第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百五
―――神さまたちの時間は、こうしてひとつの終わりを迎えたんだ。
無限大に引き伸ばされて、現実の世界では止まっていた時間が動き出す。
ソルジェとミア、ゼファーとルルーシロアの目の前で。
女神イースは砕け散りながら、強い光へと変わっていたよ……。
―――神秘的だけれど、恐ろしさのない光だった。
やわらかな衝撃は、とても母性的な温かみがあったからね。
ソルジェとミアは本能的に、自分たちの母親のことを思い出していた。
竜とも心を通わせるストラウス家の人々は、神秘の感覚を紐解くことに長けている……。
「女神イース……っ。あの子たちを、ママに会わせてあげたんだね!」
―――白竜ルルーシロアの背の上で、ボロボロ泣いていたミアの顔がほころんだ。
ぴょんぴょんと、戦いで疲れた体を跳ねらせる。
ルルーシロアは、ミアの動きにイラつくことはなかった。
ミアの喜びに、同調することを学びつつあるのだろうとソルジェは見抜く……。
―――いい傾向だ、遠くない『未来』において。
ミアとルルーシロアは、儀式を行うことになるだろう。
ソルジェとゼファーがそうしたように、命がけで戦うんだよ。
ミアが勝てば、ふたりはガルーナの竜騎士と竜の関係性で結ばれる……。
―――ゼファーは、鼻をくんくんと鳴らしていた。
敵の気配を探そうとしている、やさしい気配を感じたし。
それは大好きな『マージェ』の気配であったけれど、ここはまだ戦場だから。
女神イースを探ろうしたけれど、すべてのにおいは風に飛び散るように消えていく……。
『あいつは、きえちゃった。みあの、おねがいを……きいてくれたんだね?』
「そのようだな。さすがは、女神さまだな。いいヤツだった」
『いいやつ。うん……そうかも。みあ、すっごく、よろこんでいるから。『どーじぇ』も、うれしい?』
「……まあな!戦いで、決着をつけたくもあったが……すでに勝負はあった……」
―――ストラウス家の当主は、もちろん戦いにまつわる勘の良さでは世界一だよ。
女神イースが『敵対行動を選ぶ』可能性を、感じ取っていた。
知性ではなく、ただの感覚でね。
我らの大魔王は、天才の一種じゃあるんだよ……。
―――アリーチェの『暴挙』については、黙っておこう。
戦いを共にした者を、ソルジェが敵だと思うことはない。
このシャーロン・ドーチェが、『トリックスター』に媚びるためでもあるよ。
あの子を敵に回したくないから、恩を売っているんだ……。
―――アリーチェにとって、ソルジェはまたひとつ特別な存在になっただろうからね。
ビビアナを助けてくれというお願いを、見事に叶えたことになるから。
女神の心理にまで詳しいわけじゃないんだけれど、きっとあの子はソルジェに感謝する。
いつか世界の究極の危機になったとき、ソルジェだけが説得できるかも……。
―――そのためにも、ふたりのあいだに疑念はない方がいい。
たぶん、すべてを話しても喜びそうじゃあるけれどね。
でもね、ストラウス家の当主でありガルーナ王になる男だ。
『自由同盟』の中心人物には、感情に逆らって選ばないといけない行動もある……。
―――諸々のことを考えて、ボクはアリーチェのお願いを聞いておこう。
「ソルジェにはないしょ」にしてあげるから、女神さまは恩に感じるべきだね。
嫌われたくないはずだよ、大好きな男性からは。
お嬢ちゃんであり女神さまであり『トリックスター』であっても、女の子だから……。
―――さて、空ではルルーシロアの首にじゃれつくように抱き着くミアがいる。
敵の気配も、完全に消え去ったわけだ。
ソルジェも戦いの終わりを悟り、それと同時に心に影が走る。
メダルド・ジーを、助けられなかったと考えたのだ……。
―――それは大きな後悔だ、小銭で雇われているからね。
『家族』と故郷を滅ぼされたことがある男にとって、約束は大きなものだ。
それを裏切る形になったのは、不本意ではある。
だが、表情に出すことはやめておくことにしたのさ……。
「子供たちは、きっとね。ママに会えたんだ。それは、すごく。良いコトなの。みんな、きっと、ぜったいに喜べる。ありがとう、女神イース。あなたは、とってもやさしかった。私のママにも、会わせてくれたもん。ほんとうに……ありがとう!」
―――大喜びしているミアは、メダルドの死に気づいていない。
ソルジェはそう考えて、この喜びに水を差さないことを選ぶ。
お兄ちゃんだから、そういう態度をするのが正しいよ。
猟兵でもある、戦場の無情さについては誰よりもくわしい……。
―――どれほど願っても、誰も彼も助けられるわけじゃない。
どんなことでも、ヒトは願っていい獣だけれど。
その願いは、叶わないことも多くある。
今は、この壮絶な戦いの勝利を喜ぶべきだ……。
「いい女神だった。子供たちを、ママに会わせてくれるなんて。さすがは、慈悲の女神だぜ」
―――殺し合いは、多くを通じ合わせてもくれた。
戦士にとって、戦いというのはコミュニケーションだからね。
自分の身体能力をはるかに上回る女神と、互角以上に長時間戦った肉体は疲れ果てている。
その疲れもまた、勝利を飾ってくれる戦士の喜びになるのさ……。
「戻るとしよう。皆に、戦いが終わったことを伝えてやらんとな」




