第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百十一
―――それからずっと北の空では、カミラが空に羽ばたいていた。
空の高みからならば、『もう一つのオルテガ』さえも確認できたからね。
この大陸というものが、どうやら『丸い』ということは証明されている。
千年前の『古王朝』の時代にね、それを信じられるかどうかは人それぞれ……。
―――数学だとか物理学を、田舎の山村で育ったカミラはさほど知っちゃいない。
それでも空の高みから見渡せば、大地が丸っこいことを目測できた。
丸っこいから、あまり遠くが確認できないこともね。
空を飛べる者たちや、大海原を進む者たちは世界の不思議を実感できる……。
『空にあったものが、消えたっすね。魔力を吸われる嫌なカンジも、消えた……ソルジェさまが、きっと勝利したっすね!』
―――三人目の妻の勘は、いつものように優れている。
ソルジェに対する溺愛のせいかもしれないけれど、真実を感じ取る力はあった。
愛って尊いということだし、『吸血鬼』の力もまた最強を支える才能だということさ。
女神イースの権能と、競り合うどころか局所的には競り勝った……。
―――この経験は、我らがカミラに大きな自信を与えるだろう。
神々にさえも、あっさりと対応したことになるのだから。
おかげで、『プレイレス』の軍勢が帝国兵にせん滅されることはなかった。
カミラがいなければ、敗走するしかなかったのは事実だよ……。
―――カミラの化けた、たくさんの『コウモリ』が空中で陣形を組んだ。
地上にいるロロカやリエルに対して、「大丈夫っす!」と伝えるために。
撤退した帝国軍の動きも、沈黙を保っているから考え時だ。
ロロカは情報を把握していたからね、『もう一つのオルテガ』が何なのか……。
―――フクロウたちが、伝えてくれているんだよ。
『ギルガレア』が、ソルジェに託した遺産だということを。
それに、その特性についてもいくらかの知識はある。
あそこが『大陸に刻まれた神々の権能を排除しうる空間』、という事実をね……。
―――大陸でいちばん賢いかもしれない女性は、専門外の呪術に対しても予測できた。
カミラのような直感ではなく、知性によって戦況を想定したんだ。
恐ろしい権能を持った『ゼルアガ/侵略神』のような存在を、封じたのだと。
地上に蔓延する権能を使った者を、『もう一つのオルテガ』に投げ込んだはず……。
―――詳細までを想像することは、さすがに情報がないから不可能だったけれど。
さすがは、ロロカ・シャーネルだよね。
彼女の頭脳は、大まかな流れを予測し尽くしていた。
それゆえに、いくらか期待もしている……。
「南の戦場の、状況次第ですが。敵戦力にも、あの権能が襲い掛かってくれたとすれば、期待が出来る」
「どういう期待ですか、ロロカ姉さま?」
「カミラのおかげで、体力と魔力が保たれています。むしろ、通常よりも健康に感じられる」
「たしかに。体が軽いですね」
―――カミラによる魔力の完全なコントロールという行いは、体調の回復に役立った。
『もう一つのオルテガ』に女神イースが、放り込まれたあとでも継続したからだ。
そのおかげで、一部の戦士たちの体力も魔力も健康的だった。
ベテランの戦士たちは、『パンジャール猟兵団』の信奉者のことさ……。
―――カミラのあつかう『第五属性』という未知なる力に対する、信頼。
屈強にひるまない、ベテランの知的な覚悟。
それらが機能したことで、緊張感のある緊急事態であっても休息できたからだ。
思い切りの良さや、下手すれば鈍感さというのも戦場では有効な知恵になる……。
―――ロロカに完全な掌握をされている、ユニコーン騎兵隊はとくに健康的だ。
ロロカは『守備』的な指揮官だからね、状況に応じて戦術を練るのが得意だよ。
彼女が期待しているのは、『攻め』に応じることさ。
もしも、『オルテガ』に向かった敵戦力が疲弊し切ってくれていれば……。
「ユニコーン騎兵で、先ほど、退却を許した帝国兵を打撃しておきたいのです」
「む。たしかに、体力的には、やれますね。あいつらも、この暑さのなかの行軍。疲れているはずです」
「そうです。それに、あちらは古参兵が多く、負傷者も引きずっている」
「若い戦士を、優先した殺してきましたから……古参兵には、この暑さはこたえますね。あっちも、弱っている!」
―――リエルが、ニヤリと笑っていたよ。
彼女も追いつめられた先ほどの戦況を、こころよく思ってはいないんだ。
復讐をすべきときだと、本能的にも感情的にも察知している。
だが、ロロカはそれよりも状況の評価と把握に優れていたんだよ……。
「帝国軍が計算していた状況では、なかったのでしょう。少なくとも、知ってはいなかった。知っていれば、先ほどの窮地に、もっとつけ込まれていましたから」
「南で起きた『何か』について、こっちの敵どもは知らない……」
「そう。だからこそ、印象を操作しておきたいんです」
「印象操作、ですか?」
「先ほどの敵は、私たちが『弱った』と認識していました。どうにか虚勢を張ってみたおかげで、どうにか撤退してくれましたが。あれは、こちらにとってはギャンブルだった。敵は、それについても予想はしているでしょう」
「古参兵どもが、生き残っているでしょうから。我々の疲弊を、しっかりと悟られてしまってはいる……」
「明日にでも、こちらに攻め込めばいいと、判断したはず」
「な、なるほど。それを、今、我々が背後から一撃、仕掛けられたら」
「印象は、逆転します」
「我々が、弱った演技をしていたと、考えるかも!」
「……そこまでは、考えなかったとしても」
「で、ですよね」
「古参兵は、保守的な考えが多いものです。無理は好まない。自分の経験を信じるガンコ者たちでもある。彼らは、確信をしていた。次の戦で、私たちを蹴散らせてやれるはずだと。その確信が、間違いだったと思わせることは可能です」
「そうなれば、敵は……こっちを攻め込もうとしなくなりますね」
「時間は稼げる。それは、こちらが望むべきこと。亜人種の魔力と体力を、大きく吸い取ってしまう『何か』が、帝国軍に味方しているなどという考えそのものを、根こそぎ、アタマから削ぎ落としておきたい。そうすれば、若い兵が死に、古参兵が多数を含む軍は、必ず、慎重さを選ぶ」
「さ、さすがは、ロロカ姉さま……あとは、南の、状況次第ですねっ」
「そう。あちらの敵が優勢であれば、攻め込むリスクが増えてしまう。でも、そうでなければ……」
「敵に、こちらの健在を、思い知らしてやれる。仲間を、守れる!」
「ええ。だから、情報が欲しい……あのおぞましい権能が、本当に亜人種だけを狙ったものだったのか。その敵が、敗北したのです。ソルジェさんたちに、追いつめられていく過程で、方針を変えたかもしれない。『手当たり次第の魔力を吸ったとか』」
「人間族の魔力を、狙った。あの疲弊が、南に向かった帝国兵どもにあったとすれば……これは、むしろ、好機!」




