第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百十
―――ジャンは単独での戦いの果てに、当然のように生き抜いていたよ。
敵の大混乱があったからでもあるし、おそらく混乱が起きていなくても生き延びただろう。
だって、馬よりも速く走れるわけで。
その毛皮は矢も弾いてしまうし、そもそも竜と同じような腕力を持っているからだ……。
『ぼ、ボクって、思っていた以上に……つ、強いじゃないでしょうか』
―――誰に語るわけでもなく、ジャンはそんなつぶやきを夏の風に乗せる。
猟兵は誰もが、それぞれの最強の形を持っているけれど。
ジャンはそのなかで『最弱』あつかいをされている、でもね。
若者らしく、挑戦的な感情を胸にも抱いていたらしいよ……。
『も、もしかして。シャーロンさんあたりになら、ぼ、ボクでも勝てるんじゃないだろうか……っ』
―――なるほど、ボクは基本的にやさしいから怒りはしないよ。
でも、序列に対しては厳しい判断をするのもスパイの特徴だからね。
ジャンの戦い方は、ボクにはやれないだろう。
たくみな情報戦を、ジャンがやれないようにね……。
―――それぞれの戦い方で、最強であればいいというだけ。
しかし、一度ぐらいは『本気で戦ってみるのもいいかもしれないね』。
ボクはジャンの速度も、ジャンのパワーも作り出せはしないだろう。
だからといって、武術がそこで敗北するわけじゃない……。
―――演技に絡め取って、ボクの好きなようにあやつることも可能だよ。
ヒトがどれだけ、本能的な動きをしているか分かるかな?
ボクは道をすれ違う人物が、ボクと交差するように身をかわすとき。
その人物が、『どちらの方向に動くか』を必ず見抜けるんだ……。
―――見抜けるというよりも、こちらが『動かしている』というのが正しいけれどね。
序列という力がある、ヒトは誰しも自分と他者のあいだにある階級を気にしている。
誰かより自分は上だとか、下だとか。
あるいは、そうありたいという願望が理性を通り越して本能的な振る舞いになる……。
―――強気な男性と道ばたですれ違うとき、彼はより障害物が近くにある場所を選ぶ。
権威主義者は、背中に壁を近づけるように行動するものなんだ。
ほとんど必ず、そうするんだよ。
本当に強気な人物であればね、見た目と性格が同じとは限らないから注意は必要だ……。
―――そういう分析をしておけば、その心理を読み取ってボクは行動を選べる。
だから、行動をあやつることも可能なんだよ。
ジャンに大きな弱点があるとすれば、社交的なスキルの低さだ。
ボクたち周りの年上たちの責任でもあるけれど、引っ込み思案で内気だからね……。
―――ヒトの心理をたくみに利用する、あるいは理解して分析することが不得手だ。
そして、ボクより純粋だという点も弱点にもなる。
実際に戦ってあげたなら、ボクの態度と動きが見せる偽りにあやつられるだろうね。
性格が悪ければ、こちらの行動を無視もできるんだけれど……。
―――ジャンは、それがやれないという弱点もある。
ヒトとしての正しさが、ボクみたいな意地悪な戦士との相性を不利に傾けることも多い。
接近戦でボクと戦えば、まだまだジャンには負けない自信はあるよ。
プライドが高くてナルシストだから、こんな主張をしているわけじゃない……。
―――むしろ、喜んでもいるんだ。
ジャン・レッドウッドという猟兵には、もっと強くなってもらいたいからね。
自信を身につけつつあるのは、良いことだ。
『大魔王の騎士』として、多くの仕事をしてもらいたい人物だから……。
―――ひとつの大きな戦いに勝ったあとだから、ちょっとお気楽なハナシをするよ。
『未来』において、ボクはいつまでもソルジェのそばにいられるわけじゃない。
最終的にはクラリスを優先するし、ルード王国を守るために生きる。
そうなったとき、優良な人材がソルジェのそばにいて欲しいんだ……。
―――現状でも、たくさんいるけれどね。
猟兵もそうだし、『メルカ』の人々もそうだ。
『バガボンド』も、かなり仕上がっているという。
『ストラウス商会』の社員たちも、とんでもない人材だ……。
―――でもね、それで足りるかは分からない。
ソルジェの統治するガルーナ王国というものが、どれだけのサイズの国になるか。
帝国を倒したあとで、その規模はどうなるのかは想像もつかないよ。
ボクとクラリスの予想では、それはずいぶんと大きなもののはずなんだ……。
―――だからね、ジャンには強力な人材に育っていて欲しい。
戦場を単独で生き抜けるような、規格外の異能の持ち主だよ。
そして、『狼男』ならではの異常なまでの嗅覚もあるのだから。
魔眼や、『サージャー』の三つ目にも勝るとも劣らない特殊能力だ……。
―――それを、自分の知恵だけで十二分に使えるようになったら?
単純な追跡だけではなく、もっと捜査能力を自在に使えたら。
ルードの狐に、ジャンが所属していたとすればね。
ボクはガルフやソルジェとは、異なった育成方法を試すだろう……。
―――『最強のスパイ』にも、いくつかの分野があるけれど。
そのひとつは、敵地に単独潜入して政治的・軍事的・経済的に破壊すべき場所を攻める。
そういった人材であることには、多くの人が納得してくれると思うんだ。
『最強の破壊工作員』と呼べば、スッキリと理解しやすくなるかもしれない……。
―――最近のソルジェなら、それもやれるだろう。
でも、ジャンならもっと目立たずに工作が出来るんだよ。
ソルジェは目立つし、目立って欲しい人物でもある。
国王になる男は、そうでなくちゃ困るからだ……。
―――ジャンについては、そんなに目立ってくれなくてもいい。
ジャンが政治的な野心を持つな、と言いたいわけじゃなくてね。
『最強の破壊工作員』である者は、目立っていない方がいいからだ。
『狼』の姿のときはともかく、ヒトの姿のときは人ごみに紛れる天才だ……。
―――惜しむらくは、ジャンの生きてきた環境だった。
教育環境と、社交性が皆無なレッドウッドの森育ちってこと。
一般的な家庭で育っていたら、とっくの昔に『最強の破壊工作員』になったかも。
ひどい運命のおかげで、ボクたちはジャンに読み書きを教える時間に何年も要した……。
―――それでも、大人になった今のジャンが読書好きであることは奇跡だと思う。
多少の不器用さはあるけれど、恋愛もしている最中だからね。
ヒトとしての成長があれば、ジャンはやがては。
期待しているんだよ、ボクは若者の成長を好むタイプのナルシストだから……。




