第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四百四
―――その告白の結果は、どうなったのか。
それは、とてもプライベートなことだからね。
ボクみたいな詩人が、直接的な表現で口にすべきじゃない。
ルードの狐としての役目もあるからね、ふたりは選んだ使命を実行することにした……。
―――ふたりで手にした剣を、大きく振り上げる。
罪深い『人買い』のために、女神たちから授かった力を使った。
正しさよりも強いやさしさは、願いを叶える剣を振り下ろさせたよ。
命はとてもはかなくて、死者の影が消えるのは一瞬だった……。
―――レナスとリュドミナ、そのどちらの姿も消えてなくなり。
地面に突き立てられた剣だけが、ただ残される。
鋼に傷つけられた地面に、ゆっくりと裂け目が現れるんだ。
いや、ゆっくりだったのは最初だけだね……。
「夢は、終わるよ」
―――赤い竜の背に乗って、アリーチェはにこやかにそう言った。
永遠に近いほど引き伸ばされた刹那の時間、無限の可能性を生きられる空間。
それらとボクたちの世界は、つながりを失うことになる。
子供たちのために創られた世界は、これからもずっと続くだろうけれどね……。
「世界はね。とっても、広いみたい。違う世界も、たくさんあるんだ。悲しくない世界もあるの。でも。どこの世界も、きっと、不完全なんだね。だから、『侵略神/ゼルアガ』も生まれる。何かを求めて、世界だって越えちゃうんだよ。神さまにさえ、完璧なものは創れない。でもね。でも。あのふたりは、自分たちだけで願いを叶えちゃった!」
―――赤い竜の首に、アリーチェは抱き着いたよ。
ぎゅーっと抱き着きながら、裂け目に割れていく地上を見る。
それは植物が成長していくときの様子にも似ていて、花が開くようにも見えた。
壊れてしまうことは、もったいないと思いつつも……。
「終わりは、新しく始まるための何かだよね」
―――超然たる『トリックスター』は、ボクからするとやはり恐ろしくもあった。
いつか、この純粋で無邪気な心のままに。
世界の命運を、あって欲しくない場所に誘ってしまうことがないだろうか。
心配にもなるよ、とても感動的でやさしい時間を過ごしているときでさえ……。
―――アリーチェは、多くを学んでいる。
女神としての役目も、自分に刻み付けようとしていた。
見届けることで、その心は本物の女神にまた一歩近づいていく。
女性と子供と、『狭間』の女神……。
―――大いなる慈悲も、今このときに修得した。
正しささえも、越えてしまえるやさしさ。
レナスの見せてくれた奇跡は、たしかに継承されていく。
地上の裂け目は、海原をも呑み込み始めていた……。
―――砂浜と海水が、混ぜってドロドロに融け合いながら。
はるかかなたの、奥底にまで落っこちていく。
その崩壊の現象は、やがて渦を巻くようになった。
荒々しくもない、やさしげな調和に似た混沌だ……。
「すべてが、融け合わさってしまうと……いちばん、なのかな?」
―――子供の見る夢は、ちょっと怖さがある。
あらゆる子供は、可能性のかたまりだからね。
いつでも怖さがあるんだ、その想像力は大人とは異なる答えを見つけてしまうから。
それがどこまで常識外れの夢なのかは、ボクには絶対に分からないんだ……。
「ぐるぐる。ぐーるぐるー。悪いコトもない。良いコトばっかりでもない。世界の形は、どういうのがいいのかな。『カール・メアー』の夢が叶った世界は、それはそれで平和だったのかもしれない。女神イースも、レナスもリュドミナも、とってもやさしいから。でも。それは叶わなかったよ。ソルジェは、きっと、喜んでくれる……なら、まあ、いっか!」
―――アリーチェは、また他の場所に出かけることにした。
赤い竜をなでると、赤い竜は子供たちの星々の下で踊るように旋回する。
女性と子供と『狭間』の女神には、きっとこれまで以上に悲鳴が聞こえるはずだから。
『未来』を奪い合うために、戦ばかりしているこの大陸には多くの不幸がある……。
―――女神イースのような、『正義』を見つけないで欲しいと願うだけだ。
人種のせいで、争いばかり起きるなら。
たったひとつの人種に、してしまえばいいのかもと。
子供は発明の天才だから、やっぱり神々の力を使わせるには怖くもあった……。
「世界を、たしかめに行こう!……メダルドさん、ソルジェによろしくね!あ。あなたも、ありがとう!ビビアナはね、私と同じだから。ハーフ・エルフで、みんなに愛されていたから。だからね、助けたいって思ったんだ。だから、あなたが生き返るコトになれて、良かったの。ビビアナを、これからも守ってあげて!まだまだ、戦わなくちゃならないから!」
―――メダルドは、すべてを目撃していた。
まるで預言者のような立場として、この一連のイベントのすべてを記憶させられている。
それをボクが伝え聞いて、こうして一部を秘密の闇へと葬り去りつつも記述しているんだ。
長い戦いのひとつの果てに、ボクたちは不完全ながら勝利を得たよ……。
―――渦巻く、やさしい混沌の奥底で。
『人買い』は、その肉体を取り戻す。
神秘に打ちのめされた男の心は、しばらくは混乱しているだろう。
『人買い』の罪科からも、永遠に解放されなくなった……。
―――それでも、レナスの願いを引き継ぐ。
大切な娘のもとに、彼は戻った。
今となっては観測できない女神イースの慈悲の力も、レナスに再会をあたえているさ。
混沌の底から、メダルドは星を見上げながら祈りを捧ぐ……。
「……どうか。君が、家族のもとに戻れますように。愛する者といっしょに、永遠を過ごせますように……」




