第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百十三
―――狼煙をあげたのは、ジャンだった。
疲弊して混乱している戦場で、敵の動きを訓練通りに報告してくれただけ。
『オルテガ』に対して報告しているつもりだけれど、カミラが感知してくれたのさ。
大陸の表面は丸みを帯びているものの、とてつもない高みなら見通せるから……。
―――ロロカはユニコーン騎兵だけでなく、通常の騎兵も使うことにした。
歩兵ではこの攻めには、参加するのは難しいからね。
みんな疲れているし、国境線を守ることが第一ではある。
リエルも『白夜』に乗せると、ロロカは先頭を切って走り始めた……。
―――その頭上を、カミラがついて来てくれている。
『闇』属性の力を使い、馬上の戦士たちや馬さえもサポートしていた。
心臓を強く使わなくても、より血液が効率的に全身を駆け回る感覚だ。
それは戦士と馬たちの疲労を、かなり助けてくれるものだった……。
「かなり、楽ですね」
「はい。さすがは、カミラ。ただ……」
「ええ。これは、戦闘時には、使わない方がいいでしょう」
「ですね。本来の自分とは、異なる感覚だから……武術も魔術も使いにくくなる」
「あくまで、『現状では』。ですが」
「行軍には、使えそうですね。うらやましい力ではあります」
「……『吸血鬼』の、力」
「ロロカ姉さま、どうかなさいました?」
―――博識なロロカは、『吸血鬼』の物語についても知っている。
『吸血鬼』は圧倒的な『怪物』として、大陸の各地に暴虐の伝説を残していた。
多くの者が、退治されてはきたものの。
カミラがそうであるように、『権利』のように継承されてきた……。
―――適した者がいれば、力の所有者が死んだとき受け継がれる。
多くの『吸血鬼』が、自分の快楽追求のために力を使ってきたものの。
何事にも『例外』というものがあって、それはカミラも含まれるけど。
彼女以外にも、戦場で『闇』の力を使った『戦士』がいた……。
―――その者は、おぞましい『闇』の使役者だったらしい。
あらゆる伝承は、恨みや恐怖や自慢のせいで歪んでいるから注意は必要だけれど。
その『吸血鬼』は自らの『眷属』で、不死身のような軍勢をあやつったらしい。
体を斬られても血が出ないようにすれば、かなり不死身に近づくだろうからね……。
―――斬られても刺されても、出血がなければ体を動かすことは可能だよ。
さらには、その『吸血鬼』は肉体だけでなく精神さえも支配したとか。
カミラには、そういったおぞましい発想がないから不可能だろう。
でも、何年も何十年もかけて力を使いこなすという他の『吸血鬼』に比べて……。
―――カミラ・ブリーズの、『吸血鬼』としての才能は圧倒的だった。
ロロカは、カミラがこの『闇』をどう使いたいかを知っている。
完璧な血液の制御を行い、命を救おうとしたがっているんだ。
今、行軍のときに感じる背中を押されるようなやさしい感覚はその願いの延長だ……。
―――それを、失わせたいとまでは願えない。
普段のロロカなら、こんな考えを抱かなかったはずだ。
『吸血鬼の力のより積極的かつ暴力的な使用法』、なんて恐ろしいことをね。
つい先ほど、窮地に立たされたからだろう……。
―――戦略と戦術を使いこなして、ロロカは戦場を制圧したはずだったのに。
不確定な要素に襲われたら、自分の力が及ばない状況に陥ることにもなった。
戦場は、とてつもない脅威が隠れている。
賢いロロカだからこそ、自分の感情や思考の傾向を読み解いているよ……。
―――さっきは、恐怖を覚える瞬間だった。
カミラがいなかったら、大勢を死なせていたのだ。
つまりは、ただの幸運めいたもので生き残れただけのこと。
勇敢な『ディアロス』族長の娘、ロロカさえも戦での敗北は恐ろしい……。
―――自分が、死ぬだけではないのだからね。
将である自分の責任において、大勢の仲間が死んでしまう。
それを恐怖に感じられないようでは、「猟兵としても将としても間違いじゃある」。
猟兵の祖が、酔っぱらいながら教えてくれた言葉は今でも猟兵を救ってくれた……。
―――認めるべきことがあると、ロロカは思えたんだよ。
自分の有能さだけでは、足りないことも起きる。
それを久しぶりに思い知らされてしまったから、自分は意地悪になっているのだと。
「そういうときは職業倫理も捨てちまおうとするから注意しろ。もちろん間違いだ」……。
「……この、やさしい力を信じましょう。カミラは、守ろうとしてくれるからこそ、『吸血鬼』の力で、多くを成し遂げられるのだから」
「は、はい。そうですね」
―――悪い伝承が、ひとつあった。
『吸血鬼』の『闇』の力の、おぞましい使い方。
斬られても血が出ない、死の恐怖に泣き叫びながらも戦いを強いられる。
そういった戦士は、怪物じみて強かった……。
―――「しかし、大きな間違いだ。そんな戦士が、いくら強かったとしても。必ず、敗北するものだ。ヒトという生き物が、最善を尽くせる瞬間がある。それは、例外なく、自らの正しさを信じられたときだけ。自分でも正しいと信じられないほどの、本当に邪悪な戦術を用いた者の末路を、嫌というほど知っている。必ず、裏切られて破滅した」……。
―――『正義』を信じることが、自分たち戦士の力だと思うことにする。
さまざまな正しさが、戦場では殴り合うように乱立しているけれど。
おぞましい手段を、得るべきではないのだ。
「北方の雄ディアロスの戦士ならば、とくにそうだろうて。お前は賢いから、想像力が邪魔するときもあるだろう。そんなとき、信じるのは自分の生まれ。お前は、ディアロスの戦士だ。そして、猟兵の職業倫理。真の戦士は、誰からも尊敬をされる」……。
「フフフ。ガルフさんのことを、思い出せました」
「ガルフがこの場にたら、さぞや喜ぶでしょう。敵を、せん滅するチャンス!」
「ええ。見えてきました。長い戦いは、しません。南側から、圧をかける。戦術を、におわせてあげましょう。誤解させ、想像力を、恐怖で狂わせる」
「はい!サクっと、血祭りにしてやりましょう!」




