第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百六
―――ソルジェはミアに、竜太刀を振り上げて合図をした。
ミアはその意図をくみ取って、大きくぶんぶんとアタマをうなずかせていたよ。
メダルドについては、まだアタマのなかになかった。
薄情なわけじゃなくて、ミアが幼いからだよ……。
―――それに、喜びでいっぱいだからでもある。
勝利したわけだし、心は喜びでいっぱいだった。
結果的には、心配なんてする必要もなかったわけだしね。
メダルドは望んでいたかどうかはともかく、まだ人生を続けられるのだから……。
―――ゼファーは『もう一つのオルテガ』の街並みを蹴って、空へと戻る。
金色の瞳で、街並みを見回したよ。
戦いのせいで、あちこちが壊れていたけれど。
それが、ゆっくりと『修復』していく様子を見つけた……。
『ねえねえ、『どーじぇ』。こわれたまちがね、なおっていくよ』
「ん。そうみたいだな。いくら壊しても、元通りになるのか……」
『なんだか、ふしぎだね!』
「ああ。上手く、使いこなしてみたくもあるぜ」
―――特殊な場所を、ソルジェは継承したんだ。
その幸運がなければ、女神イースに敗北していたかもしれない。
猟兵らしく、そのスリルを愉しんでいるのは分かるよ。
ボクたち猟兵という生き物は、あまり一般的な考え方をしないからね……。
―――強敵であった者と戦い尽くしたあとは、最高の幸せにひたれるんだよ。
うん、戦士という存在の厄介なところかもしれないね。
だから、文官は多くいたほうがいい。
『女神イースのオリジナル』から枝分かれしたかもしれない、『メルカ』の人々もね。
ルクレツィア女史に、女神イースが似ていた顔をしたならたぶんそうなのだろう……。
―――ボクたち『パンジャール猟兵団』と、女神イースは敵同士だったけれど。
ソルジェと女神イースの末裔たちは、親族だったりするわけだから。
不思議な縁で、ストラウス家と女神イースにはつながりがある。
それをソルジェも思い浮かべながら、ニンマリと笑えていた……。
―――『メルカ・コルン』の人々は、有能な文官であり最高の錬金術師であり戦士だから。
ガルーナ王国を復活させるためにも、『自由同盟』の勝利のためにも必要な人材だよ。
どうあれ、雨降って地固まるという法則が当てはまるかもしれない。
ソルジェと『メルカ・コルン』の絆は、女神イースのおかげで強まるだろう……。
―――ガルーナ王国は一夫多妻だから、問題はない。
ただし、女神イースと『メルカ・コルン』の人々が同一の存在ということそのものは。
箝口令を敷かせてもらうことになるだろう、政治的にややこしいからだ。
もちろん、神学的にもややこしくなりそうだから問題は多い……。
―――帝国の国教であるイース教の女神が、『自由同盟』の大魔王の親戚。
そういう関係性は、たくさんの人々を混乱させてしまうかもしれないからね。
情報は小分けにしながら、敵への妨害工作にだけ使用していきたい。
宗教の力は、政治力にも勝るかもしれないからだよ……。
―――空に逆さまになった街が現れたりすれば、みんな不安になるだろう。
過激にもなる、神々の力を軍事利用したがる敵を増やすことにも。
情報というものは、使い方を間違わない方がいいってことをソルジェに教えておこう。
負けるわけにはいかない戦いが、まだまだずっと続くのだからね……。
―――『もう一つのオルテガ』を飛び立つと、ゼファーとルルーシロアは並行して飛ぶ。
ルルーシロアからそうしたのさ、理由は明々白々だった。
ミアはほっぺたをムスッとふくらませ、リスさんみたいに可愛く不機嫌になる。
ルルーシロアの首に、両腕両脚を絡みつかせて抵抗を試みた……。
「まだ、いっしょに飛びたいっ!ルルー、私といっしょに、もっと飛ぼう!」
『ことわる。わたしは、うみにもどる』
「……むーっ。仲良くなれたのにっ」
『しったことか。さっさと、はなれろ!』
―――空中で大暴れしたルルーシロアから、ミアのちいさな体は跳ね飛ばされた。
ミアもルルーシロアを、本気で嫌がらせるつもりはないらしい。
彼女のプライドの高さも理解しているんだよ、さすがはガルーナの竜騎士だ。
空中に飛ばされながらも、くるくると華麗に回転しながらミアは兄を見つめる……。
「お兄ちゃん!合体だー!」
「おう!合体だー、ミアっ!」
―――空中を飛んだミアが、ソルジェに抱きしめられる。
戦いに疲れた体たちも、この衝撃から得られる幸福に喜んだ。
今日も、とてつもない戦いに勝利したんだからね。
家族愛を感じられる瞬間は、ストラウス兄妹にはかけがいのない時間だよ……。
―――笑い合う竜騎士たちを横目で見つめながら、ルルーシロアは鼻を鳴らす。
怒りはそこになく、ただ若干のあきれがあるのかも。
竜には理解しがたいじゃれつきであり、ああはなるまいと彼女に決意させた。
自分を見つめる金色の瞳にも、注意のために目を細めた……。
『うん、わかってる。ぼくは、まけない。つぎは、もっとつよくなってるから』
―――戦いだ、竜騎士と竜の本質は戦いなんだよ。
それをこれからも満たすために、気高い白竜は空に孤高な旋回の軌跡を描く。
ミアはぶんぶんと手を振るんだよ、次の再会のときには自分のものにすると決めながら。
白き竜が加速するころ、『もう一つのオルテガ』は消え去った……。
地上の戦士たちは、自分たちの勝利を理解して大きな歓声をあげたんだ。




