第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百八
―――孤高と孤独の類似点を、古強者が考えていたとき。
海中から銀色の影が飛び出てきた、竜と同じく伝説の存在である『人魚』だ。
レイチェル・ミルラは、船べりに華麗な着地で帰還する。
ゾロ島のキケはゆっくりとしたリズムの拍手で、彼女を讃えたよ……。
「お見事だ、『人魚』の姉ちゃん。かなり、大活躍していたんだろ?」
「フフフ。朝飯前です。そちらも、ご無事でなにより」
「あの竜に、助けてもらえたようだ」
「ルルーシロア。こちらを見ていますね」
「あんたを、見ているらしい。何か、因縁でもあるのか?」
「ゼファーとの決闘めいた行為を、邪魔して差し上げたのです」
「……そいつは、あれか。竜と、竜の戦いに、あんたは介入したと?」
「ええ。猟兵なので、さほど不思議なことではありません」
「それなりに人生経験を積んできたはずだが、まだまだ知るべきことは多そうだ」
「私もですよ。『侵略神/ゼルアガ』のたぐいと、連日で戦うことになるのは初めてでした」
「ゼルアガ……なるほど。竜が、二匹も現れるわけか」
「さすがに、こちらの戦力は疲弊してしまいましたが……どうにか、してくれそうですね」
―――『人魚』の感覚が、風を読んでいたよ。
西から東へと流れる風に、水から上がったばかりなのにもう濡れていない銀髪を揺らす。
その風を、あやすように手でなでていた。
上空では、ルルーシロアに動きがある……。
「あの竜が、東に……」
「ゼファーとは違い、連日の戦いではありませんから」
「まさか、まだ戦うと?」
「試してみたいことでも、あるのでしょう。あの子は、喜んでいる。うろこを波打たせて。何か、戦いについてのアイデアでも思いついたのです。西からの風に、乗った」
―――さすがのルルーシロアも、『人魚』には行動を読まれてしまうらしい。
レイチェルと戦うことも考えつつも、選んだのは自らの発想を試すことだよ。
女神イースが行使した権能が、ヒトの肉体にどういった反応をしていたのか。
その力学を探るために、その影響下から戻りつつある者を『捕食』してみる気だ……。
―――イース教徒の多い、帝国兵どもの一団を見つけていた。
ジャンが単独での警戒を行っているその場所から、十キロも東側。
そこには『オルテガ』へ向けて、進んでいた帝国兵の部隊がいた。
女神イースにより魔力を吸い上げられ、疲弊の影響で座り込んでもいる……。
―――追い詰められたとき、人間族からも魔力を吸ったからね。
その被害者でもあり、ルルーシロアの調査対象としては打ってつけだ。
『オルテガ』の近場にいる者には、すでに魔力が還元されていたけれど。
そいつらはまだ『戻りかけ』だと、ルルーシロアは理解する……。
―――捕食することで、魔力の質や状況を把握することも可能だから。
戦うことでも、どの程度の影響が起きていたのかを推察できるだろう。
ルルーシロアはまだ仔竜だが、竜の一体だからね。
ボクたちヒトよりも高度な知性と、異常なまでの分析能力がある……。
―――ゼファーよりも、年上の『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』だ。
ヒトとのコミュニケーション能力は、幼くもあるけれど。
その賢さはヒトの想像が及ぶような領域にあってくれるとは、限らないものだ。
ルルーシロアは竜らしく、強さに対して何よりの貪欲さがあり常にそれを追求する……。
「ずいぶんと、喜んでいますね。おかげで、こちらも助かりますよ。割かなければならない戦力と警戒が、少しでも減ってくれますから」
「さすがに、連戦が響いているんじゃないか?」
「もちろん。リングマスターが次に向かうべき戦場は、決まったようなものです」
「東では、ない」
「フフフ。さすがですね。潮目を読むのは、得意ということでしょうか」
「……願望も、あるよ。『ルファード』を落とされるようなことは、して欲しくない。あそこは、ワシら亜人種にとって、憎しみの深い土地でもある一方で……大きな転機を得た土地でもあるのだ。考えられるか?大勢の亜人種が、『人買い』ジーの一族の支配する街に集まり、守るために戦ったんだぞ」
「貴重なことです。巨敵があってこその協力かもしれませんが、そうだとしても、やはり象徴的な変化でもある」
「ああ。こんなことが起きるなんて、一週間前のワシは考えなかったんだ。それぐらいの奇跡だ。『自由同盟』ってのは、亜人種も人間族も参加するんだろう。それなら、あそこは守りたい……正しいだろう?ワシらは、帝国よりも、ずっと人数が少ないんだから」
「ええ。『西』に対して、妨害工作をしなければなりません。しばらく東でルルーシロアが暴れてくれれば、我々にも余裕が生まれる。貴重な幸運です。ルルーシロアに、命じることはできませんからね」
「……あの竜は、やはり、ワシらの守り神らしい。ヨメが、喜ぶ土産話が増えたよ」
「愛妻家なのですね。とても、良いことですよ。私の亡き夫も、とてもとても、私を愛してくれていました。私のお腹にいた息子のことも」
「守ろうぜ。あんたらには、ゾロ島の漁師は絶対的に協力する。何でもすると、ストラウス卿に伝えておけ。『西』に詳しい者も、少なからず知っているからな。あの土地は、ろくでなしが多いんだ」




