にしてくれ!」
「攻撃するな、オレは……剣を捨てたぞ!」
「ふ、ふざけるな!あ、亜人種どもなんかに―――――ぎゃひい!?」
―――そして、明確な敵意には冷酷で応えるという態度も有効なものだった。
亜人種に対しての暴言と敵意を、ロロカは許すことはない。
リエルもそうだ、不敬な感情を抱いた敵には容赦なく殺していくべきだ。
それが猟兵に対しての理解を、敵と味方に与えるのだからね……。
―――「戦場なんてものは、最も混沌に近しい場所ではある」。
「悪意と悪意が敵対しながら、殺し合いをしているものだからね」。
「こんな場所は狂気であり、混沌の領域そのものなんだよ」。
「だからこそ、それを制する明瞭さもいる」……。
―――「敵も味方も、正しいことで律してやればいい」。
「敵の『正義』を破壊して、こちらの『正義』を死で喧伝する」。
「そうすることで、混沌のなかに秩序めいたものが生まれていくものだ」。
「ほうら、嬢ちゃんに部下たちと敵どもが従うようになっていく」……。
「抵抗しなければ、殺さない!捕虜にしてやろう!」
「抵抗する意志がある者だけが、鋼を構えていろ!今すぐに殺してやるからな!」
「選ばせてやろう、死か生きることか、あるいは戦うかだ!」
「どの選択においても、ディアロスとユニコーンは真っ向から受けて立つぞ!」
「か、かかってきやがれ!!」
「帝国軍の誇りが、あるんだ……ッ」
「オレは……こ、降伏するよっ!」
「殺されて、た、たまるか!捕虜にしてくれええっ!!」
―――勇敢であり無謀な挑戦者どもは、多しく散ったよ。
帝国軍にとっての理想的な兵士であったことは言うまでもなく、我々の天敵どもがね。
「そういう連中は、どうせ死ぬまで敵対する頑固者だから殺しちまえばいい」。
ガルフの哲学は、死にたがりの戦士にも理解が深いものだった……。
―――敵に降参するぐらいなら、死んだ方がマシだ。
こういう敵を捕虜にしても、いつまでも敵意を持ち続けるからね。
正しい殺し方というものもあって、これはそういった行いのひとつだった。
残酷であっても、正しいことがあるものだよ……。
―――殺りくと、慈悲深い降伏の許容が行われていったのさ。
おかげで、双方は必要最小限の死傷者で済んだ。
こちらも戦えば無傷というわけにはいかないから、欲張りすぎると後々が困る。
「味方の死を少なくする。それが、圧倒的少数派が戦いを維持するための鉄則だ」……。
―――この大陸にありふていている、『自由同盟』と帝国軍の戦闘。
数え切ることなんて不可能なそれのひとつが、こうしてひとつだけ終わりを迎えた。
逃げ惑いながら壊走していく帝国軍は、その六割程度しか逃げ伸びられなかったよ。
二割を殺して、二割を捕虜にすることに成功した……。
「これ以上を望むのは、欲張り過ぎですね」
「はい。捕虜どもを連れて、戻ることになりますから。移動が遅延すれば、敵の援軍に襲われてしまいます」
「……こちらの疲弊も、かなりのものですから。戻るとしましょう」
「大勝利ですね!これで、我々が『謎の疲弊』をしたなどと、帝国軍どもも認識しなくなってくれるはず!」
「ええ。幸いなことに、帝国兵にさえも権能は襲い掛かっていたようですから。この真夏の日差しにやられたと、帝国軍の医務官は考察してくれるでしょう」
「たしかに。そう考えるのが、妥当ではありますよね。どちらの軍にも、謎の疲れが出ていたとするのなら……『暑さにやられた』、という噂話を流してもらうようにしましょうか?」
―――リエルも戦い方を学び取っていく、印象操作や情報の改ざん。
そういった行いは、リエルにとって発想がなかったことだろう。
少しだけ、大人になったということかもしれない。
無垢な者に、姑息な戦術を教えてしまったことはロロカに罪悪感も与えたけれどね……。
「そうですね。良いアイデアです」
「はい!そうだと思います。皆を、少しでも守らなくては!」
―――あらゆることを、使うべきだから。
こんなにあちこちの戦いで勝っているというのに、まだ敵は大きい。
地平線を見回しながら、ロロカは『自由同盟』の挑戦の脆さも理解する。
「知恵がいるのさ、交渉術を使いこなせる嬢ちゃんの力で猟兵を支えてくれ」……。
「……そうですね。ガルフさん。やれることは、すべて。やれないことまでも、やってしまわなくてはならない。私たちは、この大陸の勝者になるのですから」




